たまに敵の方がまともな時もある
七佳達を置いて先にビルへ入ったはいいが、どこで登録するのか分からず、とりあえず階段を上る。後ろから1階で覗いていた奴らの興味本意な視線をビシバシ感じるので、一度振り返って睨みを利かせ、蹴散らした。
不意に前からも視線を感じ、俺は振り返った顔を戻した。
「やあ、ようこそ。富利異盟損へ」
大阪にいるのに、標準語で話し掛けられた。声の主はさっき2階からウインクしてきたゲイ疑惑野郎、才田陽路。……なのだが……
「……おい、何してやがる……ナメてんのか?」
相手は友好的な言葉で迎えてくれたのだが、同じように返すことは出来なかった。こともあろうか、才田はマスクを付けて登場したのだ。2階から見下ろしていた時は付けていなかったから、風邪気味だとかいうことは絶対にない。俺と会うために付けたのは明らかだ。
「やだなぁ、そんな威嚇しないでよ。マスクくらいで」
「俺は病原菌か……?」
「そんなつもりじゃないよ。君、志牙巧君だろう? 匂いで人を惑わす能力の。詳しいことは分からないからさ、一応惑わされないように付けただけだよ」
才田はひょいっと肩を竦め、首を傾げた。気障ったらしいその仕種が、何故か様になる。
「ちっ……何で知ってんだよ」
「そんなのいくらだって調べられるよ。ネットが発達してるんじゃあ、プライバシーなんて、あってないようなものさ」
そういえば七佳も俺のデータを買って接触したって言ってたな。あのぶっ飛んだ女に出来て、No.1に出来ないわけはないか。
俺はとりあえず上りかけの階段を駆け上がり、才田の目の前まで近寄った。
「正確に言えば、匂いって言うより体臭だ。意識を集中させなきゃ何の効果もねぇ。マスク外せ。不愉快だ」
いきなり寄って来た俺にびっくりして、少し身を引いた才田の腕を掴んで止め、睨み付けた。
「そうカリカリしないで。田ノ中じゃあるまいし……」
才田はあっさりマスクを外した。近くで見ると、肌まで綺麗だ。俺はノーマル、俺はノーマル……
「君はちょっと有名なんだよ。異能者達を引き付けるから。研究者達がこぞって張り付くわけだよ。田ノ中もそれを狙って君に近づいたんだろう?」
「あー、何かそんなこと言ってたな……」
「羨ましいよ。僕も関東出張の申請出してたんだけどさ、社長が早い者勝ちだって言って、彼女を行かせたんだ。」
残念そうに才田は眉を潜めるが、目が笑っていて、余裕しゃくしゃくに見える。
「良いじゃねーか、お前、成績No.1だって聞いたぞ。他人の能力に頼る必要ねぇだろ」
「自分で探し出すのと、相手から寄って来るのでは効率が違うよ。僕はね、成績なんかどうでもいい。更に高みを目指したいんだ。異能者達がもっと活躍出来るように。秀でた者が隠れ暮らし、普通の者が肩をを張りのさばっている。そんなの悔しいじゃないか。そのためにはまず異能者が固まって、安心して暮らせる場所をつくらなきゃぁいけない。この辺りをそういう所にしたいんだ。それにはもっと人数が要る。良くも悪くも、数が物言う世の中だからね」
そう言って髪をふぁさっと掻き上げる仕種も決まっている。いかにも七佳が嫌いそうな奴だ。だが……
言ってることがまともなんだよ! ここしばらく怨霊にぶっ飛び馬鹿に天然に頭の軽いニューハーフという、妙な奴らばかり相手にしてたから、いきなりまともなセリフを聞くと、それだけで少し感動する。
「フンッ……随分と崇高な考えだな」
俺は内心の動揺を隠すために、鼻を鳴らした。
七佳は普段から周りにコイツと比べられて、ナメられているのだろう。そうなるのも分からんでもない。考え方のレベルからしてまず違う。
「まだあまり興味がなさそうだね。ま、急かすことはしないよ。僕の仲間になりたくなったらいつでも歓迎する。連絡先を教えておくね」
そう言って才田は、ポケットから出した小さなメモ用紙にサラサラと携帯番号を書き、ペリッと破ると、人差し指と中指で挟んで渡してきた。連絡先一つ教えるだけでもいちいち気障ったらしい。
「……そういやお前、なんで七佳みたいに関西弁じゃねぇんだ?」
メモを受け取る際に、少し気になっていたことを聞いた。
「ああ、僕の親は転勤族でね。大阪、東京、それに外国も何ヶ国か住んだことがあるんだ。だから訛るほど同じ所にいたことはない。それが高じてか知らないけど、どんな言語でも話せる能力が目覚めたってわけさ」
「動物とも?」
「フフッ、田ノ中から聞いたのかい? あいつ、お喋りだからなぁ。その通り、動物とも意志疎通ができるよ。街をうろついている野良達に、変わった磁気を出してる人間がいたら教えてってお願いしてあるんだ。僕が田ノ中より成績が上なのは、それが大きいよ。後は彼女との性格の違いも関係あるかな……」
才田は小首を傾げた。言いたいことはよく分かる。七佳は悪い奴じゃないが、癖があり過ぎるのだ。
