夏休みの自由課題
才田が俺を引き入れた目的は七佳と同じく、シンポテを持つ者を引き寄せる体質を利用して、より多くの仲間を作ることらしい。ゴキブリホイホイ的な扱いは派閥が違っても変わらないようだ。まぁ地味なシンポテだからこんなものだろう。七佳のようにパワーが出せるわけじゃなし、雹子のように派手に相手をびびらせるわけじゃなし、ヨシオさんのように遠距離から攻撃できるわけでもなし、まりさんのように体張って仲間を守れるわけでもない。
特に身を守る術がないのに、至近距離まで敵に寄らないと何も出来ないのが俺だ。日常のちょっとした小細工や、栗林のように油断した相手に使うには便利なのだが、これで本当に才田が何かとんでもない悪事を働いていて、シンポテレンジャーと直接対決! なんてことになったら、恐らく俺はお荷物だ。
別に不満なわけじゃない。レッドみてぇな主役を張りたいなんて微塵も思っていない。ただ、地味過ぎてお荷物になるのは、俺の中の無駄に高いプライドと欠片ほどの正義感がチクリと突っつかれる。
「巧さぁん、デート中に考え事はダメですよぉ」
「……デートじゃねぇ」
俺は雹子の言葉で我に返り、即座に否定した。
同族を引き付けるのが仕事の俺は、才田から特に細かな指示を受けたわけじゃない。測定機を持って街を観光し、もし機械が反応する者に会ったら才田に連絡するだけ。内部事情を知るに足る信用を得るには、まず1人くらいは新人を増やしてやらないと話にならない。
俺と雹子は早々に才田の部屋を出て、街へ繰り出した。富利異盟損の新たなトレードマーク、色眼鏡を付けて。勿論俺は顔には付けない。Gパンに引っ掛けただけだ。雹子は正直にかけようとしたから、「首から上に付けたら連れて歩かねぇぞ!」と脅して、趣味の悪いふりふりレースのポシェットに引っ掛けさせた。
外はまだ残暑で蒸し暑い。加えて雹子がデート、デートと浮かれながら擦り寄って来るものだから、余計に暑い。
そんな感じで、少々荒っぽいが活気のある街を散策していると、上からふと一瞬だけ影が射した。ポケットの測定機がわずかに鳴るが、すぐに止まった。不審に思って見上げるも、ビルのてっぺんが並んでいるだけで何も変わったところはない。
「……雹子、お前何も見てないか?」
「ん? 上ですかぁ? 特に何もぉ……あっ!」
キィ−−ン……
「あれだ! 何だ、人か?」
雹子が見上げた時、また測定機が少し鳴り、同時にビルの屋上から隣のビルへ、人影のようなものが飛び移った。しかも勢いを付けて飛んだんじゃない。フワリ……と浮くように軽やかな飛び方だった。人影のようだが人間業とは思えない。シンポテだ。
「クソッ、追い掛けてぇが、こうも土地勘がないとやり難いな」
上をもたもた見ていると人通りの多い歩道の邪魔になり、雹子は俺とは反対方向に流されて行く。
「ひょぉぉぉっ! た、巧さぁん!」
「何やってんだ。とりあえず避難するぞ」
俺は伸ばされた雹子の手を掴み、人気のない路地裏まで引っ張った。
「こ、こんな狭いビルの間に連れ込まれるなんて……興奮しちゃいますぅ」
「しねーよ。変な思考回路を今すぐ遮断しろ」
Tシャツの袖で額の汗を拭っていると、またもや測定機が鳴り出した。
慌てて見回すと、同じ路地裏の離れた所に、人が着地しようとしていた。そいつはゆっくりふわふわと降りて来て、途中膝を抱え込み、月面宙返りのようにクルクルと2度回り、最後にスタッと地面に足を付けると、両手を伸ばしてポーズを決めた。
「10点10点10点、10てぇん! やりました、藤間選手! 満点優勝ですっ!」
「……独りで体操選手権やって楽しいか?」
「なっ!? だ、誰や!?」
スローモーションのような動きで決めた月面宙返りを満点と自己評価して遊んでいたのは、まだ餓鬼の女だった。小さめのピッタリしたTシャツに、ジーンズ生地のホットパンツ、ボーダーのニーソックスという、いかにも小学校で流行ってそうな格好だ。
「今の、見たん?」
肩まであるキューティクル満載の子供っぽい髪を揺らし、餓鬼は引き攣った顔で尋ねた。
「ああ、しっかり見たな。俺達はお前みてぇな人間離れした奴を探してたんだが……餓鬼はさすがにやめといた方がいいか」
「そぉですね、下手したら未成年者略取ですよぉ」
「邪魔したな、餓鬼んちょ。誰にも言わねぇから安心しろ。じゃーな」
「えっ? えっ?」
意味が分からないといった風の餓鬼を置いて、俺と雹子は生ゴミ臭い路地裏を出ようとした。
「ち、ちょぉ待ちぃ!」
「ひょぉっ!?」
「どわっ! あっ……ぶねぇな」
餓鬼が後ろから急に雹子のブラウスを引っ張ったから、バランスを崩した雹子が前にいた俺のTシャツを掴み、危うく3人まとめて転がりそうになった。
「アハハッ、新喜劇みたいやな」
事の発端である餓鬼は、ケラケラ笑い出した。
