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イケメン派閥

 5階建てのビルの一階にはトラック等が駐車してあり、奥に事務所のドアらしきものが見え、2階の窓には【私立探偵】の看板があった。おそらくその上の何も看板が出ていない階が、富利異盟損ふりいめいそんなのだろう。

 「他のテナントが入ってるようだが、自社ビルじゃねぇのか?」

「自社ビルやで。表向きは何でも屋やってーたやろ。1階は激安引越し業者、2階は探偵事務所。このご時世に、何でも屋って聞いて怪しまん奴なんかおらんし、一応別々のテナントのフリせんと、仕事が入って来よらんねん。保護されたもんがシンポテ使って引越しと探偵で稼いだ儲けの一部から、あたしら営業の歩合が支払われるねん。」

「……あたしら、ってことは、俺達も営業課配属なのかよ。ってか結局この前聞き損ねたが、歩合ってのは何すりゃ良いんだ?」

「シンポテ持ってるもんを探して保護、強そうな奴やったら営業課にスカウトすんねん。人数×(かける)いくらって感じや。」

なるほど。七佳のやっている営業は、利益を生まない。だから保護した奴を表向きの商売の従業員にすることで、会社が成り立っているというわけか。

 「戦隊なのにぃ……」

まりさんはまだ不服そうに口を尖らせた。

「あんなぁまりりん、敵を倒しても一切儲けにはならんから、無駄に戦ったら損やで。こっちにもCBTみたいな組織、TNHがあんねん。目ぇ付けられると厄介や」

七佳は声を潜めて言った。まりさんのニックネームはまりりんになったのだ。名づけた七佳に聞いたら、「爆乳と金髪と源氏名からマリリン・モンローを連想した」と言っていた。ニューハーフと並べて考えるなんぞ、モンローに失礼だろうが。俺は意地でも呼んでやらん。

 「CBTとかTNHとか、何かの略なのか?」

ヨシオさんが不意に尋ねた。

「CBTは知らんけど、TNHは確か、"特殊能力で一儲け(Tokusyu Nouryokude Hitomouke)"から来てるらしいで。ベタやろ? 富利異盟損の方がイケてるやろ?」

「どっちもどっちだっ……!」

「あたたたたっ!」

俺はとうとう七佳の頬を摘んでねじった。いや、摘むというよりは肉が余り過ぎて、掴むと言った方が正しい。全てがコイツの考えたものではないが、この頬に埋もれ気味の口から出てくるネーミングには、一々苛っと来るのだ。

「……あースッキリした。お前の小憎たらしい肉を、いつか捻ってやろうと思ってたんだ」

「あんたSやろ! でもあたしもどっちかって言うとSやで! 痛みをともなうスキンシップは、ドMの雹子にしぃや!」

赤くなった頬を押さえた七佳は、まん丸の涙目で睨みつけてきた。相変わらず目だ・け・は好みだ。

「スキンシップと言うな、誤解を招く。それに雹子には摘めるような余った肉なんかねぇだろ。」

「ひょぉぉぉおおっ! 巧さんはぽっちゃりが好みなんですかぁぁああっ!?」

雹子はしっかり誤解に招かれてしまった。

「こら雹子! ドサクサに紛れてくっつくんじゃねぇ! お前は肉を増やすより先に、血の巡りを増やせ!」

最近は多少興奮しても気配を抑えるすべを身に付けたようだが、青白いムンク顔で抱きつかれたら意味がない。

 「ねーヨッシー、あの痴話喧嘩に私も入ったら、タクミンにハーレムフラグ立つかしら?」

明らかにからかっている風のまりさんの言葉が聞こえ、少し焦った。雹子にこのテの冗談は通じない。

「馬鹿言ってんじゃねぇ俣治郎! シリコン割るぞ!」

「いやーん、ムキになんないでよ」

「ハハハッ、ハーレムとは何とも羨ましいことだが、やめた方がいいぞ、まりりん。君の胸は、割られるには少々惜しい」

方向性は間違っているが、とりあえずまりさんはヨシオさんが止めてくれた。

 そして当たり前なのだが失念していた。都会のビルのまん前でギャーギャー騒ぐと目立つ、ということを。

 気付けば引越し屋の事務所のドアや、2階にある探偵事務所の窓から、恐る恐る人がこちらを覗いている。七佳はこっちでは独りだと言っていた。覗いている奴らはほぼ間違いなくNo.1の派閥だろう。

