シンポテ・ゴールド現る
七佳に殴られ、骸骨みたいな顔をある意味健康的に見えるくらい腫らした泉堂は、意外にも気を失うことはなかった。顔も腹も、リミッターの外れた七佳が思い切りぶん殴っていたはずなのだが、どうやら動体視力を駆使し、微妙に急所を避けるよう体をずらしていたらしい。呻き声さえ上げなかったのは、それに集中していたからだ。遊んでばかりのオッサンも、身の危険が迫った時は普通に頑張るようだ。
そして泉堂は、才田が帰ってしまえばTNHに義理立てする理由もないからと、知っている限りのことを話した。
ここでは主に、連れて来た同族の体や能力を調べ、仮死状態にしてからデータと共にCBTへ送っている。標本体とは、この仮死状態の者のことを言う。
CBTに送られた標本体がどうなったのか、それは泉堂も知らない。だが、帰って来た者もいなければ、恨み節の連絡を寄越してきた者すら、一人としていない。才田は彼ら標本体のことを、時々"犠牲者"と表現した。そこから泉堂は、標本体が生きている確率は少ないと判断したのだ。
七佳が関東出張の申請を出した頃、才田にはCBTから"志牙巧"という人物、つまり俺を捕まえろという指令が出た。同族を引き寄せるということに、研究者達は前から目を付けていたが、中々俺がしぶとく逃げ回るため、同族の才田に任せようとしたのだ。だが早い者勝ちということで、才田の関東出張は社長に却下され、叶わなかった。奇しくも七佳が俺に目を付け、運良くお持ち帰りしたのを知り、自分の派閥へ寝返らせることで指令を達成しようとした。
想像通り、完全に人を実験材料として扱っているCBTやTNHのやり方にムカつきを覚えながらも、俺は才田陽路という人物について知りたくなった。シンポテを持つ者の敵である組織にいて、同族が酷い目に遭っていても、腹を立てるどころか貢献している。人数さえ集まれば、それが本物の人間だろうが、人造人間のクローンだろうが構わないというその神経。普段の会話がまともで騙されかけたが、本当は才田が一番、人間的に、まともじゃない。
「何であいつはさっさと一人で帰ったんだよ」
俺が目的なら、ここで泉堂と一緒に戦って、連れて行こうと普通は考えるだろう。正直、泉堂一人でも、最後のロリコン生足メテオ・ストライクがなければ、かなりヤバかったと思う。
「僕は"一人で"と言うた覚えはない。君が自らCBTへ行きたくなるよう、ちゃあんと人質も連れて帰らはった」
泉堂の言葉に耳を疑った。俺の知っている奴で、この場にいないのは……
「ヨシオさん!?」
「あかんでぇ、敵のテリトリーで仲間を一人放ったらかしとったら……うぐぅ!」
俺は思わず泉堂の胸倉を掴んだ。まさか、まさか、俺達が中で戦っている間にヨシオさんは……標本体に……? 泉堂を締め上げる手をそのままに、皆で顔を見合わせる。想像は同じなようで、一様、言葉も出ない。
「タンマ! タンマ! まだ無事なはずや! せやなかったら人質にならんやろ!」
俺達の考える最悪のシナリオを、表情から読み取ったのか、泉堂は慌てて説明を付け加えた。少しだけ胸倉の手を緩めてやる。
「あの悪趣味な緑のスーツのオッサンが、才田さんの出した茶を素直に飲んどったら、今頃車の中でお昼寝中や」
「……敵の出す茶なんか普通…」
「いいえ、ヨッシーなら有り得るかもよぉ」
「ド天然ですからねぇ」
「うん、"いやぁ、君ってけっこう良い奴じゃないか、ハハハッ!"とか言いそうやな……」
俺以外の3人は、"うっかり敵の差し入れを飲んで捕まっちゃったよ"説に頷いた。どんだけヌケてんだ、あの人は……。だが想像できなくもない。
「ほんなら早よ助けに行かな! ほんまに標本体にされてまう」
「そうだな、今日中に荷物まとめて、新幹線に乗るぞ」
「ちょいちょい、誘拐なら普通、相手からの連絡と要求待つもんやろ」
意気込んだ俺達に泉堂が割って入った。
「はあ? 何で敵の準備が整うまで待ってやらなきゃいけねぇんだよ」
「そうよね、大きな組織に乗り込むんだもん。いきなり押し掛けて、動揺してる隙を狙わなきゃ」
