第二章A(第8話)
結果として、レジスタンス勢力の造る集落に至るにはそう時間はかからなかった。見渡す限り同じような木々の生い茂る道をいったいどのように抜けてきたのかは到底僕の頭では理解できなかった。気づけばここだと示され、眼前にぽつりぽつりと淡い灯が広がった。
集落とはいえ、家屋の作りはしっかりしたものだった。深い森の中に突然現れた赤レンガの家々は、どこかアンバランスでそこだけ切り取られた空間のような錯覚を起こさせた。
「さて、無事に案内できてなによりです。今日のところはどうしましょうか?」
アイリはにこりと微笑むと、僕に答えを促す。夜はもう更けている。今日のところはどこかに泊まり、明日の朝より行動を開始するのがいいのだろう。
「今日のところはもう宿を取ろうと思います。……ここに宿屋はありますか?」
なんとなく答えはわかっていたが、一応聞いた。
「残念ながら無いんですよ」
この集落に集まるのは大抵見知った人たちだから家を建てずに一緒に住むことが多い、と彼女は朗らかに答えた。確かにわざわざ外部者が一小国のレジスタンスに加わるなどということは滅多にないことなのだろう。ならば僕はいったいどうすればいいのだろうか。まさかここまで来て野宿をするなんて選択肢が出るとは思ってもみなかった。
「だから……」
「お嬢様!!何処にいってらしたのです?!」
彼女が形の良い唇をめくるのと、背後から窘めるような厳しい色を含んだ声が飛んできたのは、ほぼ同時のことだった。アイリは、はっとしたように一瞬その空色の目を見開くと、間髪いれずに大きく一つ溜息をついた。
溜息は、夜になって急激に寒さを増した夜の空気にほの白く溶け、そしてふわりと消える。
「もう、お嬢様!!聞いておられますか?」
声の主は、年若い女性。僕らとそう年は変わらないように見えた。亜麻色の髪は一つにまとめられ、大きな緑色をした瞳は、翡翠を思わせる。
黒いローブを着ているためか、うまく背格好を図ることはできないが、おそらくアイリよりは高く、そして僕よりは低い、ということは容易に想像がついた。彼女は、ひどく怒ったような表情をして僕たちに近づいてきたが、アイリの姿だけでなく僕の姿を認めたことで浮かべた困惑の表情は、近づくにつれて怪訝な表情そのものにとってかわっていた。
それもそのはずだろう。
自らの「お嬢様」が見ず知らずの男を連れて帰ってきたのだ。不審に思わないほうがおかしいというもの。
「お嬢様……こちらの方は一体」
彼女の表情が硬くなる。闇になれた僕の藍の瞳が捉えた彼女の行動は、ローブに手を潜ませた、ということ。そしてこれはすなわち拳銃を手にしていると考えたところで間違いなどないのだろう。殊勝な心がけだ、と胸中で感嘆の言葉を投げかける。
そう、このような集落、レジスタンス勢力にとって一番に求められるものはなんといっても警戒心、懐疑心。
この勢力に公然と力添えするような勢力は今のところ何一つないのだ。たとえ同胞ともいえる「無魔力者」も、今はまだ味方ではない。
「彼はセト・カーライル。私たちの仲間よ、エミリア」
アイリは、何一つ悪びれていないかのように弾んだ声で答えた。にこりと綺麗に微笑んで、彼女は反論など許さない、とでも言うように小首をかしげて見せる。そんなアイリの自信にあふれた行動はいつものことなのか、エミリアと呼ばれた女性は、主君の前でするには無遠慮な溜息を盛大に漏らした。もっともそれをアイリは気に留めるような真似はしなかった。
そんな彼女たちを横目に見て、僕はなぜだかどこか懐かしい気がしたが、そんなはずはないと、一度頭上に輝く欠けた月を見上げ視線を逃した。
「彼、泊る場所がないのよ。ねぇ、エミリア私のい……」
「なりません」
アイリの穏やかでいて軽やかな声を、エミリアは氷の刃を思わせる鋭い語気で制した。月を見仰いでいた僕は、その言葉の強さに一瞬顔をしかめ、エミリアを盗み見た。しかし、彼女の顔は想像していたそれとは違い、穏やかでいて知的な、興奮した表情とは無縁のもの。
「それだけはなりません、お嬢様」
だったら、彼に野宿をさせる気?とアイリは苦笑の交じった言葉を宙に飛ばす。季節は晩秋。この時期に野宿をする、というのはいくらなんでも避けたいところ。そして、新参者ということで、ただでさえ動きづらくなっている今、さらに野宿という条件が加われば、それは最大の足かせになりかねない。僕の任務はあくまでこのレジスタンス勢力の掃討。なれあいをしたいわけではないのだ。
闇に潜み、機を窺う。これが今回の任務に求められるもの。それ以外は必要ない。