第二章A(第2話)
「期限は今日から一週間以内、次の満月が出るまでだ。今すぐにアルヴェリオの森へ向かってもらいたい」
今すぐに出発すれば日暮れまでには着くだろう、イクレシオンは静かにそう言い添えるとズシリと重い皮の袋を投げてよこした。中身は簡単に想像がついた。
「なに、難しいことではあるまい。ことに君のような者にとってはな」
「……その割には羽振りがいいようですが?」
「私は投資を惜しまない性格なだけだ」
今一度王の薄紫の瞳を見る。始終落ち着かなげに空を行きかっていたその視線は、今も尚定まる様子を見せず、にやりと歪められた薄い唇からは微かな嗤い声が漏れた。
「失敗は許さない。これは我が国だけの問題ではない」
我が敬愛なる北座の御方のためにもこの計画は成功しなければならない。イクレシオンのその呟くような声が部屋に響く。
「我が国を救ってくれ……殺し屋よ」
僕は目礼だけを返し、静寂が満たす虚しい部屋を後にした。
大陸中が戦争の渦に巻き込まれたのは僕が生まれる前からのこと、かれこれ二十年以上続いている。
そんな戦乱の中で闇に名前を連ねるのは決まって僕らのような殺し屋と呼ばれる類の人間だった。秘密裏に要人を謀殺する、それが僕のいや、長い歴史の中で受け継がれてきた我が家の生業だ。そう、これは半ば運命付けられたようなものであり、そしてこの運命に抗うことなど無駄なことなのだと、遠の昔に悟っていた。
今では何とも思わない。それが自らの運命であると、この手は血に濡れる運命であると受け入れてしまえばもう何も感じることは無い。
たとえ、唯一従うべき主君を失い大陸中を彷徨う身となった今でもその宿命からは逃れられない。
下城し、見仰いだ空はやはり高く美しく。あまりの眩しさに、金貨の入った皮の袋の重さに、僕は眉を潜めた。明日にでも厳しい冬を迎えるというのに、今日の空は稀に見る雲ひとつ無い秋晴れで、しかし通り過ぎる風は身を切るように冷たかった。
祖国は北の果てにあり、その地の冬は極寒であると同時に美しかった。暖かな部屋から見た雪景色はただただ幻想的で、当時の僕はまさか自分が窓の外の国の外の世界、大陸中を彷徨ことになるとは思っていなかったはずだ。何も知らず、何も知ろうとしていなかったあの頃を振り返れば自然と自嘲が漏れた。
王城からまっすぐに伸びるこの道の両脇には立派な屋敷が立ち並び、格式高く不思議と感じられる厳格な空気は、嫌でも昔の記憶を蘇らせる。祖国を捨てたあの日から、常に共に行動してきた愛馬の手綱はそれとなしに汗ばんでいた。
その時だった。
頭上で窓の開く微かな音と、そして小さな声が降ってきた。
「すみません、そのペンダントを拾ってくださいますか」
見上げたその先には金の髪を持つ色の白い青年がいた。逆光のため良くその顔は見ることが出来ないが、この屋敷に住んでいるのならよほど高位の役人の子息なのだろう。
少し前を見れば輝くペンダントが落ちている。拾い上げてみれば、裏面に複雑な紋章とそして、T.S.S.と恐らくイニシャルであるだろう文字が刻まれている。見ればそれはロケットだろうと予測がついたが、よもや開けるわけにもいかない。
手に取り青年を見上げたその時、不意に背後から声がした。