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俺の天敵

 「何でそんなに嫌がんねん」

いつまで経っても移動しない俺に、七佳はいぶかしんだ。

「嫌なものは嫌なんだ」

「……あたしのシンポテ使って、力ずくで引っ張ったろか?」

「ああ? やってみろよ。一瞬で眠らせてやる」

「その頑なさが怪しいな」

 しばらく睨みあっていたが、やがて七佳は「らちがあかんわ」と言ってため息をつき、隣室で待っている社長を呼びに行った。

「ほな今から社長とお話して」

七佳に連れて来られた社長は、俺の目の前にどっかりと座った。

「検査が嫌ってぇ理由を聞かせてくれや」

脅しか? 今度は社長使って脅しにかかったのか? だが俺は負けないぞ。落ち着け、俺。相手は竹内力の真似をしているただのオッサンだ。

「身体を他人に調べられるなんて、気分の良いものじゃない」

「別に素っ裸になれうとんのとちゃうがな。腹切って開くわけでもない。それでも嫌か?」

社長は俺の頭から爪先つまさきまで、ゆっくり観察しだした。まるで……スキャンされているような……何だか寒気がする。

「……嫌だ。遺伝子見るんだろ? 検査するってんなら、ここもCBTやTNHと同じだ。」

「遺伝子見られるんが嫌。それが理由か?」

「ああ、そうだ」

異様な目でじっと見詰められ、いたたまれなくなった俺は目をらす。が、最後に検査をして、まだ採血跡を押さえている雹子が目に入ったから、舌打ちをして視線を手元に移した。

「どうやった? 社長」

今までのやり取りを見ていたはずの七佳が、何故か社長にそう尋ねた。

志牙しが君は……何や隠しとるなぁ。嘘はついとらんが、他の何かを誤魔化しとるわ」

「……今、何しやがったんだよお前っ!」

俺は椅子を蹴倒して飛び退いた。さっきの寒気は気のせいじゃなかったのか。社長をお前呼ばわりしちまったが、んなことはこの際どうでもいい。

「何もしてへんがな。ちょいとただけや」

「巧、落ち着きぃや。社長はあんたに直接何かしたんとちゃう。社長のシンポテはな、超精密な五感で、相手の脈拍や発汗、それから呼吸の変化とかを感じ取って、思考や嘘を見抜くねん」

それを聞いて俺は更に距離を空けた。

 思考を見抜くだと? エスパーかよ。俺の頭ん中覗いたとでもいうのか?

「そないに怖がらんでええ、志牙君。わしは嘘は分かるがな、思考を見抜くうても、考えてることそのまま分かるんとちゃう。どないなこと思っとるか、だいたいの方向性を感じ取るだけや」

そんな眉間と鼻にしわ寄せたままのいかつい顔で、おいでおいでなんかするんじゃねぇ!

「コラ、巧。あんた何を隠してんねん? 社長のシンポテは正確やで」

「ところで田ノ中君、シンポテっちゅうのは何や?」

「後で話します。今はこの阿呆んだらをシメなあかん」

社長の問いを跳ね返し、七佳はジリジリと俺の隙をうかがっていた。

「お、……俺の細胞は覗かせねーぞ」

「またーたな。今更聞いても胡散臭うさんくさいだけや。……雹子! 巧に向かってシンポテ使って!」

「えええ!?」

いきなり言われた雹子はびっくりして俺と七佳を見比べた。

「こら、卑怯だぞ!」

「うるさい! 妖怪カンナの時みたいに、気配に当てられたらあんた集中できんくて、シンポテ使われへんやろ。雹子、巧のためやねん。心を鬼にしていっちょ頼むわ」

「やめろ、雹子!」

 おろおろしていた雹子だったが、やがて意を決したかのようにこぶしを握り締め、俺の方を向いた。

「巧さぁん、ごめんなさい。でも、隠し事は……いぃけぇまぁせぇぇんよぉぉおおっ!!」

「……うぐぅっ……っ!」

突如として現れた大きな空気の塊に押し潰されそうな感覚がしたと思ったら、猛烈な吐き気に見舞われた。頭がぐるぐる回って、何も考えられない。

「今や! ヨッシー、まりりん、巧を隣に運ぶん手伝って!」

雹子の気配がやんだ後、力が入らず座り込んだ俺の両脇を、ヨシオさんとまりさんが抱える。抵抗しようにもフラフラで何もできなかった。

 隣室でコードのたくさん付いたヘルメットのような物をかぶせられ、機械から何かデータのようなものが書かれた紙が出てきた。それが終わると、今度は腕をゴムでぐっと縛られ、注射器を持った七佳が登場した。

