七佳と洋一
不良と対峙したヨシオさんは、鉄玉をいくつか鼻の穴に詰めた。本人は大真面目なのだろうが、因縁の対決を前に全く緊張感を感じられない。
「君達人造人間に足りないのは、人としての感情だ。それがなければ、どんなに話し合っても分かり合えることはないだろう。素になったオリジナル君となら、あるいは違っていたかもしれないが」
彼はオウムのように同じ事しか言えない不良のクローン人造人間に向かって、また朗々と説教をし始めた。どうでもいいから、やるなら早くして欲しい。モタモタしている間に才田が次の人造人間を仕掛けてくるかもしれないのだ。
「よって君達に酌量の余地はない。この嘉尾爽汰が、家庭裁判所に代わって天誅を下す!」
「わぉ! ヨッシーかーっこいい!」
「カネダセ、オッサン」
まりさんには受けたようだが、不良達は相変わらず無表情にじりじりと間を詰めてくるだけだ。
ヨシオさんは片鼻ではなく両耳を塞ぎ、口から大きく息を吸って肺を膨らませた。
「ふふんぬっ!!」
そして左から右へ顔を勢い良く振りながら放たれる鉄玉達! 乱れ撃ちとも言えるそれらはまず、5人の内の3人に命中した。
「ハハハッ! 何度同じ技にやられたら気が済むのかな? 学習したまえ!」
「不完全な人造人間に学習もクソもないと思いますけど……」
「巧君、言葉の綾をいちいち取っていては、大きな人間になれないぞ。フハハッ」
だが撃たれた3人は、鉄玉の衝撃で一度後ずさるも、痛がる様子もなくまた体勢を整えた。やはり変態と同じく痛点がないのか。だが撃たれた部分が赤くなったままだから、瞬時に治るようなシンポテではないのだろう。とは言え、ヨシオさんの攻撃は一発で致命傷まではいかない。痛がってくれなければ面倒な戦いになりそうだ。
「どうするんです? 向こうはまだ平気そうですけど」
「そうだ。いつもこんなもんさ。奴らの攻撃をかわしつつ、何度も鉄玉を撃ち込むと、その内倒せる」
「そ、その内?」
悠長な作戦に顔を顰めたその時、撃たれていない残りの2人が構えた。と思ったら、異常なスピードでこちらへ突進してきた。
ドォオン! ドォオン!
俺とヨシオさんを庇うように盾となったまりさんの背中に、不良2人は連続でタックルし、順番に吹っ飛んだ。
「あぐぅ……! 何この衝撃。変態以上だわ」
「こいつらのシンポテはスピードや!」
まりさんが顔を歪ませた時、最初に不良達をぶっ飛ばした七佳が叫んだ。
「素になった奴を知ってるのか!?」
「よぉ知ってるわ!」
そう言う七佳の横で、最初にWラリアットを食らった不良2人はのそのそと起き上がりだす。多少ふらつきながらも表情はない。
「カネダセ。オッサン」
「あたしはオッサンちゃうしっ!」
どうやら不良はヨシオさん捕獲用のためだけに造られたのだろうか、七佳にも同じ台詞を言って突っ込まれた。
「洋一と同じ顔しとってもなぁ、お前らはただのからくり人形じゃっ!」
そして七佳は起き上がりたての二人の胸倉を両手で掴み上げ、それぞれに思い切り頭突きを食らわせた。
「うりゃ! どりゃっ!」
堪らず目を回して気絶した二人を、七佳は泣きそうな顔で投げ捨てた。
「阿呆な不良やったけど、オヤジ狩りなんかする奴ちゃうかったのに……」
一方、こちらも七佳の事情をこれ以上聞く余裕はなかった。鉄玉を受けた3人が、ナイフやメリケンサックを手に迫り来る。一人はまりさんが受けたが、足が早すぎて他は追いつかない。
「ゥアッチョーー!! アタ、アターッ!」
甲高い掛け声と共に、ヨシオさんが不良の手を跳ね除けた。この不良達と戦うことに慣れているようで、彼も負けず劣らず中々のスピードだ。昔少林寺拳法でも習っていたのだろうか。早送りのような両者の攻防戦は、カンフー映画のようだ。
攻撃を払って僅かに距離を取っては、鼻から鉄玉を飛ばす。今までこうやって地道にオヤジ狩りを蹴散らしていたんだな。そりゃうんざりして富利異盟損に入りたくなるだろう。
それにしてもさっきから不良達はヨシオさんばかりを狙う。やはりヨシオさん捕獲用で機転が利かせられないタイプなのか。まりさんにタックルして逆に吹っ飛ばされた2人も、いつの間にか復活して攻撃に加わるから、まさに多勢に無勢常態。"俺がカタをつける"とか言っていたが、一人でどうこうできそうには見えない。
