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売れないベテランホスト

 今朝になってクーラーが壊れた。昨日までは何ともなかったというのにこんちきしょー。電気製品というものはいきなり壊れるから困る。

 「こんちはー!」

威勢の良いこの声は客じゃない。修理に来た電気屋の兄ちゃんだ。

「どーもすみません、日曜なのに」

「いえいえ、クーラーが動かなくなったんですよね?」

「そうなんです。あそこなんですけど」

そう言って電気屋の兄ちゃんを案内する。

 部屋の中はだるような暑さだ。扇風機じゃ都会の夏は乗り切れない。クーラーは任せて、俺は窓際に避難した。

 兄ちゃんは首にかけたタオルで汗を拭き拭き、蓋を開けてしばらく中を調べていたが、やがて「う~ん……」と唸りながら俺のところまでやって来た。そんなに酷い壊れ方なのだろうか。

「あのですね、これってかなり古い機種なんですよ。修理しようにも部品が製造されてないんです」

「マジですか……じゃあ……」

「買い替えしかないです。基盤や配管が寿命を超えちゃってますからねえ。例え倉庫に部品が残ってたとしても、修理したら買うより高くつきますよ」

ここはクーラー付きで借りてるから、買い替えとなれば勿論ビルのオーナーが金を出すのだが……。新しいのが使えるのはラッキーでも、付け替えるまで何日このサウナ部屋で耐えなきゃいけないのだろう。

 結局オーナーに相談しなきゃいけないから、兄ちゃんには出張点検料の2000円だけ払って帰ってもらった。

 【クーラーが壊れました。団扇うちわ持参でご来店ください】

とりあえず、今日の予約客にメールを入れておいた。







 あぢぃ……。死にそうなくらいあぢぃ。卓上ミニ扇風機を顔面に向かって全力稼動させているが、焼け石に水だ。霧を噴射するタイプを選べば良かった、と激しく後悔する。ああ、人間は何故恒温動物なのだろう。変温動物になりたい。体温を自在に調節できるシンポテが欲しい……

 こんな日の不幸な客は、売れないベテランホストのヨシオさんだ。ここに引っ越してきてからの常連客である。常連なのに彼がいつまで経っても売れないのは、俺の香水が一過性のもので、水商売で使っても、所詮きっかけ作りにしかならないからだ。きっかけを上手くその後に繋げることができれば良いのだが、生憎あいにくヨシオさんにそんなスキルはない。

 趣味の悪いギラギラしたねずみ色(シルバーとは言ってやらん)のスーツを来て現れた彼は、相当暑かったのだろう、入って来て早々に上着を脱いだ。スーツの下は白か黒のカッターシャツでも着ればまだ見れたものを、よりによって今日のチョイスは、オヤジの肌着を思わせる、ペラペラの白いランニングシャツだった。

