産毛、最後の闘い
スシャシャシャシャシャ……
案の定、栗林は懸命に生え残ろうとしている産毛の上から、赤い下敷きを高速で擦り付けた。小学生以外でこんなことをやってる奴は初めて見る。きっとこのために栗林の毛根は死滅しかけているのだろう。確かに下敷きで髪を擦れば静電気を起こし易いが……
「……やめてやれよ。毛だって必死に生きてんだぞ」
見ているだけで痛々しく、今にも産毛の断末魔が聞こえそうで、とりあえず忠告した。
「大丈夫や! お前らならイケる! 頑張れ栗毛っ!」
「……」
栗林は自分の産毛に喝を入れ、更に擦るスピードを上げた。
もう、何も言うまい……
程なくして栗林は、下敷きを取ると、脳天を俺達に向けて突き出した。
「食らえ! 太陽拳っ!!」
刹那、奴の頭が青白く光る!
「マジかっ!? 全然ショボくねぇぞ! 食らったらシャレになんねぇ!」
「雷撃っちゅう割にはショボイだけや! 皆散れっ!」
パビヂッ!
栗林の放った青白い光は、一瞬不規則なジグザグを描き、コンクリートにぶつかって散った。
「ふははははっ! 見たか俺の太陽拳!」
「本来の主旨とは全く違うじゃねーかっ! 太陽拳は光って終わりなんだぞ!」
「俺のは光らせるだけちゃうって言ーたはずや! そぉら、もういっちょ!」
スシャシャシャ……パビヂッ!
スシャシャシャ……パビヂッ!
栗林は勢いづき、自称太陽拳を連発して繰り出した。腐ってもショボくても雷撃だ。軌道が見えないから、奴が突き出す頭の方向から勘で避けることしかできない。
「クソッ、迂闊に近寄れねぇ……」
「はいはーいっ! アタシが上から攻撃するぅ!」
現状を打破する方法を思い付けないでいると、みかんが張り切って手を挙げた。
「上から攻撃って……お前は浮くだけだろ。どうやって攻撃すんだよ」
「浮くのを利用した未知の必殺技、"メテオ・ストライク"があるねん」
「はぁ? お前、隕石引き寄せて落とせるのか?」
みかんは重力を操るシンポテだから、何だか出来そうな気がしないでもない。だが危機感の薄い女子高生の考えることには、悪い予感しかしない。"未知の"必殺技って言ってたから、「やったことないけど試してみよっかな♪」程度の思い付きだろう。
「ちゃうし! アタシが隕石になるんや。雲の上まで上がって、そっから一気に重力かけまくって突っ込むねん。ほな、行ってきまぁす!」
そう言って地面を蹴ったみかんは、ふわふわと風船のように高く上がって行った。
「あ、待てっ! 突っ込むっつっても、お前の体は強化されないから……っうわっ!」
言い終わる前に栗林の雷撃が飛んでくる。みかんはかなり小さくなってしまった。
避けて転がり込んだ先にはヨシオさんがいた。
「みかんが人間メテオ・ストライクやるって、昇って行きましたけど、ヤバイですよね?」
「何だって……? 隕石は宇宙の鉱物が、大気の摩擦で燃えてるんだぞ。人間の蛋白質なんて、地上に到達する前に燃え尽きてしまうじゃないか」
「……いや、燃え尽きる前に熱くて本人が落ちるのやめるでしょ……。それに大気圏外まで昇るのは、いくら馬鹿でも苦し過ぎて断念すると思います。そういうことじゃなくてですね、肉体的に何も強化されてないみかんが、高い所から敵に突っ込むのが危険なんじゃないかってことを言いたいんです」
ああ、何でヨシオさんはいちいち面倒臭い考え方をするんだ。
「最近の女子高生はハードだなぁ。下に救助用のトランポリンでも敷いてやらねば」
「……この状況でどうやって?」
もういいや。ヨシオさんに相談したって今更どうしようもない。途中で気付いて戻って来るかもしれないし、栗林の雷撃が飛び交う地上よりは空の方が安全だ。
しっかし栗林の最後の産毛達はしぶといな。あれがなくなれば、何とか近づいて倒せそうなんだが……。
そんなことを考える俺の視界に入ったのは、必死で逃げ惑う爆乳ニューハーフ。
「そうだ、まりさん、出番だぞっ!」
「ええ〜! 何でよぉ」
「人間盾なんだろ!?」
確かまりさんは自分のシンポテをそう表現していたはずだ。このまま逃げ回り続けても、栗林の毛根が尽きて散る前に、俺達の体力がもたない。しばらくガード出来るものが欲しい。
物凄く名案だと思ったのだが、肝心のまりさんは顔を引き攣らせて、首を横にブンブン振った。
「いくら皮膚と筋肉を硬化させても感電はしちゃうってば! 雷撃は管轄外よ!」
「タマ取る勇気があるなら堪えろっ!」
「ちょっ、どんな理屈よぉ! どんだけドSぅ!?」
言い争っている内にまりさんが足を縺れさせた。ここぞとばかりに栗林がそれを目掛けて攻撃する!
