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スパイごっこ

 その日の夕食、七佳はどこと無く元気がなかった。あからさまではないが、本当にどこと無く。どちらかというと、気配に敏感な雹子の方が、あからさまに俺と七佳を見比べている。

 元気が無くなったのが、俺を迎えに行ってからだったから、ヨシオさんとまりさんまで俺に何か聞きたげな視線を寄越して来た。

 仕方ねぇ。話をしに行くか……。

 夕食後、七佳を会社のビルの屋上へ連れ出した。日はとっくに暮れ、街が色とりどりのネオンに包まれている。大阪の夜景は、東京とはまた雰囲気の違うものだと思った。

 「……何ふて腐れてんだよ」

理由は薄々分かっているが、一応聞いておく。おそらく、さっき俺が才田と出て来たのを見てしまったからなのだろう。七佳は普段、あまり神経質ではないが、才田が絡んでくると途端に疑心暗鬼になる。今まで散々仲間があいつの方に付いたから、色々思うところがあるのかもしれない。

 「別に……」

「嘘つけ。皆気にしてたぞ。不満があるなら、ちゃんと言え」

柵にもたれ、チカチカ点滅する電球達を見詰めて俺の方を向かない七佳の後頭部をつついた。

 「……漫画喫茶で、才田に誘われた」

「え?」

女の機嫌を取るのは苦手だ。話を強引に進めるために、自分から切り出した。

「気になるんだろ? あいつと何喋ったのか」

「聞いてええのん?」

「面倒臭せぇが、お前がシケたつらしてると、もっと面倒臭ぇからな」

俺は鼻で笑って七佳の隣に行き、柵にもたれた。

「お前が皆に配って歩いた色眼鏡…」

「カラーグラスや」

「……カラーグラスをだな、才田もかけて来てたから、お前の妙なセンスについて話したんだよ。そうしたら気に入られちまって、"来ないか?"って言われた」

その時、七佳が一瞬息を飲む気配を感じた。やっぱりこのことを気にしていたようだ。

 「……才田は人を魅了すんのが上手い。あたしには、真似できひん」

チラリと横目で見ると、七佳は柵をギリギリと握り絞めていた。悔しそうだ。分かりやすい奴。

「魅了? 丸め込むのが上手いだけだろ。敵を褒めてどうするんだよ」

「……あ、そっか」

ここでようやく目が合った。

 「それで、誘われたあんたはどうすんの?」

「潜入してみようかと思ってる」

「は?」

「行方不明者と才田の関係性を調べたいんだろ? 潜入したら調べられる」

俺は今日思い付いたことを提案してみた。元々やるなら全て話してからにするつもりだった。敵をあざむくにはまず味方から、なんつぅ自己犠牲的な誤解を招いて平気な性格じゃない。

「……でも、ミイラ捕りがミイラになってしもうたら……」

「じゃ、やめとこうか?」

「え、そんなあっさり!?」

七佳は俺を二度見した。乗り気じゃねぇからやめようかって言ったのに、何びっくりしてんだか。

「向こうじゃまりさんがレッドでリーダーだがな、ここではお前の派閥なんだから、お前が決めろ」

「あたしが……?」

「お前が俺を信用できないなら、不安になるようなことはやらない。信用するなら、多少の危険はおかしてやる。どっちにするんだ?」

試すような言い方をしたら、七佳は腕組みをして10秒ほどうなった。

 「分かった。ほなしばらくシンポテレンジャーは休業。今から007ごっこや」

「……あ、案外早く決めたんだな。一晩考えるとか言うかと思ったぞ。ってか007"ごっこ"なんだな……」

「自動的にボンドガールは雹子やな。あたしが才田に付くフリなんて不自然過ぎやし、まりさんは目立ち過ぎるもん。ほなよろしく頼むで」

七佳は俺の"ごっこ"に対する突っ込みを綺麗に無視し、皆に知らせて来る、と言いながら、来た時とは打って変わった軽い足取りで階段に向かった。

 び付いたドアを開けた七佳は、一端俺を振り返った。

「巧、話してくれてありがとう」

「小っずかしいこと言うな馬鹿」

「んふふふ」

俺は気色の悪い笑い声を出した七佳の頬を、摘んで引っ張ってやった。







 翌日、才田に連絡を取った俺は、奴の部屋に呼ばれた。派閥の中にもピンキリでランクのようなものがあるらしく、才田から是非にと誘われた俺は、比較的上の方の位置に入れてくれるらしい。部屋に呼ばれたのは、奴の側近とも言える2人を紹介するためだという。