何だか話を聞いていると、七佳が才田を一方的に嫌っていて、才田は全く相手にしていない、という風に感じられるが、コイツの派閥からは行方不明者が出ていると聞いている。社長も手を出せない程の権力を持っているのだから、まだ信用はできない。
「それじゃ、連絡が来ることを祈ってるよ」
才田はそう言って、また器用にウインクをした。
「……忠告しといてやる。七佳にゲイだと思われて、ネタにされたくなかったら、ウインクはやめておけ」
「へ? ゲイ? ……ァッハハハッ、それは困るなぁ。ただの癖なんだけど、気をつけるよ」
特に気分を悪くしたわけでもなく、彼はそのまま踵を返した。
「巧!」
才田が目の前から去ると同時に、後ろから七佳の声に呼ばれた。咄嗟に手に持ったままだったメモをポケットに仕舞い込む。別に渡されただけだし、隠す必要もないのだが、七佳に見つかると騒ぎそうで面倒だと思った。
「……遅ぇよ」
「才田に会うたんか?」
若干息を切らせながら階段を上ってきた七佳は、探るように俺を見た。
「まーな。ようこそって言われた」
「それだけ?」
「たいした話はしてねぇよ」
「怪しい……」
何だよ、そのジト目は。気に食わねぇ……。追い付いてきた他の3人が気まずそうな顔してるだろ。
「お前は浮気を疑う嫁か?」
「な……っ、ちゃうわボケッ!」
「じゃあつまんねーこと聞くな。さっさと登録を済ませようぜ。どこ行きゃぁ良いんだ?」
まだ不満げな七佳を顎で促し、俺達は最上階、5階にある社長室へ向かった。
「よぅ来てくれはりましたなぁ」
社長椅子ですっ! と言わんばかりに革張りの椅子に、悠然と座っていた社長は、ブラック不動産屋の店長より厳つい風貌だった。オールバックにパットで怒り肩になっている紫のスーツ、そして金キラ金のネクタイが、悪い意味でよく似合う。わざわざ眉間と鼻に皺を寄せているのが理解できない。
だがヨシオさんにはウケたようで、早速どこでスーツを買ったのかを社長に聞いていた。因みに今日のヨシオさんは、シンポテレンジャーのグリーンに合わせて、緑がかった銀ギラ銀のスーツの下に緑のタンクトップだ。ファッションセンスの似た者同士、気が合いそうである。
「ねー、何で社長ってばあんな派手な色のスーツ着て、顔を皺くちゃにしてるの?」
自分のファッションセンスは棚に上げ、まりさんはヒソヒソ声で七佳に尋ねた。
「ああ、社長はミナミの帝王っていうVシネの主役の、万田銀次郎が好きやねん。竹内力に憧れてるんやって。多分ヨッシーは今日、DVD全巻見させられるわ」
うんざりした顔の七佳は見させられたのだろうか。
「ワタクシ、苦手ですぅ。まるでヤ○ザみたいじゃないですかぁ……」
「うん、だって万田は闇金やもん」
「ひょぉぉおお……怖いぃぃ……」
「大丈夫やって。社長は真似してるだけで、その筋の人間ちゃうから」
またどさくさに紛れて纏わり付く雹子を押し退けながら、多分コイツが怨霊化したら、本物のヤ○ザにも怖がられるだろうな、と思った。
そして社長からそれぞれ紙を渡された。
「これは登録シートや。今分かってる限りでええから詳しく書いてくれんかぁ?」
ドスの効いた声で巻き舌気味に言われ、恐る恐る受け取った紙には、名前や住所、生年月日、身長、体重、病歴、いつシンポテに気付いたか、どんなシンポテか、現在活用しているか、等々を書く欄があった。
書き終わった奴から一人ずつ順番に、隣の別室へ呼ばれた。まりさん、ヨシオさん、雹子と、入ってしばらくすると出てきて次と入れ替わる。他の皆よりシンポテを多く使って商売にしている俺は、それを書くために時間が少しかかり、一番最後だった。
終わった奴らを見回すと、腕に小さく丸めたガーゼを当てて、押さえている。
「……隣で何されたんだ?」
「シンポテを正確に把握するため、とか言って、簡単な検査されたわ」
「頭に機械をかぶせられて、何か測っていたぞ。すぐに外されたが」
「後はぁ、遺伝子調べるからって、ちょっとだけ採血して終わりでした」
何だって? そうだ、忘れていた。会社に入ったら検査するって七佳が言ってたな。
「俺はやらないぞ……」
「え? 本当に簡単な検査でしたよぉ。痛くないですって」
「身体を調べられるのが嫌なんだ」
ごちゃごちゃゴネていると、隣の部屋から七佳が出てきた。
「ちょっと、早ようしてぇや、巧」
「検査なんかしねぇぞ。」
「痛ないってば」
「嫌だ。俺の細胞は何人たりとも覗かせねぇ」
「何や、4年前も同じこと言ーとったな。CBTみたいにモルモット扱いされんのが嫌なんやろ?うちの検査は何も害はないし、一瞬で終わるから」
それでも俺は頑なに拒否した。何が嫌なんだと聞かれても、検査されるのが嫌だとしか言えない。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……ぜっったい、嫌だぁ!!
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