妖怪管理人
本気か冗談か、七佳の思い付きで組むことになった、人権戦隊・シンポテレンジャー。目下の任務はレッド探しである。
が、その前にブラック不動産屋から、新しい住処の候補が見付かったとの連絡が入った。
「どんなとこなんやろ。ワクワクするわぁ」
「……おい七佳、俺の住処だぞ。ルームメイトの雹子はまだしも、何でお前がついて来るんだよ」
「何言ーてんねん。あんた戦隊もん見たことないんか?皆一緒に住むのが基本やろ。敵が現れた時、悠長に電話して待ち合わせてるところなんか見たことあるか?」
「マジかよ……」
俺達は今、ブラック不動産屋の店長を先頭に、ぞろぞろと連れ立って歩いている。店長に「激安だが四畳半の部屋と、まあまあ安くて2DKだが日く付きのアパート、どっちが良いか?」と聞かれ、無理矢理不動産屋までついてきた七佳が、日く付き2DKを選んだのだ。そこへ向かっている途中なのである。成り行きでヨシオさんもしっかり一緒に来ている。
ヤンデレメイド、いい年したロリメイド、オッサンホストを連れていると思われたくないのか、ブラック店長は俺達から5mほど距離を開けて、足早に歩いていたが、やがて一軒のアパートの前で振り返った。
「着いたぞ。」
昭和に建てられた感丸出しのアパートの入口には、"鳥槻荘"と書かれていた。
「……あの、店長。あれはそのまま読めば良いんですかね……」
「捻らず素直に読め。オーナー兼管理人の名前だ」
声に出す気にならず、代わりに俺はため息をついた。
「なになに……鳥槻荘やて?取り憑かれそうな名前やな。う〜わキッショー!」
せっかく探してくれたブラック店長の前で、七佳はでっかくはっきり言いやがった。全くもってデリカシーのない女だ。メイドの風上にも置けやしねぇ。
「日く付きとはこの雰囲気のことなのか。実際出る確率は28%といったところだな」
「いや、100%出る」
ヨシオさんの過程不明な数字を、ブラック店長はバッサリ否定した。
「……巧さぁん、何か禍々しい気配を感じますぅ……」
「お前、そういう気配が分かるのか?」
俺の背中に隠れ、恐る恐るアパートの方を窺う雹子。端から見れば、俺が彼女に取り憑かれているように思うかもしれない。
「ワタクシ、自分の気配を調節できる分、他の気配にも敏感なんですよぉ。特に……こぉのぉ世ぉにいてはいけなぁい者達のおぉぉおっ……あがっ!」
「こんな外で興奮すんじゃねぇ。CBTに感づかれたら引っ越す意味がなくなるだろーが」
雹子の顎を掴んで止め、俺達はまずオーナー兼管理人の鳥槻さんに会うべく、管理人室まで行くことになった。
「こ……ここから禍々しい気配が吹き出ていますぅ……」
雹子が反応したのは、俺達がまさに入ろうとしていた管理人室だった。
「日く付きなのは部屋じゃないんですか?」
ブラック店長に尋ねると、彼は首を横に振った。
「いや、管理人が日く付きなんだ」
「え゛……もしかして、名前の通り、取り憑かれてるとか……?」
「会えば分かる」
皆まで説明せずにドアをノックしたブラック店長の顔は、若干強張っていた。
「あらぁン、だぁれぇ?」
ドアが開き、気色のすこぶる悪い声が聞こえた瞬間、目に入ったのは、やたらとゴツゴツしたガタイの良い……オカマだった。
「ひょぉぉっ、禍々しい気配はこの人から感じますぅぅ」
「むむむ、このような面妖な生物は始めて見たぞ……」
雹子とヨシオさんが小声で言った意見には、俺も激しく同意する。
プロレスラーが女装したとしか思えない出で立ち、野太い声に分厚い化粧、そして昭和のアイドルのような髪型。幽霊以上におぞましい。
「……俺には彼……いや彼女の周りに薄っすら紫の靄が見えるような気がするんだが……錯覚か?」
「いーえ、ワタクシにも見えますぅ。妖怪の類でしょうか……」
「じゃあお前のトモダチだろ」
「酷いですぅ。ヤンデレは妖怪じゃありません」
雹子はここぞとばかりに俺の腰にしがみつく。さっきまで元気だった七佳にいたっては、硬直したまま動かない。
「やっだぁ、久しぶりじゃなぁい! 最近ちっとも入居者紹介してくれないんだからぁ」
妖怪オカマは、割れた青い顎に拳を当てつつこちらに突進して来た。咄嗟ブラック店長が、ショックで動けない俺達の前に踊り出る! そして妖怪の腹に向かって、豪快なミドルキックを食らわせた! ……だが妖怪は吹っ飛ぶどころかケロッとしている。逆にブラック店長の方が後ろに多々良を踏んだ。
キイィィィ―――ン……
「七佳、今の音…」
「シィッ!」
「いやでもシンポ…」
「それ以上言わんといて」