鼻でも摘んでやろうかと思ったが、こんな展開は七佳で慣れている。ムカついてることをアピールしたところで、こういう奴はそれを全く理解しないだろう。
「……それで、何なんだよ」
「あんたらさぁ、さっきの見て驚かんの?」
「言っただろ、俺達は人間離れしてる奴を探してるって。お前みてぇなのが集まった会社に新入社員を引っ張らなきゃならないんだ。だがどう見ても小学生だからやめておく」
「は?小学生ちゃうわ。高1やで」
俺の予想は否定されたが、身長が低いせいか、小6と言ってもおかしくない見た目だ。
「それよりその会社ってどんなん? おもろそうやな。学生アルバイトとかないのん?」
「何でそんな食いつくんだよ……」
警戒心が全くない様子に、相手をよく確認してから声をかけりゃぁ良かったと後悔した。
若干後退った俺の腕を掴んだ餓鬼は、目を輝かせながら語り出した。
「夏休みの自由課題でな、自分の特技を生かした経験をしろっちゅうのが出てんけど、どうしても見つからんねん。アルバイトとかボランティアに応募した時、さっきの技見せたら、"うわっ!"とか言ーて追い返されてしもたんよ。でも夏休みも後ちょっとで終わりやから、急がなあかんねん」
「見せるなら別の特技にしろよ……。それに俺達の会社は学校の課題に使われたら困る。自称秘密結社っていうこの上なく怪しい所だからな。高校生なんぞ雇ったら、教育委員会とPTAから苦情が来る」
「大丈夫やって。NPO系の所ってことにして感想文書くから。」
非営利団体かよ。同族の保護に利益はないが、1階の引越し屋と2階の私立探偵は普通に営利団体だぞ。まぁ、何でもNPOって言っておけば、怪しい団体も慈善団体と思ってもらえるという傾向はあるが……。よくそんなこと知ってるな、餓鬼の癖に。
「それでも駄目だ。未成年を雇うのは、かなり気を使わなきゃならないんだ」
「ええ~っ!そんなこと言わんと、お願いやってぇ。な、そっちのお姉ちゃんも、ええやろ?夏休みが終るまでの、超短期でええねん」
餓鬼は俺が良い顔をしないと、今度は雹子に乗り換えた。餓鬼よりは背のある雹子だが、ガリガリだから、ゆっさゆっさと揺さぶられている。
「た、巧さぁん、ちゃんと事情を説明した方が良いですよぉ」
「いや、でもな。会社の内部事情をそこいらの餓鬼に喋るのは……」
「全部話した上で、それでも彼女がやりたいって言うなら、自己責任ってことで良いじゃないですかぁ」
案外シビアな考え方なんだな。15、6の未成年に、何かあっても自己責任、なんてのは世間的には通用しねぇんだがな。
「あのですねぇ、うちの会社は派閥が2つあるんですけど、大きい方に良くない噂があるんですぅ。で、私ワタクシ達は小さい方の派閥から寝返ったフリをして、潜入調査をしてるんですよぉ。今探してる人材は、はっきり言えば囮役なんですね。とっても危険なんですぅ。未成年が何か事故や事件に巻き込まれた時、責任取れないから巧さんは断ってるんですよぉ」
「潜入!? めっちゃ楽しそう!」
雹子の説明を受けた餓鬼は、怖がるどころか逆に乗り気になった。
「おい、俺達の言いたいことはそこじゃねぇ。お前が怪我しようが神隠しに遭おうが、下手して死のうが、こっちは一切責任取らないって言ってんだ」
「うんうん、"当局は一切関知しないのでそのつもりで"やろ?」
「それはスパイ大作戦ですぅ。ワタクシ達は007をやってるんですよぉ。巧さんがジェームズ・ボンドで、ワタクシがボンド・ガールですぅ」
「雹子! そんな言い方したら、餓鬼は更に乗ってくるだろ!」
慌てて止めるも遅かった。餓鬼は胸の前で両手を組み、ワクワクドキドキという感情が見て取れる。
「自己責任でやるー!」
「待て、未成年がそんなことほざいても、実際そういうわけには…」
「今親の許可取るわ」
そう言って携帯を出した餓鬼は、電話をかけ始めた。見た目通りというか、ストラップがわんさか付いた、重たそうな携帯だ。
「…………、あ、お母さん? 課題のネタになりそうなとこ見つけてんやん。……うん、そうやねん。NPOやでNPO。ちょっと慈善行為で自分磨きしてくるわ。……うん、……うん、泊まるかもなぁ。でも夏休み終わるまでには帰るし。じゃあね、はいは~い」
餓鬼は手短な話で電話を切り、親指を立ててニカッと笑った。
「……か、軽いな……」
「当たり前やん。重々しい言い方で許可なんか出す親がどこにおんねん」
「いや、どこのNPOかも、住所も連絡先も担当者も聞かずに許可出すってぇのもどうかと……」
「もぉ、ぶちぶち説教臭いお兄ちゃんやな。禿げるで」
ああ、これで調査がかなり面倒なものになった。せめて高校を卒業してる奴ならマシだったのに。餓鬼の言う自己責任は当てにしちゃいけない。いきなり行方不明にならないよう、注意して見ていなければならないだろう。犯罪者にはなりたくないからな。
どうも俺は、馬鹿か変わり者の同族しか引き寄せないらしい。




