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天邪気+道徳=自己満足

 「駒鳥こまどりの話、全部知ってるの? 凄いね」

才田は少し驚いたように言った。今回は大音量の音楽は聞いていなかったようだ。

「お婆ちゃんがイギリス人やからぁ、昔よく聞いててん」

みかんはシレッと言ったが、嘘っぽい。奴はクォーターの顔ではない。ヨーロッパの血なんぞ一滴も入ってなさそうだ。

「へ、へぇ……、向こうじゃ子供が最初に触れる推理小説と言われてるくらいだからね」

才田も「嘘つけっ!」と顔が物語っているが、さすがに馬鹿な側近相手に慣れているからか、一応信じたように返事をした。

 完全に信じ切って乗り出したのは泉堂だった。

「そうやったんか! 君ぃ、おっちゃんとお話しようなぁ」

「ええ〜、カブレてるだけの奴は嫌やぁ」

「カ、カブレ……うぅ、まぁ実際そうなんやがな……」

ただの馬鹿餓鬼と思っていたが、中々の毒舌らしい。しょぼくれる泉堂を見るのは楽しいが、マルチリンガルの才田に「英語で会話しよう」とか言われたらどうするんだろうか。

 「君は英語が喋れるの?」

考えてるそばから早速来たぞ。まさか独り体操選手権とかラピュタごっこするようなみかんが、本当にペラペラなんてこと……

「全然」

「え? お祖母ばあさんがイギリス人なんでしょ?」

「うん、近所に親日家で日本語ペラペラなイギリス人のお婆ちゃんがおってん。だから英語は知らん」

成る程、それなら本当っぽい。いや、本当なのかもしれないが。

「あ……ああ、お婆さんね。じゃあ仕方ないか」

「グらぁンマやなかったか。残念」

「泉堂君、Grandmaだよ」

才田も何気に面倒臭ぇな。

 それから俺がまた栗林にからまれている間、雹子とみかんは泉堂からイングリッシュ・ティーを振る舞われた。あからさまに俺にだけ入れないつもりだ。

「俺、コーヒー派だからいらね」

こちらもあからさまに言ってやる。

 すると才田が「僕もコーヒー派だよ」と言って、コーヒーメーカーを出して入れてくれた。食えない奴だと思っていたが、意外に気のく良い奴的なところもあるようだ。敵だってぇのに、全くもってやりにくいぞ。ちゃんと栗林の分も入れてやっている。ウザがってる割に面倒見も良いのか。

 ふと雹子の視線を感じる。そういえばコイツはカフェオレに目が無かったな。

「すまん、才田。牛乳ないか?」

「フレッシュ足りなかった?」

「いや、さっきからカフェオレ好きの視線を感じて、落ち着いて飲めねぇんだ……」

 結局俺のコーヒーは、雹子に飲まれてしまったのだった。







 今日のところは目立った収穫はなかった。それもそのはずだ、と同室のヨシオさんを見て気付く。

 才田がどこまで俺を信用してるのかは分からないが、七佳の派閥の彼と同じ部屋で寝泊まりしているのだ。不用意に秘密を話して、俺がポロリと喋っちまう可能性だってある。探るなら様子を見るだけでなく、具体的に動かなければ、何も得られず終わってしまうだろう。

 みかんは一端家に帰らせた。寮に泊まりたそうにしていたが、修学旅行気分なのが見え見えだった。

 才田の裏情報が何も得られてない以上、いつ何が起こるか分からない。男の俺は寝る時までみかんを見張ることなんかできねぇし、雹子だけにに任せるのも不安だ。

 みかんには、明日の朝出直して来いと言って、日が暮れない内に追い出した。

 布団をかぶり、どう具体的に動くか考えた。考えて考えて、考え抜いた時、あることに思い当たった。

 才田どころか、側近2人も肝心なところで隙がないことに。馬鹿に見せて……いや実際馬鹿なのだが、そこに気を取られるあまり、奴らが才田の情報も漏らさなければ、自分達がどんなシンポテなのかさえ明かしていないことに気付かなかった。シンポテについては社員歴の長い七佳が知っているかもしれないが、潜入したというのに突っ込むのに忙しくて、そんなことも聞き出せていないとは、物凄く情けないと思った。

