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才田の目的

 「さて、こっちからも攻撃しよか。やはり英国紳士らしく、ゴルフがええかな。誰をカップにしよか?」

こちらにステッキの先を向けた泉堂は、俺達5人を一人一人指し示しながら言った。そしてスーツの内ポケットからゴルフボールを取り出す。静かに床へ置くと、ステッキの握りの部分を下にして逆に持ち、横を向いて構えた。

 俺はどの程度の攻撃が来るのか分からず、一応身構えたのだが、七佳は小鼻をいて余裕の態度だ。

 「はン、あんたは動体視力が凄いだけやろ。中年オヤジの打つたまなんか、恐るるに足りんわ」

「よぉーたな。好きこそ物の上手なれ、という言葉を知らんのか。なら受けてみるがいい。チャー、シュー、……メンッッ!!」

ステッキの握りで打たれたゴルフボールが、一直線に七佳へ向かってくる! さっきの泉堂と同じく、彼女にも逃げ場はない!

 ガツッ……

かなりの勢いで放たれたゴルフボールは、七佳の前に踊り出たまりさんの背中に当たって跳ね返った。音が人間に当たった時のものじゃない。シンポテで皮膚と筋肉が硬化されているのだろう。七佳ミサイルを受け止めた時はそんな音じゃなかったから、硬さを調節出来るのかもしれない。

 一方、泉堂は跳ね返ったボールを、今度はテニスのフォームで打ち返した。

「次はスカッシュやな」

 ガチッ!

 ガツッ……コン

 ガチッ!

 ガツッ……コン

 壁役のまりさんが跳ね返すとまた泉堂が打つ。小さい握りの部分を使って、よくそこまで器用に打てるものだ。これも動体視力がなせる技なのか?

 「ハッハ〜、スカッシュはロンドンの囚人が始めたもんやから紳士のスポーツとは言われへんが、たまには良いもんやなぁ」

「もぅ! 同じ所ばっか当てたら痛いじゃなぁい!」

ラリーを繰り返すごとにまりさんの顔が歪んで行く。長くは持たない。

 見兼ねた七佳が腹を泉堂に向けて、まりさんの前に立ちふさがる。

 ガチッ!

 ボスンッ!

「うぐぇ! ックー! 効くわぁ……」

柔らかい脂肪でおおわれた腹に当たったボールは跳ね返らず、七佳の近くに転がった。だが痛がるのもそこそこに、七佳は慌ててボールを拾って人差し指と中指で挟むと、腕を突き出した。

「あたしの魔球、受けてみぃ!」

足を高々と上げた七佳。まるで野球漫画のピッチングポーズのようだ。お前は星飛雄馬ほしひゅうまか!? と突っ込みたかったが、完全な関西人の七佳を巨人ものに例えると怒りそうだからやめておく。きっと阪神ファンだ。

 「ピッチャー、……ン投げましたっ!!」

シンポテでリミッターの外れた七佳が放つボールは、魔球そのものだ。再びマトリックスの体制に入りかけた泉堂の目前で、急に軌道を変えて落ちた。

 あれは……フォークボール!?

「ナメるなぁぁ!」

だが泉堂は微妙に体をよじってそれをかわした。駄目だ、1対1じゃ完全にけられてしまう。とはいえ、俺やエンスト起こした雹子は攻撃するすべを持たない……

 傍観しているしかなかった俺の目にふと入ったのは、棚に詰められたファイルや冊子だった。

「雹子、ファイルを手当たり次第に投げろ! 数打ちゃその内当たる!」

「は、はいぃっ!」

そうだ。別にシンポテを使って攻撃しなくても良いんだ。複数で物を投げまくって、けようのない状態にすれば良い。泉堂がひるんだすきに突破口が見えるかもしれない。

 いつの間にかみかんの姿が見えないが、今は構ってられない。俺と雹子にならって、七佳とまりさんも近くの棚からファイルや冊子、それに重そうな辞書らしきものまで、一斉に投げまくった。

 「ほっ、はっ、おぉっと!」

「クソッ、当たれ!」

「ハッ、無駄無駄! そいやっ! とぉっ!」

期待もむなしく、俺達の攻撃は確実にかわされる。

「だぁぁあ腹立つ!」

ブチ切れた七佳は、才田が報告用に使っていたパソコンを持ち上た。

「これで……どぉやぁぁああ!!」

そのままコードを引きちぎりながらて投げ飛ばす! かなり古いタイプだから当然液晶なんかじゃない。大砲さながらの重量とでかさだ。

 「マトリーックス!」

パソコンがでかくて横に避けれない泉堂は、またもや反り返った。これでも駄目なのか? 

 ……と諦めかけたその刹那……

「メテオ・ストライクッ!」

みかんが本棚の上からふわりと出て来ると、がら空きになった泉堂の腹を目掛け、正座で落ちた!

「グォエッ……!」

前からの攻撃ばかりで真上からの攻撃を想定していなかったのか、泉堂はわずかに反応が遅れ、腹へみかんの膝をモロに食らった。

「くぅ……女子高生の生足……」

反応が遅れた理由はそこか!? お茶目なイギリス紳士風じゃなくて、ただのロリコンオヤジじゃねーか!