「戦隊は堂々と乗り込むのがセオリーですけどぉ、現実はそうはいきませんよぉ」
まりさんも雹子も、今回は現実的に考えたようだ。成長したじゃないか、人権戦隊。
「というわけやから泉堂、あんたは栗林と一緒にここで標本体になっとけ!」
「えええっ!!」
「と言いたいところやけど、標本体になったらCBTが喜ぶだけやから、社長のお仕置きで勘弁したるわ。ほら、ちゃっちゃと歩けっ!」
「社長の……! ひえぇ!」
七佳に急き立てられた泉堂の顔は、この世の終わりのような表情だ。標本体は免れたというのに。社長のお仕置きとは、そんなに恐ろしいものなのだろうか。
泉堂の襟首を掴んだ七佳を先頭に、資料室を出ようとすると、後ろからTシャツをクイクイと引っ張られた。……みかんだ。
「なぁ、アタシは荷物、家まで取りに帰らなあかんねんやん。何時にどこで待ち合わす?」
「……お前、来る気なのか? 今まで散々ヤバイ話聞いただろ」
「うんうん、組織に捕らわれた仲間を助けるんやろ? ますます007やな」
事の重大さと危険レベルを理解していない口ぶりに、頭を掻き毟りたくなった。
「あのな、確かにさっきのメテオ・ストライクは助かった。サンキューな。だがここからは餓鬼が来るような所じゃない」
「アタシ、もう餓鬼ちゃうもん!」
「自分は餓鬼じゃないって言う奴ほど餓鬼なんだよ」
「何やねんそれ。人のこと餓鬼って言う奴が餓鬼やねんで!」
「俺は餓鬼じゃねぇ!」
「今、自分は餓鬼やないって言う奴ほど餓鬼やって言ーたやん! お兄ちゃんも餓鬼や!」
「屁理屈言うな! 何の話してたんだか分からなくなっただろーがクソ餓鬼!」
「だから、餓鬼のお兄ちゃんが行けるなら、アタシも行けるやろって言ーとんのやボケ餓鬼!」
「おーれーはー餓鬼じゃぁねぇぇえ!!」
つ……疲れた……。何なんだ、このウザイ会話は。本当に頭が混乱してきたぞ。ええと、俺は餓鬼じゃないがみかんは餓鬼で……何だった?
「巧、今時の女子高生の口に、大人がそうそう勝てると思ったらあかん」
七佳がぜいぜい息をする俺の肩にポンと手を置き、首を横に振った。
「マジかよ……。じゃぁこいつも連れて行くのか?」
「しゃーないやろ。あかんって突っぱねて、勝手に付いて来られる方が危ないわ」
「お姉ちゃん話分かるなぁ……あててっ!」
揉み手で七佳に擦り寄るみかんが憎たらしくて、つむじに拳をぐりぐりと押し付けてやった。
「問題は戦隊内のキャラ設定やねんけど、女の子仕様のピンクとイエローは埋まってもーてんねん」
七佳の言い出したどうでもいい話に、膝から力が抜けそうになった。そこから決めるのかよ。
「大丈夫。最近の戦隊とかライダーもんは、途中から仲間になる特別なキャラが出てくるねん。アタシはゴールドでええわ」
「おぉ! そーなんや! じゃあみかん、あんたは今から人権戦隊・シンポテレンジャーのゴールドや。一緒にグリーンを助けに行くでぇ」
「イエッサー! 仲間を助けるために悪の組織と戦うなんて、めっちゃ慈善活動やな。ますますNPOっぽいわ。宿題の感想文には、皆のこと、格好良く書いたるからな」
かくして、シンポテレンジャーに夏休み限定の仲間が増えたのだった。
帰り際、才田から何か聞いているのか、CBTに乗り込む気満々で廊下を堂々歩く俺達を止める研究者はいなかった。そして玄関前で眠りこけていた栗林を起こす。どうやらこいつもヨシオさんと一緒に睡眠薬入りのお茶を飲んだようだ。間抜けにも程がある。
泉堂を七佳、栗林をまりさんがそれぞれ引きずるように連れて帰り、社長に預けた。事情を聞いて「落とし前、付けてもらうでぇ……」と囁く社長の顔は、万田銀次郎さながらだった。お仕置きは社長一人でするのではなく、他の社員のシンポテも使って行うらしい。どんなものなのか多少興味はあるが、早くヨシオさんを助けに行きたいから、怯えまくる才田の側近二人を尻目に社長室を出た。
俺の精神衛生上、どうか"落とし前"が小指をつめるとかじゃありませんように、と祈る。
あ、想像したら指先が冷たくなってきちまった……