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メリーさんの電話

 ここはCBTのゴミ捨て場。だがこれと言って怪しいゴミやグロい破片があるわけでもなく、ただ週に1度の回収を待つダンボールが重ねられているだけだった。

 みかんが俺の携帯を耳に当て、才田にかけ始めた。 

 トゥルルル……トゥルルル……トゥルルル……

周りがシンッとしているから、携帯から呼び出し音が小さく漏れる。非通知の着信に才田が出てくれるかどうか。

 トゥルッ……

音が急に途絶えた。少しの間を空け、「はい?」という声。夜中の非通知ほど怪しいものはないのに、どうやら才田は出たようだ。みかんがしめたとばかりにニヤつき、鼻を摘んで猫なで声を出した。

「もしもし?私メリーさん。今ゴミ捨て場にいるの」

「……え?」

才田の戸惑った声が聞こえたが、みかんはそれだけ言うと構わず電話を切った。

 そう、俺達は今、才田を怖がらせて気配の変化を雹子に探らせるため、都市伝説"メリーさんの電話"を仕掛けているのだ。

「……何も本当にゴミ捨て場からかけるたぁねーだろ」

何言ーてんねん。相手を怖がらせるには臨場感が必要や。こっちもまず形からきっちりせんと、ただの悪戯いたずらやと思われるやん」

「それもお前が学校でやってるスパイごっこで得た教訓か?」

「うん。一回これやってみたかってん。友達にこんな電話かけて驚ろかしたら、親が警察に通報してまうもん」

そう言ってみかんはクソ餓鬼らしい悪そうな笑みを浮かべた。

「で、次は"タバコ屋さんの角にいるの"やねんけど、なさそうやから別ので行くで。とりあえず、中に入れそうなところ探そ」

 そしてビルの壁沿いに、CBTの敷地内をウロウロと歩く。途中みかんが「花壇の脇にいるの」とか、「排気口の下にいるの」とか電話をかけていた。いちいち出ている才田は一体どういうつもりなのだろう。俺達の仕業しわざと気付いてるのか。それならメリーさんごっこをしている意味がねぇ。

 徒労とろうに終わるのかと思いつつも、2階の窓で開いている箇所を発見した。電気がいている。みかんがふわふわ浮いて中をこっそりのぞくと、研究者らしき白衣の男が、残業でもしているのだろう、熱心にパソコンに向かっていたらしい。窓を開けているのは、会社からクールビズという名の節電を言い渡されているからなのかもしれない。

 「ほなあたしがノしてくるわ」

七佳がアキレス腱を伸ばしながら言った。

「せーの、ほっ!」

ひざを軽く曲げ、そこから両腕を伸ばして一気に飛び上がった七佳の手は、見事に窓のサンを掴んだ。邪魔そうな腹をよじりながら中へと入るその姿は、忍び込むと言うには若干無理がある。残業している奴に気付かれて騒ぎにならないか、マジで不安だ。

 だが一端奥に姿を消した七佳は、程なくして窓際に戻ってきた。口をパクパクさせながら下を指差している。きっと中から回って下の階の窓を開けるのだろう。

 俺は"了解"の意味を込めて、手を上げ頷いた。

「中の奴と争うような物音はなかったが、どうやってノしたんだろうな」

待ってる間、ポツリと言ってみた。

「ちょっと見てくるわ」

俺の独り言を聞いたみかんは、再び浮き上がって行った。飛べるんだから、そのまま中に入れば良いのに、と一瞬思ったが、あいつには一人で無茶な行動を取ったという前科があるから、言わないでおいた方がいいだろう。

 そしてみかんは浮きながらポケットを探り、俺の携帯を出した。

「もしもし、私メリーさん。今窓から覗いているの」

しっかりメリーさんごっこは続いているのだ。

 カララ……

不意に窓の開く音がした。1階はまだ暗く閉じたまま。もしかして才田か? だが俺達の見渡せる範囲の窓は動いた様子がない。

 「惜しいな……別の方向の窓だったか」

「でもぉ、音のした一瞬だけ、動揺の気配がありましたぁ。あっちの方角ですぅ」

雹子がビルに向かって右斜め上を指差した。

「マジか? じゃぁ入った後はそっちに行けば、才田を見つけられるかもしれねぇな」

まぁ、例え俺達の悪戯と気付いていたとしても、いきなり"窓から覗いている"なんて言われりゃ、確認はするよな。

 「アハハッ、あなたに見えなくても私には見えてるわよ」

みかんが急に笑いながら言い出した。すぐに窓がピシャリと閉まる音が響くと、携帯を切って降りてくる。

「……何言ってんだ?」

「え? "いないじゃないか"って言われたから、"私は見えてるわよ"ってハッタリかましといてん。その方が怖いやろ」

「怖がると言うよりぃ、動揺が少し大きくなりましたぁ」

「なぁんや、まだ足りんのかぁ。ほな次は雹子お姉ちゃんがかけてぇな」

肩をポンと叩かれて言われた雹子は、「ワタクシですかぁ?」と首を傾げた。

「怨霊の気配をまとってかけた方が怖いやろ?」

「ワタクシの気配が電波に乗って届くかは分かりませんよぉ」

「ええねんええねん。さっきの電話で"藤間とうまさんでしょ?"って言われてもーたから、とっくにバレバレやねん。次からはアタシがかけるよりお姉ちゃんがかけた方が効果的や」

