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因縁のオヤジ狩り

 ただの変態が倒れたのに少し遅れ、次は雹子が後ろに倒れ込んだ。

「危ねっ……おい!?」

思い切り後頭部を打つ角度だったから、おれは慌てて抱きとめた。覗き込んだ顔色は、普段の青白いさを通り越し、呼吸で薄っぺらい胸が上下していなければ死体と見間違うほど血の気がない。

「ち、ちょっとやり過ぎましたぁ……。思ったよりも向こうの音波が強くてぇ……今まで出したことないレベルまで気配を高めたら……さすがにもう力が入りません……っケホッ」

「もういい、あまり喋るな。よくやったよ」

力なくクタンと垂れた頭をぐりぐりでると、雹子は弱々しく笑った。

「……巧さんが普通にワタクシを褒めるなんて……嵐の前触れでしょうか……」

「うっせぇ。ヤンデレを飼うにはあめむちを使い分けなきゃなんねーんだ」

「ツンとデレの……使い分けですね」

「デレてねぇ。いい加減口を閉じろ」

 その時、今まで泡を噴いていたマッチョ変態が動き出した。もう回復しつつあるのか、仰向けだった体を返し、起き上がろうともがいている。

「やだもー! こいつキリがないわ。やっぱりらなきゃ駄目なのぉ?」

一番嫌そうな声を上げたのは、さっきこのマッチョ変態を殴り倒したまりさんだ。

「うむ……だが俺達に致命傷を与えられるような武器はないぞ」

「ってかヨッシー、武器があっても相手は人造と言えども生身の人間と同じよぉ。自分の手にかけて殺すのは、ちょっとトラウマになりそうだわ……」

「今はヒーローも戦いにくい世の中になったものだな」

いや、今も昔もその辺は変わらないと思うが……

 そう言おうとした時、後ろから何かが頭の上を通り越して、ふわふわと前に出てきた。

「あ、おい! ふらふら近づくんじゃねぇ、みかん」

俺の制止を無視して、みかんは膝立ちまで起き上がったマッチョ変態のすぐ上まで迫った。それからムキムキに盛り上がった首筋の僧帽筋そうぼうきんまたがると、シンポテをいた。

 小6と見間違うような小柄のみかんは軽い。肩の上にそんな奴が乗っかっても、マッチョ変態は全く意に介した様子はなく、こちらから見ていても、餓鬼が肩車されているようにしか見えない。

 「おんぎゃぁ!」

いきなりみかんが叫ぶと、同時にマッチョ変態の体が少し前に傾いた。

「おんぎゃぁ! おんぎゃぁ!」

みかんの声に合わせて、段々変態の傾く角度が大きくなっていく。

「あ、あいつ今、重力かけてんのか!?」

「よっしゃええぞみかん! そのまま押し潰してまえ!」

「おんぎゃぁ! おんぎゃぁ! おんぎゃぁ!」

七佳の応援に答えるかのように、みかんは更にマッチョ変態の上半身を押し倒していった。

 そしてとうとう屈強な体が床につくばった。みかんは声を妙な掛け声を出すのをやめ、うつ伏せになったマッチョ変態の首根っこの上辺りに胡坐あぐらをかいた。だがまだシンポテは使っているようで、マッチョ変態は起き上がろうともがくも、みかんを跳ね飛ばすことができない。

「……今度は子泣きじじいごっこかよ」

相手の乗っかり、段々と重くなって最後には石のように鎮座したみかんは、まさに昔ながらの日本の妖怪だ。

「ピンポン。お兄ちゃんよぉ分かったな。ここは子泣きみかんが押さえとくから、よぉひろろん追いかけぇ。見せしめにあいつをシメとかんと、またCBTは変態送り込んでくるで」

みかんは月明かりの届かない奥の暗闇を指差し言った。

「見せしめって……お前、中々エグイ性格してんな」

「でもみかんの言うことは一理あんで。このまま何もせずにさらっと帰ってもしゃぁない。あいつをシバくなり、ここの機械を壊すなりしとかな」

七佳の言葉に、他の皆もうなずく。

「……そうか。じゃぁみかん、戻ってくるまで雹子を見ててくれ」

「うん、了解」

 俺はまだぐったりしている雹子を、マッチョ変態に乗っかったみかんより少し離れた壁に持たれかけさせた。

「よし、行こうか」

「けっこう時間食っちゃったから、何か仕掛けてくるかもしれないわ。慎重に行くわよ」

「せやな。とりあえず暗いから電気のスイッチ探そう。壁のどこかに付いてるはずや」

 ただの変態が倒れているその向こうへ進もうとすると、ヨシオさんが後ろに振り返った。

「みかんちゃん、あまり負荷をかけ過ぎると、君の骨や筋肉に甚大じんだいな損傷をきたす可能性が…」

「もー、負荷とか骨とか言われても分からんし。よ行けや」

 年配者の忠告は、知識のかたよった女子高生には、余計なお世話だったらしい。富利異盟損ふりいめいそんの社長の時も興味なさげだったしな。もう少し簡単に噛み砕いた言葉の方が良かったのかもしれない。ヨシオさんには無理そうだが。