バチンッ!
「…………、あ、あれ?痛くなぁい」
まりさんは首を傾げながら、自分の体が何ともないか確かめた。すぐ近くで見ていた俺には何が起こったのか分からない。
「ヨッシー!」
七佳が叫んでガッツポーズをしたからヨシオさんを見ると、彼は片鼻を潰して仁王立ちしていた。
「くっそー、やりやがったなっ!」
栗林は悔しがり、また下敷きを擦る。と同時に慌ててヨシオさんはポケットから何かを取り出し、鼻に詰めた。
「太陽拳!」
「ふんっ!」
バチンッ!
「ぅあたっ!」
栗林が額を押さえて呻く。
「ハッハッハッ、社長に特製の鉄弾を貰ったのだよ。これなら雷撃を吸収しつつ、攻撃もできるっ!」
ヨシオさんは自信たっぷりに胸を張った。どうやら彼は昨日までの間に、豆鉄砲用の弾を、社長に特注で作ってもらっていたようだ。
「……汚いもん当てんな! 太陽拳!」
「ふんっ!」
バチンッ!
「ぐぁっ!……負けるかぁ、太陽拳!」
「ふんっ!」
この何ともマヌケな攻防戦の隙にビルの中へ入りたいが、栗林が入口前を陣取っているため、流れ弾の餌食になりそうだ。
というわけで栗林とヨシオさん以外は暇になってしまった。手持ち無沙汰になった俺は七佳に近寄った。
「いいよな、お前はシンポテで楽々避けれて」
「はん、僻みなや」
「ところで、社長はいつの間にあの鉄弾を造ったんだ? 特注の割には早いな」
「ああ、社員に胃の中で錬金出来る奴がおんねん」
そうか、と言いかけてふと気付いた。とてつもなく気持ち悪いことに。
「あのさ、胃の中で錬金した鉄弾はどこから……?」
「そんなん決まってるやん。食べたものがどこから出て来るか考えてみぃ」
「……ってことは、ヨシオさんは今、社員のアレから出て来たものを鼻に?」
「ザッツライト! 因みにあまりにもエグイ話やから、ヨッシーはこのことは知らんねん。あんたも言ーたらあかんで。世の中には、知らん方がええこともある」
……ちゃんと洗ってあるんだろうな。ヨシオさん可哀相に。後で消毒液と綿棒を買ってあげよう。
「ぬぁぁああっ!? 栗毛ぇぇ! しっかりしせぇっ!!」
突然、栗林の絶叫が響いた。どうやら産毛達が逝ったようだ。
「ふんっ、ふんっ、ふんぬっ!」
「うがっ! ブフッ、……ぬぉお!」
好機とばかりにヨシオさんが連続攻撃を仕掛け、とうとう栗林は倒れ込んだ。
「やった、すげぇぞヨシオさん!」
俺は手を叩いて走り寄る。栗林と同時に力尽きて倒れ込んだまま顔を上げた彼は……両鼻から血をダラダラ流していた。
そうだ、鼻の粘膜は人並みだった……! しかもふんふんやり過ぎて酸欠になったのか、雹子みてぇに顔色が悪い。
「お……俺の屍を越えて行けぇ!」
「ありがとうヨシオさん! 尊い犠牲は無駄にはしない! みかんが降りて来たら頼みます。先を急ぐぞ、皆っ!」
「どぅおっ、うげぇっ、あがっ、むぐぅ……」
俺、七佳、まりさん、雹子の順にヨシオさんを跨いで飛び越し、ノビてる栗林をきっちり一踏みずつしてからビルの中に入って行った。