 「クーラーが壊れたと連絡があったが、機械というものは女性と同じで気難しいものだな。ハッハッハッハ!」

メールの忠告に素直に従い、ヨシオさんは持参した団扇をパタパタあおいで言った。

 バブル景気崩壊で就職後すぐに首を切られ、そのままホストとなった彼は、インナーだけでなく口調もオヤジ臭い。今年で43歳になるのだからそれも仕方がないだろう。

 「いや、古過ぎてもう部品がないらしいです。買い替えをすすめられましたよ」

「そうかそうか。では気難しいのではなく大往生だいおうじょうだったか」

またくだらない例え話を……。このオッサンはいちいち言うことが欝陶うっとうしいのだ。ホストとして致命的である。

 「……それで、お作りするのはいつものやつで良いんですか?」

さっさと仕事を終えて隣の漫画喫茶に避難したいから、話をぶち切り確認を取った。

「いや、今回は少しばかり変更するとしよう」

「はあ、どんな風に?」

やる気のない態度で一応聞くと、ヨシオさんはダッと立ち上がり、右手に団扇、左手にこぶしを握り絞めた。

「よくぞ聞いてくれたなたくみ君! ホスト歴20年、リサーチにリサーチを重ね、やっと……やっと……、俺の魅力を理解できる年齢層を発見したのだ!」

リサーチを重ねって、ただ節操なく声かけまくっただけじゃねーか。

「それじゃあ、対象を変えるんですね?」

「そういうことだ。若い子は大人の魅力を分かっとらん。俺を理解するには、相応の人生経験が必要なのだ」

顔面に力を入れて語っているが、右手の団扇をパタパタさせているから台なしだ。

「次は熟女狙いですか?」

自分と同い年くらいの主婦に、へそくりでも使わせるつもりなのだろうか。

 と、ここでヨシオさんは疲れたのか、扇ぐ手はそのまま、椅子に座り直した。あんなに興奮していたから俺より暑いだろう。卓上扇風機は貸さないが。

 「いいや、この間初めてキャッチに成功したのは70代だった」

熟女通り越して枯女かよっ!年金狙いとは鬼かヨシオっ!

「……いやー流石さすがにそれはちょっとマズいんじゃないですか?お婆ちゃんからお金引っ張るなんて」

「安心しろ。引っ張るほど飲ませられん。店でぽっくりかれたらかなわんからな。金額ではないのだ。ハートなのだよ、ハート」

ヨシオさんは得意満面で、立てた親指を自分の胸に向かってトンッと突き立てた。

 うわぁ、コイツにかれると全身に鳥肌が……

 「富恵とみえちゃんは聞き上手でな、俺の話を聞いては優しい笑顔で包んでくれる……癒し系女子なのだ」

「ホストが客に癒してもらってどうするんですか」

「まあそう言うな。富恵ちゃんは高血圧を気にしてほうじ茶しか飲まんから、はっきり言って金額はすずめの涙だ。そのかわり今度、老人会の友達を4、5人連れて来てくれるらしい。名付けて、"ちりも積もれば山となる"作戦だ!」

「……山ほどの金額にはならないとは思いますけどね」

年寄りに夜遊び覚えさせるなんて、風の前のちりになりゃしないか、そっちの方が心配だ。

 どうでも良いが、さっきからヨシオさんが扇ぐ団扇の風に乗って、ほのかな加齢臭が俺のところに飛んできている。これは早々にクーラーを買い直してもらわないといけないな。

「山になるかもしれんぞ?最近のご老人は複数の老人会を掛け持っているらしい。富恵ちゃんが連れて来た4、5人が更にそれぞれ別の老人会から友達を連れてきて、その更に友達を……というように、俺は長期戦で考えている。」

「ネズミ講じゃないですか……」

その前に店内がばばあだらけになって、他のホストや若い客からクレームが来るだろう。

「急激に客が増えればそうなるかもな。だが長期戦と言っただろう?ご老人を相手にするには、演歌でも覚えながらのんびり構えていないといけない。この作戦が上手くいく確率は47%くらいだと計算している。それを58%に上げるために、巧君の香水が必要なのだ」

一体どんな計算で出した数字だ。

「要は半々弱の確率を、半々ちょいまで上げたいんですね?」

「相変わらず身も蓋もないなあ、ハハハッ。よろしく頼むよ」

 お婆ちゃんに恋愛感情を持たせるのは酷だから、ヨシオさんといて楽しい気分になる程度にすることで話はまとまり、俺は別室へ移った。

 容器に精製水を入れ、彼がいつも選ぶネロリのアロマオイルを少々。指を差し込みふんっ……と力を込めて思い浮かべるのは、中高年に人気の漫談家。勿論顔だけヨシオさんにしておく。対象を年寄りに限定するために、手を叩いて喜ぶお婆ちゃん達のギャラリーも付け足しておいた。これで富恵ちゃんとやらは、何となく面白い人と喋っている気分になるだろう。

 出来上がった香水を渡し、ここを富恵ちゃんにも紹介してやろうかと言うヨシオさんの申し出を、半ば脅迫気味に断って追い出し、漫画喫茶へ涼みに出かけた。

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