「おぅおぅ、皆こっち見とるわ」

俺はヤバイと思ったのだが、七佳はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「良いのか? あいつらNo.1の味方だろ」

「あたしの派閥が出来たことを見せ付けるには好都合や。誰かが才田さいだに知らせるはず。わざわざ紹介しに行くなんて胸糞悪いことせんでも、向こうから覗きに来るやろ」

七佳の言葉通り、2階から覗いていた一人が下がり、程なくしてそこから別の男が顔を出した。

「皆よぉ覚えときぃ。あいつが営業課No.1の才田陽路さいだひろ。マルチリンガルで、外国人とだけでなく、動物とも喋れるシンポテやねん」

覚えるためによく見た男の顔は……

「……すっげぇな」

「君もそう思うか、巧君」

「あらまっ♪」

「ひょぉぉおお……」

皆も同じことを思ったらしい。

「せやろ……才田なんていかにも才能ありそうな名前の上に、営業成績も良くて、おまけに、おまけに……っ! ものっっっそい男前やろ!? もー見てるだけで腹立って腹立ってしゃあないねん!!」

地団駄じだんだを踏んだ七佳は完全にやっかみでしかない。

 サラサラの茶髪に卵形のなだらかな骨格。すっと通った鼻筋、クールな流し目、ニヒルに上がった口角こうかくが憎らしげだというのに、それが逆にき付けるような従いたくなるような……。とにかく、男の俺でもそう思うのだから、まりさんはうっとり、雹子にいたってはムンク顔で固まったまま才田陽路を見詰めている。

 対する七佳は……俺達の反応を見て、これまでにない程頬をパンパンに膨らませていた。

「そんな餓鬼みてぇなつらしてっから、皆あいつの派閥に入るんじゃねーのか?」

「……生まれてからずっとこの顔や。今更変えられへんし」

「造形のことじゃねぇ……」

俺はそう言って、限界まで膨らんだ頬を、両手でバチッと挟んで潰した。

「派閥を作るってのはな、ナメられたらしまいなんだ。ねた顔を敵に見せんじゃねぇ」

「……分かった」

七佳が頷いたのを確認してから、俺は未だうっとり眺めるまりさんの背中を小突き、固まった雹子の顎をガッシリ掴んで正気に戻した。俯いた七佳の方は、ヨシオさんが肩を叩いて励ましているようだから大丈夫だろう。

 もう一度2階の窓を見上げると、才田と目が合った。彼は彫刻のように整った表情を崩すことなく、器用にウインクすると、窓から離れて行った。

「……お、男にウインクされちまった……」

いくら綺麗な顔してても、これには寒気がした。

「あらぁ、そっちの趣味の坊やだったのね」

「た、巧さぁん! ついに禁断の園へ足を……!」

「何やと!? それはええネタやな! 巧、あんた才田を誘惑しぃや。あいつが骨抜きになったら、あたしがNo.1や!」

早くも復活した七佳も便乗してはやし立てる。

「お前らな……言っておくが、俺はノーマルだぞ。それにあいつもそういう意味でウインクしたんじゃねーだろ」

「だがもしそういう意味だった場合、骨抜き作戦は良いかもしれんぞ? まだ若いのだから、怖がらずに新しい扉を開いてみるべきだ。意外な自分を発見することで、人生は豊かになる」

「……ヨシオさん、だいぶ年上だから我慢してましたけど、いい加減にしないとそろそろ殴りますよ?」

こぶしを握り締めるも、天然オヤジのヨシオさんには通じず、彼は頭に疑問符を貼り付けて首をかしげるだけだ。

 まともな人間がいねぇ……。早く入社しちまって、一刻も早く常識的な奴を仲間に引き入れなければ!

 決意を胸に、俺は骨抜き作戦で盛り上がる奴らを置いて、さっさとビルの中に入って行った。

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