 「いきなり幹部と接触出来るなんて、さすが巧さんですね」

社員寮の廊下を歩きながら雹子は言った。

 これから敵地……とは言い過ぎだが、才田の部屋に行くというのに、雹子は妙に浮かれていた。七佳から007ごっこのヒロインに抜擢ばってきされたのが嬉しかったようだ。ボンドガールには、てっきり爆乳のまりさんが選ばれると思っていたらしい。俺的には金髪に真っ赤なライダースーツの軽脳ニューハーフを連れ歩くよりは、ヤンデレ女の方が幾分マシだと思うが、言うと面倒だからやめておく。

 「ワタクシ、ちょっとでもボンドガール風になれるよう、ブラの中にティッシュ詰めて来たんですぅ。どうですかぁ?」

「言ったら意味ねーだろ。その前に、不自然な形になってるぞ。セクシー路線なんて似合わねぇことはやめておけ」

「まあぁぁ! 巧さんは貧乳がお好みだったんですねぇ!」

「……何でそうなるんだよ」

怨霊の癖に、発想の転換が有り得ないくらいポジティブだ。人知の領域を超えている。

 「今取るんじゃねぇ! ほら、もう着いたぞ」

ボケているのかわざとなのか、胸元に堂々と手を入れてティッシュを取り出そうとする雹子を止めた。

 俺達は【さいだ☆ひろ】と書かれたプレートの付いたドアの前に立った。動物と意志疎通ができるのを表したいのか知らないが、プレートの周りにはベタベタと動物を形取った木製の飾りが、所狭ところせましと張り付けられている。

 コンコンコン……

 ドアをノックすると、足音が聞こえた。

「あーぶく立った〜煮え立った〜♪煮えたかどうだか食べてみよう♪ムシャムシャムシャ、まだ煮えない♪」

「……何だ?」

突如として歌声が聞こえたが、才田の声ではない。

「あーぶく立った〜煮え立った〜♪煮えたかどうだか食べてみよう♪ムシャムシャムシャ」

「おいっ!」

「もう煮えた♪」

俺の呼びかけを無視し、歌は続く。

「戸棚に入れて、鍵をかけて、ガチャガチャガチャ」

「ナメてんのか、コラッ!」

「お布団敷いて、電気を消して、寝ぇましょ♪」

「才田! どうなってんだよ!?」

「……」

「おい!」

「……」

歌はみ、今度は何も言わない。

「巧さぁん、まだドアの向こう側にいますよ。何か待ってるみたい……」

「何だよ、それ」

雹子が向こうの気配を探ったが、それが分かったからと言って、どうしたら部屋に入れるのかは分からない。

 コンコンコンッ!

 次はさっきより強めにノックした。

「何の音?」

意外にも返事が来たから、少したじろいだ。

「……才田に呼ばれて来たんだ」

「あー良かった」

「はあ?」

「……」

不可解なやり取りの後、相手はまた黙る。

 うわ、苛々してきた。才田の部屋にいるということは、奴の仲間だ。あいつ、こんなのとを苛々せずに話をしたっていうのか。ある意味ちょっと尊敬するぞ。

 ダンダンダンッ!!

俺は切れそうになって、こぶしで思い切りドアを殴りつけた。

「何の音?」

「お前に用はねぇ! 才田出せって!」

「あー良かった」

「いい加減にしろよ……」

「……」

「……馬鹿らしい。帰るぞ、雹子」

呆れてきびすを返そうとすると、雹子は俺のTシャツを引っ張って止めた。

「あの、これって小さい子がやる遊びなんじゃないですか? かごめかごめみたいな。ワタクシがやってみます」

 コンコンコン

「何の音?」

雹子がノックすると、またさっきと同じセリフが返ってきた。

「……ぉぉおお化ぁぁけぇぇのぉぉおぉとぉぉおおお!!」

「ぎょええぇぇぇえええっ!!」

ドアに向かって雹子の気配が爆発すると、向こうから悲痛な叫び声が聞こえた。

 …………ガチャ……

声が途切れた後、数秒してから鍵の開く音がした。

 「……よ、ようこそ、才田ワールドへ……ぐげっ!」

ドアにもたれながらヨタヨタ出てきた奴の頭を、俺は垂直に殴りつけた。殴ってから足元にうずくまる馬鹿を確認すると、相手はひょろ長い骸骨がいこつのようなオッサンだった。黒のスーツに口髭とシルクハットという英国紳士ぶった格好がまたムカつく。

 部屋の奥に目を向けると、才田がヘッドフォンを外してこちらをポカンと見ているところだった。ヘッドフォンからはかなりの音量の音楽が漏れている。このオッサンが遊んでいるのが聞こえず、雹子の気配でやっと気付いた、といったところか。

「やぁ、来てたんだね」

「……ああ、来てたさ。だいぶ前からな……」

俺の喉からは、疲れた声しか出なかった。

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