大物の世間体<<<研究者の見栄
マッチョ変態による鳥槻荘襲撃は、ちょっとした騒ぎになった。
それもそのはず、変態は駆け付けた警察の制止は聞かないわ、威嚇の発砲は無視するわ、揚句に警察官3人で押さえ付けても暴れ続けるものだから、害獣用の麻酔銃まで出て来た。
麻酔は一応怪我じゃないから、変態のシンポテで一瞬で治ることもなく、とりあえずはぐったりしている間に拘束し、パトカーで連れて行かれた。
そして、気が付くとアパートの周りには野次馬ギャラリーが出来ていた。あれだけ七佳ミサイルが飛び交い、警察が威嚇発砲まですれば、そりゃいくら人気絶不調の曰く付き物件でも、何事かと人は集まって来るだろう。
「……はぁーー、何だって警察の事情聴取ってのはあんなに同じことばっかうだうだ聞くんだ、面倒臭ぇ」
すっかり夜も更けた頃、俺達はやっと警察署から解放された。犯人がまともに会話できる人物じゃなかったため、訳も分からず襲われた側のこっちが、事の次第を説明する羽目になったのだ。
「一人一人個別で……ほんと長かったですぅ」
「でも、最後"帰っていいよ"って言われた時、えらい呆気なかったと思わん?」
「うん、それまでネチネチうざかったのに、急に追い出されたって感じよね」
そうなのだ。「何か恨まれる覚えは?」とか「犯人の身元に心当たりは?」とか、詳しいことは変態に聞け! と暴れたくなるくらいしつこかったにも関わらず、いきなり署内がバタついたと思ったら、「あ、犯人の身元が分かったから、もう帰っていいよ」とあっさり聴取は終了したのだ。一体どこの差し金なのか、本当にCBTの人造人間なのか、確認しておきたかったのだが、捜査機密だとか言われて取り合ってはもらえなかった。
腑に落ちなくて顰めっ面をしていると、ブラック店長が腕組みをして、考え込むように唸った。
「んん~、CBT製薬は確かにでかい会社だが、薬の開発ってぇのはかなり金がかかるし、世に出しても馬鹿売れするようなもんじゃない。色々と黒い噂があるが、1つの会社だけで人造人間の研究ができるほど儲かるわけがねぇんだ。だがもし各界の大物達が協力して金を出してるとすればあるいは……」
「マジですか? じゃぁ、変態の身元が割れた途端、不自然に追い出されたのは、警察に影響するくらいの人物も絡んでるからとか?」
「あくまでも推測だがな。それくらいでないと、研究できるようなテーマじゃねぇ」
「おお? あんなに嫌がってたのに、やっと情報屋っぽくなったんやな」
かなりヤバイ連中が敵だと思われるというのに、七佳はこんな時でも戦隊ごっこと絡めてくる。まあ、コイツらしいといえばそれまでなのだが。
「妙な遊びに付き合ってやるつもりはないが、一応鳥槻荘は取引先だし、俺も奴と戦っちまったからな。不動産屋として持ってる近所の噂や情報くらいなら話してやる」
「ごめんねハニー、巻き込んじゃってぇ。まさか私のためにエアガンまで持ち出して助けに来てくれるなんて……」
「これは元々、対お前用に持ち出したんだ。また嘘ついて襲われかけたらたまらんからな。いつになく切羽詰まった電話だったが、念のため用意しただけだ。結局今回は本当に変態がいたわけだが」
「いやぁん、何気に警戒心強いのねぇ」
ということは、カンナさんはよく店長に嘘のSOSを送っては、襲おうとしてたというのか。雹子以上に油断ならない妖怪だ。
それからCBTのある場所を聞いて店長を帰した後、野次馬も引いて静かになったアパートに戻り、カンナさんに今までの経緯を詳しく聞いた。
どうやら俺達が大阪に行った後、研究者らしきミラーグラスの奴が日に数回、アパートの中を覗くように偵察していたらしい。そのたびにカンナさんは紫の妖気を纏いながら睨みつけ、追っ払っていたらしい。だが今日はそれまでと様子が違った。車で乗りつけ、ひ弱そうな研究者が中から引っ張り出したのは、上半身裸の屈強な男。しかしその顔は緩み切り、口から涎まで垂らしていた。その異様さにただ事ではないと察知したカンナさんは、慌ててブラック店長に加勢を頼んだのだ。
「もしほんまにCBTの人造人間開発にすごい大物が絡んでたとしたら、ヨッシー救出はあんま派手にはできんかもな」
七佳は考え込むように頬杖を付いた。
「あらどうして?」
「あんなぁまりりん。どんな大物なんか知らんけど、目ぇ付けられてしもたら、今度どんな手使てあたしらを潰しにくるか、分かったもんじゃないで」
「ひょぉ! また他の変態さんを送り込んでくるってことですかぁ? 警察はもう当てにできませんし……次は無理ですよぉ」
