変態再び
注;流血ダラダラではありませんが、後半の戦闘シーンが少し激しい表現になっています。あ、いやカンナ&店長VS変態の時に注意書きを書くべきだったんですけど、あの時は忘れてました……
「ヨシオさん!」
ニヒルに笑う才田の足元には、人質に取られていグリーンことヨシオさんが転がっていた。
「まだ大丈夫だよ。眠ってるだけだから」
何を大げさな、と言わんばかりに才田は肩をすくめた。
窓からの月明かりのみで薄暗い。ここは奥行きより横に長い部屋らしく、窓のない一角は真っ暗でよく見えないが、何となく気味の悪い感じがした。
「こんな所で電気も点けずに、よくメリーさんの電話ごっこなんぞできたな」
「都市伝説とかミステリーは好きなんだ。信じるかどうかは別としてね。体験できて楽しかったよ」
余裕綽々の様子に、コイツの部屋の本棚を思い出した。確かミステリー小説のシリーズが並んでいたはずだ。
「来るなら明日かなって思ってたんだけど」
「わざわざアパートに変態送り込んで急かすから、夜分遅くに恐れ入りますが来てやったんだぞ」
「……凄い謙り方だね。志牙君、だんだん田ノ中に似てきたんじゃない?」
「才田、言って良いことと悪いことってもんがあるだろ。ミサイル馬鹿と一緒にすんじゃねぇ」
「……シバいたろか巧」
横から七佳の視線を感じたがスルーした。
「お望み通りCBTに来てやったんだ。ヨシオさんを渡せ」
何も知らずに気持ち良さげな顔で眠る売れないホストを指差すと、思いの外才田はあっさりその場を退いた。奴の動きに警戒しつつも、全員で部屋の中に入り、ヨシオさんの所へ寄る。まりさんがぐったりとした彼の体を起こした。
「良かったぁ。本当に眠ってるだけみたぁい」
ヨシオさんの呼吸が規則正しいことを確認したまりさんが言うと、皆一先ず安堵の息をついた。
「俺達の苦労も知らないで……ふんっ……」
穏やかな寝顔を見ていると急激に腹が立ってきて、雹子を起こした時と同じくシュールストレミングの臭いを念じながら、指をヨシオさんの鼻先に押し付けてやった。
「…………ブッ……ぐぇっ、ごほごほっ……げーほげほっ!」
効果覿面、一発でヨシオさんは飛び起きた。
「今のヨシオさんの苦しみはぁ、ワタクシが一番よくわかりますぅ。モロに吸い込むと殺人的な威力ですよぉ」
「それにしても、今回は臭いが広がらんなぁ」
「あらほんとね。窓開けに走らなくても良さそう」
「当たり前だろ。これで商売やってきたんだ。微調整くらいできる」
俺は前回みたいに自分まで臭いを嗅いでしまわないよう、0.5秒くらいでシンポテを止めたのだ。おかげでほんのり臭いか気のせいかくらいになった。
「むぅ!? ここはどこだ!?」
今までの経緯を知らないヨシオさんは、目を覚ますとキョロキョロして慌て出した。
「ヨッシー、ここはCBTの中や」
「何!? TNHじゃないのか!?」
「えーっとなぁ、どっから話すべきやろ」
頬をポリポリ掻きながら言う七佳は、チラリと俺を見た。そういえばヨシオさんは、外で眠らされて連れ去られたため、才田とCBTの繋がりも、クローン人造人間のことも知らないのだった。
「敵地で全部話してる暇はねぇが、面倒臭い性格のヨシオさんが、掻い摘んで理解するかどうか……だな」
「いやぁ、ここまで話が進んで、今更一から説明って、ほんまに面倒臭いねんけど」
「俺だって面倒臭ぇから嫌だ」
「もう、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、掻い摘むからあかんねん。面倒臭いおっちゃんには、シンプルに極論だけ言えばええんや」
俺と七佳が説明を押し付けあっていると、みかんがその役を買って出た。
「おっちゃん、今から敵を倒してここから逃げる。それだけや!」
「ほぅ、そうなのか」
「そーそー。頑張ったら後でお姉ちゃん達がAtoZで教えてくれるから」
「よし分かった、任せろ」
……良いのかそれで。ってか結局面倒臭ぇことを後回しにしただけじゃねーか。
その時、才田のいた方から聞いたことのある呻き声がした。ハッとなって振り向くと、そこに奴の姿はなく、代わりに月明かりの届かない暗い闇から、上半身裸のマッチョ変態がのそりと出てきた。もう警察署から回収されたのだろうか。続いてもう一人、マッチョではないが同じく上半身裸の変態も……
「ちっ、今度は二人かよ?」
「あいつ、きっと奥に逃げたんや」
「何なんだよ、俺をCBTに誘き寄せるためにヨシオさんを人質にしたんだろ。用件も条件も言わずに何がしてぇんだ」
「そんなん、この変態達を倒して追いかけな、聞くにも聞けんやん」
対策を立てる間もなく、マッチョ変態は夕方と同じように意味不明な声を上げながら向かってきた。
バキィッ!
