第二章A(第9話)
「……先日の戦闘で亡くなった方がいましたね」
そして、しばらくの沈黙を破ったのは、溜息混じりのエミリアの声だった。
「その方の家なら、今は空いています」
これ以上のものは用意できません、と彼女は力なさげに言葉をくゆらすと、アイリの意向を窺うかのよう口を閉ざした。しばらくアイリは考えをめぐらすかのように視線を所在なさげに宙に漂わせたが、不意に僕の顔を見据えるとにこりと綺麗に微笑んで見せた。
「ということです、セト。いいでしょうか?」
「もちろんです。お気づかいに感謝しますよ」
エミリアと呼ばれた女性に軽く頭を下げてみれば、彼女はあいまいな表情を浮かべただけで、もう何も言葉をはさむ気はないのか、足早にこの場を去って行った。去りゆく後ろ姿はたちまち濃い闇に紛れこむ。
その光景を見て、改めてここが深い森の底にあることを認識した。
そんな世界にきらりきらりと光りを放つ金の髪。たったそれだけのことなのに、なぜだか僕には彼女が特別な存在なのではないのかと思われてならなかった。
「……本当は私の家に招待したかったんですけれど。彼女の言うことには従うことにしているので」
ついてきてください、と踵を返した彼女の背中を追う。そのついでに周囲に目を走らせてみたが、あたりはすっかり闇に溶け込んでしまっていて人の姿はおろか、建物の外観さえ確認することはできなかった。彼女の背中をただ追うように歩いたが、それはすぐに終わりを告げて、一軒の家の前で彼女の歩みは静かに止まる。
「自由に使ってください。また明日、呼びに来ます」
扉が開くことを確認した彼女は、それではと言い残すと小走りに闇に消えた。あまりに鮮やかなその姿が視界から消えたことで、一瞬すべてが色あせたように思えたが、でもそれはあくまで一瞬のことで、戸惑いの間が去った後には変わらない空虚な空間がただここには横たわっていた。
「明日、呼びに来る……か」
任務遂行まで後六日。天上に浮かぶ欠けた月は、今や雲に覆われている。