「せやろ。あたしらもカンナも、弱そうなCBTの研究者とか、泉堂、栗林くらい阿呆な同族ならなんとか返り討ちにできる。あくまでもあいつらは本物の人間やもん。でも痛がらんわ頭沸いてるわ話はできんわ、おまけに警察に任せられへん偽人間なんか対抗のしようがない。何とか才田だけと接触してどつき回して、ヨッシーを無難に連れて帰る手を考えんと……」
七佳の考えはもっともだ。この先もっと他のシンポテを持った人造人間と戦うなんて、御免被りたい。既に標本体になってしまった被害者達には悪いが、今のシンポテレンジャー、いや、富利異盟損にも、CBTを根本からぶっ潰せるに足る戦力はないのだ。
「問題はどうやってCBT内にいる才田の所に行くか、だな。TNHでも他の研究者達と会ったりドンパチ戦って、それでも取り逃がしたんだ。ただ乗り込むだけじゃだめだろう」
俺がそう言うと、皆黙り込んだ。基本馬鹿のメンバーだから、作戦を立てるのは苦手なのだ。斯く言う俺も、何も考え付かないから同じ穴の狢なのだが。
「あ、はいはーい!」
みかんが勢い良く手を上げた。
「何や、みかん」
「雹子おねえちゃんに、会社の外からひろろんの気配を探らしたらええねん」
「ひろろ……あ、そーいや心理作戦で、あだ名付けとったな。忘れてたわ。みかん、よう覚えとったなぁ…」
「今あだ名のことはどうでも良い。それより雹子、お前特定の気配なんて探れるのか?」
七佳これ以上喋らせると、話があだ名の方にずれそうだから、とりあえず割って入って黙らせた。
「周りと全く違う特徴を持っているなら……。でもそんな気配の人じゃないんで難しいですぅ。歓喜とか恐怖とか、常態でない感情があればできるかもしれませんけどぉ」
「恐怖やな。それくらいやったらアタシ、何とかできそう。丁度暗なってきたことやしな。ウシシシ……」
不安げな雹子の返事に、みかんは悪そうな笑みを浮かべた。
草木も眠る丑三つ時……ではないが、空はとうに真っ黒だ。都会で星なんか滅多に見えない。時折そんな夜空と同じ色の黒猫が、人気のない道路を横切る。縁起悪いことこの上ない。
みかんが思いついたのは、名付けて"恐怖の都市伝説"作戦。あの才田が都市伝説ごときで怖がるようなタマだとは思わないが、他に誰も何も思いつかないから仕方ない。
「大丈夫なのか? あいつはそんなビビリ野郎には見えなかったけどな」
「う~ん、どうでしょう。この時間だと、会社の中にいる人の数も昼間より少なくなるでしょうし、もしかしたらちょっとした動揺でも分かるかもしれませんよぉ」
「……だと良いがな」
「もう、お兄ちゃんぐちぐち言ーとらんと、早よひろろんの携帯番号出して」
偉そうに催促され、ため息をつきながら携帯をみかんに渡した。
CBTは俺が前に住んでいた雑居ビルから歩いて15分程の所、秋葉原の一角にあった。漫画喫茶から離れるのは惜しかったが、引越して心底良かったと思う。あの頃は行動範囲が極端に狭かったから、こんな所にサングラス組織があったなんて、全く知らなかった。
そこは自社ビルのようで、他のテナントの看板はない。肝心のCBTの看板には……
「CBT製薬研究所……ん?まだあるぞ。……Cloned Bioroido Technology……ってまんま書いてんじゃねーか」
「どらどら、……ほんまや。何かサブタイトルみたいに下に小っさく書いとんなぁ」
「何で誰もこれを突っ込まないんだよ……。その前にこんな物騒な社名に営業許可出すなっつーの」
「せやから警察だけやなくて、役所も何も言われへん大物が絡んどるっちゅーことやろ」
だからって堂々と書くか? 普通。そんな大物が絡んでるなら、人造人間とかクローンとか、非人道的なことはあまり世間に知られたくないと思うはずなんじゃないのかよ。
……いや待て、これまでのパターンから考えると、どうせ研究者達が自分達の開発していることをちょっとだけひけらかしたくなって、大物に黙って勝手に小さく看板に付け足した、とか有り得るぞ。近寄ってよく見ないと読めないくらいの小さい文字だしな。だいたい製薬会社の看板をよくよく見詰めるような奴が、この秋葉原にいるとは思えない。偶然誰かが気付いたら、研究者が心の中でクスリと笑って自己満足するのかもしれない。
くっだらねぇ研究者を雇ったもんだぜ。本社だろうが大物関係者がいようが、中で働いてる奴らは商売根性丸出しのTNHと同レベルだ。
「……非通知設定は……えっと、これやな。…………、よっしゃ、始めるで」
俺が呆れて遠い目をしている間に、みかんの準備は整った。