 壁に手を当て進むと、その内に電気のスイッチらしきものに触れた。押すと蛍光灯の白い光ではなく、青白いぼんやりとした明かりがいた。

 部屋に浮かび上がったのは、大小様々な機械類。その奥に巨大な円柱型の水槽がいくつも並んでいる。上の方まで液体が詰まっているが、機械が邪魔で何が入っているのかは見えない。だが、人造人間を作り出している研究所の水槽だ。果てしなく嫌な予感ばかり浮かぶ。

 警戒しながらゆっくり進むと、俺達の足音が急に増えた。いや、俺達の足音に他の足音が重なったのだ。止まって耳をますと、パタパタという音がランダムに聞こえる。向こうは警戒していないようだ。

「……来たか?」

「うむ、足音が複数だ」

「マジぃ? いい加減うんざりしてきたわぁ」

「よっしゃ、こういう時は先手必勝や」

七佳は大きな機械にさえぎられて未だ見えない敵の方を睨みつけた。

 まりさんの背中に七佳が足をかけるやいなや、ようやく敵が姿を現した。

「七佳ミサイル!」

最初に見えた敵は2人。悠長に並んだそいつらに向かって飛んだ七佳は、頭をガードしていた両腕を広げて突っ込んだ。

 ドゴォッという痛そうな音を立て、敵二人は盛大なラリアットをダブルで食らい吹っ飛んだ。

 「あ、あいつらは!?」

倒れた敵の姿を見てヨシオさんが驚愕きょうがくの声を上げた。

「知ってる奴なのか? ヨシオさん」

 そいつらはさっきまでの変態とは違い、上半身も服を着ていた。ダボッとしたTシャツに、トランクスが見えるくらいずらして履いたGパン。ジャラジャラと首や腕にアクセサリーをつけ、片方はキャップを被っている。いかにも今時の不良と言った感じだ。

 「カネダセ、オッサン」

間を空けず別の機械の陰から出て来た他の不良が、ヨシオさんに向かって言った。

「また性懲しょうこりもなく……。こいつらは、俺をしつこく狙っていたオヤジ狩りの連中だ」

「何だって!?」

ということは、ヨシオさんはオヤジ狩りと称したCBTの奴らと日々戦っていたのか? それならいかにも儲かってなさそうな中年ホストの彼が何度も襲撃されるのも納得がいく。目的は金じゃなくて、連れ去って標本体にすることだからだ。

 そして後からゾロゾロと不良達が出て来た。全部で5人。それぞれ手にナイフやメリケンサック等の武器を持っているが、異様なことに、顔は皆同じだ。

「カネダセ、オッサン」

「まだそんなことを言っているのか? いい加減にしなさい」

「カネダセ、オッサン」

「そんなことをしてばかりでは、世の中やっていけないぞ」

「カネダセ、オッサン」

「こらっ、年配者の説教には耳を傾けるものだ!」

さっきから不良達は口々に同じ言葉を繰り返す。もしかして、これ以外の台詞を喋れないのだろうか。

「カネダセ、オッサン」

「社会に不満があるのは分かるが、若いのだから人生投げちゃいかん…」

「ちょっと待てヨシオさん! 何マジで説教してるんですか!」

武器を構えながらずいずい寄って来る不良に、尚も言いつのるヨシオさんを見兼ね、俺はストップをかけた。

「彼らに更正こうせいの余地を与えているんだ。こんな夜中に帰らずウロついて、親御おやごさんはきっと悲しんでいる!」

「どこまで天然なんですか! CBTの中で襲って来てるんだから、人造人間ですよ! 少しは流れを読んでくださいっ!!」

「何っ!? 一体どういう流れだったんだ!?」

「……全員同じ顔、同じ台詞。さっきの変態よりは人間に近いですけど、十分異様な連中じゃないですか……」

人が良いにも程があるぞ。普通なら最初にオヤジ狩りされた時に怪しむだろ……

 「なら今までやってきた愛の鉄槌てっついは無駄だったというのか……!」

「愛の……?」

「どんな悪餓鬼でも、愛情を持って叱れば分かってくれると思っていたのにっ!」

「……分かる程脳は発達してないみたいですね」

熱く悔しがるヨシオさんに対して、俺が素っ気ない言い方になってしまったのは仕方がない。この人は性格上、ホストより生活指導の先生の方が向いていそうだ。横で話を聞いていたまりさんは、さっきから黙っていると思っていたら、笑いをこらえてプルプル震えているだけだった。

 「説得が通じないのなら致し方ない。こいつらは俺がカタをつける」

そう言って俺を庇うように前へ出たヨシオさんは、全く格好良く見えなかった。

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