第二章A
第二章A
血染めのこの手を愛おしく想うことなどなく
黒光りするこの銃を恐れることもなく
ただ僕が笑みを零すのは暗黒の道の先
空は抜けるように高く青く澄み、そこには雲ひとつなかった。
通された部屋の窓から見えるその光景は、血生臭い地上とは隔絶した世界の如く穢れなき姿を呈し、そのあまりの美しさに思わず溜め息がこぼれる。僕と対峙し座すこの城の主は、その動作を見咎めるように片方の眉をほんの僅かに上げると、次には皮肉めいた笑みをその丹精な顔にのせていた。
「疲れているのかね」
「そういうわけではございません、陛下」
ならばよいが、とセレーク王国国王イクレシオンは薄紫色の瞳を細め冷ややかに笑った。
華やかな王城の中でも奥まったところにあるこの応接間は、それでも室内には上等の調度品が並びそこにひっそりとした静寂が寄り添っていた。国王直々の謁見にも関わらず室内に一人も従者がいないことは、これから僕に対して話される、依頼される内容が他言無用のことであることを如実に言い表していた。
この国、セレーク王国の国王であるイクレシオンは年の頃は四十といったところであり、眩い金髪と薄い紫の瞳をもつ男。武勇に優れ、自らの力量によってセレークを大陸中央部での強国にまで築き上げたこの王は、しかし国民の敬愛の念を向けられてはいない。影では民から狂王と呼ばれているという事実は国に入ってまだそう日の経っていないこの僕にも容易に知れるほどだった。だがしかし、そのことは僕にとって然程重要なことではない。
第一この僕に依頼をしてくる時点でこの国の王が、権力者が狂気にあることは明らかなのだから。
「……そろそろお話を伺っても?」
僕がそう切り出せば、イクレシオンは卓上に広げられた大陸中央部を拡大した地図の上に指を滑らせた。
「我がセレークの北隣に位置する……」
飾り文字でセレークと示された場所からほんの僅か北を指は指し示した。
「アルヴェリオの森に隠れる、わが国に反旗を翻すレジスタンス勢力の本拠地を守る結界の破壊、およびレジスタンスの頭目の殺害を依頼する」
セレークの隣に接する森林地帯は、この国の天然の要塞であると同時に反抗勢力を匿う砦とも化している、ということか。何とも皮肉な話である。
「我が国は近々ラスウェル帝国との戦争を考えている」
次に彼の指が指し示したのはセレークの北東に位置するラスウェルという飾り字。
「対ラスウェル戦のことを考え、不穏分子を滅すると?」
「そのようなものだ」
地図から顔を上げイクレシオンを見れば、その薄紫の瞳は歪み薄い笑みを形取っていた。地図上に記された様々な国の名前。その数はざっと見ても二十はあるだろう。
他の小国家とは隔絶する軍事力を持った東西南北それぞれの局地に存在する四つの大国の支配の及ばない中央部は、局地以上に激戦が続いている。大陸を統一するという野望を捨てきれない、という国家はよほどの愚かな元首を戴いているのでなければ存在せず、大陸中央部での激戦の理由は、主に各小国の背後に控える四大国の代理戦争とでもいうようなものであるのが現状である。
つまり大陸は四つの、正確には五つの勢力に分かれて血で血を洗うような悲惨な戦争を続けているのが真実。そしてこのセレークという名の小国も、置かれている状況は同じなのだ。今この大陸にこの勢力から外れることなど、例外など一つもない。