一撃目は、前に出たまりさんが背中を硬化させて受け止めた。
ゴキッ! バキッ!
拳から耳を覆いたくなるような音を立てながらも、マッチョ変態は構わず攻撃し続ける。カンナさんの時より距離が近いから、その回復速度がよく見えた。確かに指が曲がろうが瞬間的に元に戻っているのだ。
「よし、ここは俺の飛び道具で!」
「駄目だヨシオさん、あいつは店長のエアガンを口の中に食らっても平気だったんだ」
「そ、そうか。なら、後ろにいるもう一人に……」
ヨシオさんは盾になっているまりさんの横から顔を出し、マッチョでないただの変態に、鼻の穴の照準を合わせた。
「うぁあおぇあぁあ!」
「ヨッシー危ない!」
「何!?」
マッチョ変態は拳の行き先を、急にヨシオさんの顔へと変える。こいつ、頭沸いてそうに見えて、闘争本能だけは上等なのか!?
ガキィッ!!
咄嗟にまりさんがヨシオさんがいる方の肘を後ろへ振り、マッチョ変態の拳とぶち当てた。殴る衝撃と、硬化された肘先から来る逆方向の力が一点に集中し、マッチョ変態の拳は無残にへこんだ。だがそれを見て目を覆いたくなるより前に、やはり一瞬で治ってしまう。
「うぉらぁああ!」
一瞬、誰の声か分からなかった。まりさんが掛け声と共に、肘を振った勢いでそのままくるり体を反転させ、今度は逆に変態マッチョの鳩尾をぶん殴った。
ドォォン……
鈍い重い音が響く。殴り合いでこんな音が出るのだろうか。
「シンポテ使えるのは胴体だけじゃねぇぞゴラァ!」
ドォン……ドスッ、ゴスッ……
そのまままりさんは連続で殴り続けた。どうやら今は拳を硬化させているらしい。ホルモン注射を打っているニューハーフのまりさんがどこまで腕力を持っているのかは知らないが、例え女性の力でも、金属バット等で思い切り鳩尾を突いたくらいだと考えたら、かなりのダメージだろう。
「オラッ、オラッ、ウォラァッ!!」
「ま、まりさん、声が男になってるぞ!」
「あ゛? え? あら、いやぁん!」
我に返ったまりさんが頬に手を当ててぶりっ子ポーズを取ると、マッチョ変態は口から泡を吹いて後ろに倒れ込み、後頭部をしかと打ち付けた。
これで少しは時間が稼げるか? そう思って才田を追おうとした時、今まで存在感のなかったただの変態が、口を大きく開けて構えていた。
「アアあああ゛あ゛あ゛ーーー!!」
それは声と思える代物じゃなかった。サイレン音……いやそれをもっと高くした音を、大音量のスピーカーから耳元へ一気に叩きつけられたようだ。
耳が割れる。肺が震える。指で耳穴を塞いでも、頭の中で音がガンガン共鳴する。
ただの変態の肺活量にも限界があるのか、声はそう長くは続かず止んだ。大きな音に耐えていただけなのに、全身にどっと疲れが押し寄せた。他のメンバーも膝をつき呆然としている。月明かりを招き入れていた窓ガラスには、亀裂が走っていた。
手前の床を見れば、マッチョ変態の口から流れる泡の量が増えている。
「……おい、仲間まで、しっかり巻き添えじゃねぇか……。こりゃ……無差別だな」
不思議と自分の喉まで大声を出して暴れた後のようにカスカスだ。
「そ、そぉですね……。じゃぁ無差別にはぁ……無差別でやり返しますぅ……」
「雹子……?あんまり前に出ると、危ねぇぞ」
膝だけでなく手までついて這いつくばっていた雹子は、顔に掛かった長い黒髪をそのままに、ゆっくりと立ち上がった。だらんと首と腕を垂らし、猫背で立つその姿は、シンポテを使う前から心霊現象さながらだ。
ただの変態が再び口を開け、息を吸い込むと同時に、雹子の髪も膨れ上がる。
「アアあああ゛あ゛……」
「ひょぉぉぉおおおお!!」
あの殺人音を掻き消すかのように、雹子からただの変態に向かって禍々しい気配が炸裂した。黒く澱んだ紫の靄が、二人の間で何かとぶつかり、しきりに押しているのがはっきり見える。
ズゴゴゴゴゴゴ……
怨霊の気は地鳴りような音を立て、徐々に変態との距離を縮めていった。そして声を出す息が切れると同時に、変態は黒紫の闇に一瞬で飲まれた。
「……っアッキョーーーィ!!」
ただの変態は悲鳴とも断末魔とも言える妙な声を上げ、ドサリと崩れ落ちた。雹子の気配が収束し、闇から開放された彼は、小刻みに痙攣している。
……相当な恐怖と圧力だったんだな。同情するわけじゃないが、何となく分かるぞ、その気持ち。