「……何やってんだろ、俺」

ため息混じりに呟くと、ヨシオさんが起き上がる気配がした。

「潜入のことかな?」

「ええまぁ、そうですね。明後日には東京に帰るっていうのに、尻尾の毛すら掴めてねぇ……」

「潜入捜査というのは焦ってはいけない。また来ればいいじゃないか」

「また七佳達と連れ立って、ですか? 派閥変わったってのに、怪し過ぎでしょう。俺のシンポテだけじゃ、万が一の時役に立つ自信もねぇし、単独でこっちに来ても……それこそ七佳が言ったように、ミイラ取りがミイラだ。帰ったらもうGPS見ながら仲間が待機してる、なんて安心な潜入の機会は作れませんよ。それに……」

 みかんのことが気掛かりだ。やっぱり未成年はやめておくべきだった。俺達が帰ったら、あいつを見張っていられなくなる。

「みかんは夏休みが終わるまでの短期アルバイトってことになってますけど、もし才田が重力のシンポテを気に入って、本格的に取り込もうと考えたとしたら、新学期が始まろうが関係なくなる。才田が本当に行方不明者の件に関わっているなら、帰るまでにかたを付けなきゃいけねぇんだ……!」

 俺はいつからこんなに責任を感じる性格になったのだろう。独りでいた時は、長いものに巻かれ、成さないで何事も成らない方を好む、常に逃げの思考だった。

 自己犠牲なんぞ糞喰らえ、正義何それ美味いのか、と思っていたのに、今は自分から潜入を買って出た上に、他人の餓鬼の心配までしている。

 「駄目なんですよ、今まで自分のためにしか動いたことなかったから、仲間に協力したり、餓鬼を気にかけたりしようにも、どう動けば一番良いのか分からねぇ……」

俺は気付いたら爪をんでいた。小さい頃親に「みっともないからやめろ」と言われ続け、もうとっくに治ったはずだったのに。

 「巧君は、背負い込むのは初めてかい?」

「背負い込む……?」

少しの沈黙の後、ヨシオさんがぽつりと聞いてきたことの意味が理解出来ず、聞き返した。

「仲間が出来るというのはそういうことなのだよ。他人の人生に関わるのだからな」

そう言ってヨシオさんは煙草たばこに火を付けた。

 薄暗い中、彼は何かを思い出すようにぼんやりと宙を見詰めた。この人がたまに煙草を吸う時は、決まってシリアスな雰囲気になるのだ。43年も生きているから、きっと天然なりに何かを背負っては失って来たのかもしれない。

 「俺に他人の人生を背負い込む程の正義感があるとは思えませんけど」

「ハハッ、正義感か。そんな大袈裟なものじゃない。誰にでも多少は道徳観念と言う名の自己満足があるのさ。世話になったから借りを返す、仲が良いから心配する、家族だから守る。全て道徳の皮を被った自己満足だ。借りを返したい、心配したい、守りたいという欲求を満たしたに過ぎない。だが別に悪いことじゃあないんだよ」

「……相変わらず例えが長過ぎてよく分かりません」

「うぅん、そうだなぁ……仲間と人生を背負い合うことを、他人のために動くとか、正義感とか、そんな風にとらえる必要はないんだ。守れば自分が満足出来る、くらいが天邪気あまのじゃくな君には丁度良い。相手が一番満足する方法など、本人しか分からない。そんなことは考えても仕方ないから、やりたいように動くんだ。簡単だろう? 君はどう動けば満足できる?」

 ヨシオさんは口から器用に輪っかの煙をポッと出し、俺を見た。

「……餓鬼が行方不明になるくらいなら、自分が標的になった方が気が楽です」

「そのためには?」

「俺がもっと才田に擦り寄る……?」

「分かった。じゃあ俺は援護するよ」

何だ、本当に簡単だった。ひょっとして、才田の信用を得るための囮なんか探さず、始めからこうしてれば良かったのだろうか。張り切ってるみかんには悪いが、明日は来るなとメールしておこう。

 「今日は確率出さないんですか?」

「100%の時は言わないのだよ。実は過去に守ろうとして"余計なお世話だ"と拒否されたことが何度かあるんだ。それでも自己満足のために守るのさ」

拒否されたのに守るとは、完全な自己満足だな。ヨシオさんらしいが。

 気分がすっきりし、目を閉じると、途端に睡魔が襲ってきた。

 それから翌朝雹子がとぼしい血相けっそうを変えてドアを叩きに来るまで、夢も見ずに眠った。


ヨシオの語りを理解するには、最初と最後だけ読めば十分なのです

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