「チェストォ!!」
後ろからヨシオさんに襲い掛かろうとしていた不良の顔に、まりさんが横から豪快なフックをお見舞いした。倒れ込んだその腹へ更にエルボー・ドロップ! だが七佳のシンポテ頭突きのように完全に気絶させることはできなかったようで、そいつはまりさんの肘の下で尚も起き上がろうともがいている。
「タクミン! こいつ押さえてるから、眠らせて!」
「お、おう」
やっと出番だ。俺何もすることねーじゃん、と悲しくなってきたところだった。
そして、まりさんとヨシオさんが倒した不良を俺が眠らせる、という手順で敵が残り2人になった時、頭突きで気絶させた不良を忌々しげに睨みつけていた七佳が、何も言わずに立ち上がるのが目に入った。
「あ、おい! 一人で先に行くと危ねぇぞ!」
勝手に奥へと走って行くのを呼び止めたが、七佳は振り返りもせずに機械の陰に消えた。
「タクミン追って! あと2人なら、私とヨッシーで何とか押さえるから!」
「構わず行くんだ巧君! 俺はブルース・リーの映画を研究して、カンフー真似は得意なんだ! こんなところでやられはしない!」
「習ったんじゃないんですか!? 真似って言われたら余計心配になりますよ!」
「キャー今こっち見ないで! ヨッシーが鼻血出し始めたの! 大丈夫、私もついてるから!」
「わ、分かった! 血は勘弁してくれ!」
俺は慌てて七佳の後を追った。
機械の奥には大きな円柱型の水槽が並んでいた。嫌な予感は当たり、中には目を閉じた人間が、立てられた状態で入っていた。標本体か、作りかけの人造人間か。どちらにせよ気味の悪いことこの上ない。
「七佳!」
俺はある水槽の前で立ち止まっていた七佳の肩を掴んだ。
「……ほんま、胸糞悪いわ」
「この水槽がか?」
ボソッと呟いた七佳の視線は、水槽の中の人間にぶち当たった。青く薄暗い電灯に照らされたその顔は……
「さっきの……不良?」
「せやな。きっとこれが標本体にされた本人や。あの腕にある根性焼きの跡、知ってるわ。人造人間には付いてなかった」
七佳はいくつものチューブで繋がれた不良を、瞬きもせず睨んでいた。
「スピードのシンポテは、筋肉に関係する。あたしと似てるねん。だから、洋一とはよくつるんでた」
「こいつは洋一って名前なんだな」
「うん。すぐ人を信用する、悪になり切れん阿保なヤンキーやった。あいつの口車に乗せられて、あたしから離れて行ったんや。自分で判断した結末やから、しゃーないねんやろうけどな、実際偽者を見たら腹立つわ。喧嘩っ早いけど、カツアゲするような奴とちゃう。あんな出来損ないとちゃう。あんなんちゃうねん……」
「だからお前、人造人間のクローン技術が確立されたら、犠牲者の数を軽く超える同族が造れるって泉堂が言った時、怒ったのか?」
聞くと七佳は目を閉じてため息をつき、軽く2度頷いた。
「本人とすり替わって、何食わぬ顔で偽者が暮らしてるぅ思たら、正直怖かった。ラリアット食らわした相手の顔よく見た時、ほんまに心臓が縮こまったわ。まぁ、幸いまだ出来損ないやったけどな。これ以上技術は進化して欲しないわ。偽者なんか、いらん」
何となく、言いたいことは理解出来た。七佳と洋一っていうこの不良が、どこまで親しかったかは分からない。だが、自分の知ってる奴がある日突然、敵の息が掛かった偽者とすり替わったら……もう誰を信用していいのか分からなくなるだろう。
「彼氏を才田に取られたんだな」
「彼氏ちゃうわボケッ!」
ここでようやく七佳は俺を見た。
「ムキになって否定するとますます怪しいぞ。才田は男だが、その辺のアイドルより綺麗な顔してっからなぁ。道理であいつの正体を知る前から、あんなに突っ掛かってたわけだ」
「キモイこと言ーなや!」
「女の嫉妬は見苦しいぞ。しかも男相手に」
「あーんーたーはぁぁあ! 一回再起不能になるまでシバいたろかぁあ!!」
いつもの調子に戻った七佳は、俺の胸倉を掴んで巻き舌気味の口調で言った。
「その怒りは俺じゃなくて、才田にぶつけとけ」
「え?」
「敵のボスと戦う前に沈んでんじゃねーよ」
俺は一瞬緩んだ七佳の手を払い、顔からはみ出した頬の肉を摘み上げた。