やっぱり才田は気付いていたのか。だがそうでもなきゃ、夜中に非通知のイタ電がかかってきても、そうそう毎回出るわけがない。

 「部屋の中はおっちゃんがパソコンの前でつっぷしてただけやったわ。何も壊れたり倒れたりしてへんかった」

「ということは、七佳ちゃんは後頭部にガツンと食らわせたのかしら? 前にあの子、武器を使うより素手の攻撃の方が好きって言ってたもの」

まりさんは口角こうかくの横に人差し指を当てて言った。

「得意じゃなくて、好きなのかよ……」

「そう。なんかねぇ、攻撃するなら殴ったぞっていう手ごたえが欲しいんだって。きっと一発でスコッと即倒させられて、気持ち良かったはずよぉ」

「まあ、想像はかたくねぇな。シンポテ使ったあいつは野生のゴリラ並だし。それにしても、あんなにオタオタ転がりこんだのに、全く気付かれてなかったっていうのか」

「おっちゃん、めっちゃ集中しとったんかな。パソコンの画面は目が回りそうなくらい数字とアルファベットが並んでたわ。」

 そんなどうでも良い話をしている間に、目の前の窓に七佳が現れた。一人ずつ順番に入り、雹子の指差した方向に歩く。明かりは足元を頼りなく照らすフットライトと、緑の非常口の表示灯だけだ。メリーさんの電話を受けている才田以上に俺達のほうが怖い。

 3階まで上がった所で、雹子の足が止まった。

「ここかもう少し上か……その当たりなんですけどぉ」

「ほなもっかいかけよっか。はい、どうぞ」

みかんは満面の笑みで携帯を雹子に渡した。メリーさんごっこが楽しくて仕方ないようだ。

 トゥルルル……トゥルルル……

少し困ったような表情の雹子だったが、言われた通り電話をかけ始めた。そして「はいはい?」と才田の面白がるような軽い返事が漏れた時……

「もぉしもぉぉし……私メリーさぁん。今ぁ、あなたの部屋をぉ、さぁがぁしぃてぇいぃまぁぁあすぅぅううっ!」

携帯に向かって雹子が怨霊化した。薄暗い雰囲気もあいまって、デリケートと言われた俺だけでなく、他の奴らも雹子から数歩離れた。きっとこいつの天職はヤンデレメイドよりもお化け屋敷だ。

「あっ、今気配が大きく動きました! あっちですぅ」

怨霊に引いたのは俺達だけではなかったようだ。電波は禍々まがまがしい気配をちゃんと相手に伝えたようである。気配を辿って足早に歩き出した雹子に続き、階段をのぼった。

 4階は他の階と少し違っていた。廊下に面した扉が、大きく頑丈そうな両開きなのだ。普通のドアではない。早くもCBTの秘密にビンゴしちまったのだろうか。

 「ここですぅ」

そこは他の変わらない扉だった。だが雹子が言うならこの中に才田がいるのだろう。

 トゥルルル……トゥルルル……

今度はみかんがかけた。居場所が分かれば雹子のシンポテを無駄遣いすることもない。また肝心な時にエンストを起こされたらかなわない。

「もしもし、私メリーさん」

「あれ? さっきはとどろきさんっぽかったのに。また藤間さんなの?」

漏れ聞こえる才田の声は、少しほっとしたようだった。

「今あなたの部屋の前にいるの」

「ええ? 早いね。まぁいいか。鍵は開けてあるよ」

「……なんやねん。もっとビビりぃや。おもんないな」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ。入るぞ」

口をとがらせたみかんを小突いて、両開きの扉を押した。

 意外に軽く開いたその奥に、相変わらずムカつくくらい綺麗な顔をした奴が、初めて見た時と同じように、ニヒルな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

いつも拍手をしてくださってる方、ありがとうございます。こんな趣味丸出しの作品にポチっとしていただいて、とても嬉しく思っております。

私事ですが、メリーさんネタ、前話掲載時には既に決まってたんですけど、急に仕事が忙しくなりまして……休みがなく、ちょこちょこ書いて、ようやくアップすることができました。すみませんが、しばらくゆっくり更新が続きます。

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