「……馬鹿だ……、こいつ本物の馬鹿だ……」

俺のつぶやきに、皆が頷いた。







 腹を押さえてうなる泉堂が落ち着くのを待ち、正座をさせて取り囲んだ。今から尋問タイムだ。

「……才田さんは本社に帰りはった」

「帰る? あいつ、元はCBTにいたってことか?」

「せや。あの人はCBTから富利異盟損に送り込まれた、特派員や」

なんと、俺達が007ごっこをするずっと前から才田は敵で、富利異盟損に潜伏せんぷくしていたのだ。

「じゃあお前や栗林も……」

「ちゃうちゃう。僕らは才田さんに惚れ込んで、あの人が関西におる間だけ協力してただけや。富利異盟損には、強烈なカリスマ性のある圧倒的なリーダーがおらんかった。田ノ中さんも悪くはないが、やっぱり普通のネーチャンやねん」

七佳が普通かどうかははなはだ疑問だが、カリスマ性があるわけではないという所は納得できる。

 「あのな、あたしは確かに多少ノリの良い普通の女子やけど、カリスマ性があれば仲間を売っても協力すんの? 理解できひんわ。 外道やで」

苛ついた様子の七佳は、泉堂の胸倉を掴んだ。

「……それがどうした? 外道が何や!? 道理が何や!? 僕も栗林君もずっと不安やった! 銀次郎パクった社長に若いネーチャン、下は組織に怯えるだけの何も考えへんお気楽な連中! 絶対的な安心感が欲しかった……頼れる存在が欲しかったんや!」

泉堂は今にも泣き出しそうな声で叫んだ。今まで溜め込んでいたものがり上がってきたのだろうか、その目は充血し、唇が小刻みに震えている。

「餓鬼んちょみたいなことーてんちゃうぞ! 悪事に協力して、自分らだけ助かろうって魂胆か」

「何とでも言え! 才田さんが人を惹きつけてやまんことは、田ノ中さんが一番分かってるやろ! あの人が裏で組織と繋がってるっちゅうことは、協力する前から薄々気づいとった。でもそれを差し置いても有り余る安心感をくれたんや」

 七佳の手を振り払った泉堂は、居直って正座を崩し、胡坐あぐらをかいた。その態度に七佳は更に苛立ち、拳を握り締めた。

「やめとけ七佳。付き従ってただけのこいつと才田が離れた以上、もう派閥内から仲間が売られることもないだろ」

「せやけど、何も解決してへんやん」

俺が止めると七佳は一応拳を引っ込めたが、まだ悔しそうに唇をんでいた。

「そうだ。ここから先は東京に帰って、才田本人とケリを付けるんだ。ロリコンオヤジを殴っても仕方ねぇ」

「ロ、ロリ……、ちゃうぞ。男なら若い子の足をついつい見てまうもんやろ!」

「俺は餓鬼の足に興味はない。それより泉堂、才田は初対面で俺に、"能力者が活躍できるよう、安心して暮らせる場所をここに作りたい"って言ってたんだ。そのために人数が欲しいと。言ってることとやってることが矛盾してる。あれは嘘だったのか?」

泉堂の話を聞いている内に、このことが引っかかった。安心して暮らせるどころか、仲間が標本体にされてCBTに送られている。

「……嘘……というわけやない。才田さんにとって一緒に暮らす仲間とは、必ずしも母親のお腹から産まれてきた人間やのうても良いっちゅうだけのこと」

「それ……ってまさか……?」

「せや。特殊能力を持っていれば、人造人間であっても構わん。前にそううとった。まだほんまの人間と同じように生きてるもんは作れてないらしいけどな。今後CBTが技術を確立さして、人造人間のクローンがいくつでも作れるようになれば、あっという間に人数が増やせる。今までの犠牲者の数を軽く超えるくらいのな。才田さんがCBTに尽くすんは、そのためらし…」

「ぁぁああああ゛あ゛っ!!」

いきなり七佳が泉堂に飛び掛った。そのまま馬乗りになって殴りつける。いくら動体視力が良くても、シンポテを使った七佳の力で押さえつけられたら抵抗できない。それとも抵抗する気もないのか、泉堂はうめき声さえ上げずに、ただ殴られ続けていた。

 「七佳ちゃんやめて! 死んじゃうわ!」

慌ててまりさんが七佳の腕を掴むも、その拳は止まらない。

「ひょぉぉおおっ! 巧さぁん! 何か鎮静剤ちんせいざい的な匂いを……!」

「お、おう!」

呆然と七佳の暴走を眺めていた俺は我に返り、彼女の鼻と口を手の平で押さえた。

「フーッ! フーッ! ……フー……フー……ふぅ……」

荒馬のような鼻息が徐々に小さくなり、ようやく拳は止まった。

 そうして熱い鼻息の代わりに、大きな丸い目から涙が一つこぼれた。

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