こいつ、なかったことにするつもりだな……。同族を保護するとか言っても、人は選ぶのかよ。まぁこんな妖怪みてぇなのと関わりたくない気持ちは分かるが。
「……入居者を紹介しに来てやったが、逃げても知らんぞ」
「あらホント。やっほー、ここの管理人の鳥槻よぉ♪」
軽いノリの喋り方は、どこかで聞いたことがあるような気がするが、とりあえずそれは置いておこう。
「……ええと、2DKの部屋を見せて欲し……いん、です、け……ど……」
俺が代表して妖怪もとい管理人の鳥槻さんに話しかけると、何故か上から下までジロジロ見られた。
「あのぅ……」
「可愛いじゃなぁいっ!」
「は?」
「あなた私の好みだわ。ねー、安くするからここに住みなさいよ」
野太い声でずいずい迫られると全身に鳥肌が立ち、気付いたら節くれだった男前な手で、肩をガッシリ掴まれていた。
「ワタクシの巧さんに……なぁにぃするんですかぁぁああっ!」
横から雹子が乗り出した。髪が少し揺らめいている。気配が急激に膨れ上がり、七佳の測定機もキンキン鳴りだした。
「うわ怖っ! こらあかんわ。ヨッシー下がろう」
「うむ……妖怪に立ち向かえるのは怨霊しかいない」
七佳とヨシオさんはそう言ってちゃっかり避難。鳥槻さんに肩を掴まれた俺は動けず、怨霊化した雹子の気配をモロに浴びて偏頭痛がした。
「……わぁお、何この子。ゾクゾクしちゃう」
雹子の方を向いた鳥槻さんはやっと俺の手を離した。いつの間にか雹子の背中で黒いものがズゴゴゴゴ……と唸っている……ような気がする。対する鳥槻さんからも紫の靄が出て、お互い牽制し合っている……ような気がする。もうどうでもいい。吐き気がしてきた。
「ちょっと! 廊下が禍々しくって通れないんだけどっ!」
不意に誰かの声が聞こえた。
「あ、まりさぁん」
「あら、お帰り〜」
同時に雹子と鳥槻さんの憑き物合戦が止み、俺はヘナヘナとその場に座り込んだ。
「大丈夫ですかぁ?巧さん」
「……誰のせいだと思ってんだ。大人しくしてりゃあ、シンポテで妖怪を眠らせるなり何なりできたってのに」
「だってぇ、巧さんの貞操の危機だと思ったんですぅ」
口を尖らせる雹子の頭をを軽く叩き、横を見上げた。そこには真っ赤なライダースーツを着込んだ爆乳ニューハーフの姿があった。金髪とのコントラストがえげつない。
「……はぁ、助かりました。まりさん」
「何だ、タクミンだったの。やっほー」
「タクミン言うな、俣治郎……」
この軽い言い回しはさっき聞いたような気が……だが今は頭が上手く回らない。
「今日はまた大勢で行動してるのねぇ。めっずらしい」
まりさんは初対面の七佳とヨシオさんを見回した。
「……この面子で、戦隊ごっこをやることになったんですよ」
「ブフッ、何その楽しそうな遊び。タクミンそんなキャラじゃなかったでしょ」
「……のはずなんですけどね、色々あって、これから共同生活をする部屋を見に来たんです。」
「えーっ! 本格的じゃなぁい!大人のごっこ遊びはやっぱ徹底的にやらなきゃね。ここに引っ越すの?」
キャピキャピ言うたびに爆乳が揺れる。シリコンだと分かっていても、目のやり場に困るからやめて欲しい。
「ネーチャン、ネーチャン。遊びちゃうねん、ほんまやねん。」
富利異盟損の社員としてプライドでもあるのか、七佳が"遊び"部分に反応した。
「うんうん、本気にならなきゃ面白くないものね」
「いや本気の遊びやなくて……はぁ、もうええわ。ネーチャンはここの住人なん?」
「そーよ。ここは兄貴の経営するアパートなの。」
「ええっ!?」
驚いたことに、妖怪とまりさんは兄弟だった。そういえば頭の軽そうなオネエ口調が似ている。
「兄貴じゃなくてお姉様って呼びなさいよ」
「嫌よ。女になり切れてないくせに」
「仕方ないでしょ。アンタはママ似だから良いけど、私はパパ似なんだから、そう簡単にはいかないの」
「努力が足りないだけよ。下を工事して、ホルモン注射打てば、それなりになれるわ」
「サイボーグみたいで気持ち悪い」
「今のアンタに言われたくないわっ!この妖怪ぬりかべっ!」
オカマとニューハーフは兄弟喧嘩を始めた。内容はいたってどうでも良い。だがぬりかべという例えは的を得ているかもしれない。さっきブラック店長の蹴りをまともに受けても、鳥槻さんはびくともしなかったからな。七佳の測定機によると、何らかのシンポテのようだが。
俺、CBTの評価通り、本当に同族を引き付けているのだろうか……
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