「安心しぃ。私、看護学校中退やから、注射器くらいは扱えるねん」

「……せめて……卒業、しろ……よ……」

「息も絶え絶えの癖に、憎まれ口は叩けんねんな。ほないくで」

くだらない会話をしている内に、針がどんどん俺に近付いて来る。肩はヨシオさんに、腕はまりさんに押さえられて、身動き一つとれやしねぇ。

「マジでやめろぉ……」

ああ、こめかみが冷たくなってきた。ヤバイぞ、これは。

「……あっ、血管が逃げた! 待てコラ、もっかいや。……あ、また逃げた」

「……はン……俺の、血管……ナメんなよ……」

「どんな自慢やねん」

俺の血管の逃走劇もむなしく、3度目にはとうとう針が刺さった。

 雹子の気配に当てられた時より更に強く頭が回りだし、脳天から背筋にかけて、すぅっと冷や水を垂らされたような感覚がした。

「え? 巧? どないしたんや、しっかりしぃ!」

「やだ、タクミン唇が白いわ」

「ひょぉぉぉ……」

「ソファへ運ぼう。意識が……」

皆の声が聞こえたが、何も見えない。

 俺はそこでショートした。



 






 情けねぇ……

 薄く目を開けると、

「どぅわっ!」

社長の厳つい顔があり、一気に目が覚めた。

「気分はどうや?」

「……社長のどアップがなければ良い寝覚めでした」

「志牙君は毒舌やなぁ」

ず怖ずと社長の肩を押して距離を取る。またシンポテで思考をスキャンされたらたまったもんじゃない。

 体を起こして寝ていたソファに座ると、皆と目が合った。

「じろじろ見んじゃねーよ。分かったんだろ? 俺が検査を嫌がる理由」

ふて腐れて言うと、一様に気まずそうな顔をされた。

「まぁ、ドンマイ、タクミン」

「いや、きっと俺が強く押さえ過ぎたのだ。巧君のせいじゃない」

「いいえぇ、ワタクシのシンポテが強過ぎたんですぅ」

励ましの言葉も分かりやす過ぎて空々しい。

 ポンッと肩に手を置かれて見上げると、七佳が珍しく神妙な表情をしていた。

「巧、あんた……………、どんっだけ注射が嫌いやねんっ!」

「ああっ、七佳ちゃん、そんなにハッキリと……」

「やめてくださぁい! 巧さんみたいにプライドの高い俺様S系の人は、傷つきやすいんですからぁ!」

「そーよ、タクミンはふてぶてしい癖にハートは硝子がらすなのよ」

「ヨシオ! 雹子! 俣治郎! お前らのセリフの方が傷つくわっ!!」

 あー格好わりぃ……。検査自体、モルモットみてぇで嫌なことは変わらない。だがそれプラス、俺は昔から何故か注射と血が大嫌いなのだ。注射は点滴でも駄目で、無意識に血管が逃げることもある。たいていネタだろうと信じてもらえないが、一種の危機察知能力が発動するのか、本当に逃げるのだ。血に関しては、漫画やアニメ等の絵ならセーフだが、アクション映画なんかに出て来るものだと、偽物と分かっていても指先が冷たくなってくる。俺にとって採血とは、その両方を兼ね備える最強の天敵なのだ。

 「何かトラウマでもあるん?」

「ねーよ。誰にでもあるだろ? 理由なく苦手なもの」

「ふうん、まぁええわ。検査は終わりやから、採血することはもうないで。結果は出るまで時間かかるから、今日は部屋でゆっくりしときぃ。3階と4階が社員寮やねん。」

 社長室を後にして、ゾロゾロ連れ立って廊下を歩いていると、雹子が隣にやって来た。

「何だよ」

「あのぉ、ヘタレ要素のある俺様も、ヤンデレはちゃんと受け止められますからね?」

……その話はもうやめてくれ……

 うんざりしながら切に思った。

良い子は七佳みたいに無資格で注射器を使っちゃ駄目ですよ☆


巧の注射と血嫌いについては、今後の伏線を張ったわけでは一切ありませんので期待しないように。巧が格好つけて「俺の細胞は〜」の決め台詞を言う、裏の理由なだけです。シロツメも同じく、何故かトラウマもないのに大嫌いなのです……

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