第二章A(第7話)
ついて来るようにと一言言うと、彼女はもう僕のほうを振り返ることはしなかった。馬を引き、ただ彼女の背を見つめる。どうせ周りを見渡したところで、道など覚えられるはずなどない。今回の任務に利益となることもないだろう。
第一もはや周りは闇に包まれ自分の足元さえ底深く澱んでいた。
「セレーク出身、には見えないけど何処の国?」
暫くの沈黙の後振り返ることはせず、彼女は僕に話しかけた。
「セレークよりも更に北です。旅をしていて、それで」
そこまで言葉を紡ぐと彼女はいい、と僕の言葉を遮断した。
「何がです?」
「何故参加を希望するか、理由は言わなくていいわ」
「何故?」
「それが私達の決まりだから」
即答でいて簡潔な答え。歩く速度は全く変わらず、周りを囲い込む木々ですら違いは見つけられない。
頭上にはいつも何かの星座が浮かぶが、そのうちのいくつの名を僕は知っているのだろうか。
答えというのはかくも難しい。難しいが故に簡素になる。
「何を考えているのですか」
その声は真後ろからだった。
何が起こった?
金の髪の少女の姿は目の前にはなく、しかし背中から伝わる空気の震える音が人が後ろにたっていることに対する答えだった。そして遅れて気がつく。なぜ手首を掴まれている。
「何の話です」
「だから、今何をしようとしていたのです」
つかまれた手首。手首から下の掌が掴んでいるのは闇より光沢を持つ固い物。
「いきなり銃を取り出して何をする気です」
銃を取り出していた?その事実に自ら驚きを隠せない。何故その様な行動をとったのか、今僕は彼女に道案内をさせているのだ。ここで死なれて困るのは僕自身、それなのに何故このような行動を無意識でとっている。
「いや、これは……」
獣が見えたから、とでも弁明すべきなのか、いやこの暗闇で見えることなど不可能だ。ならばなんと答えようか。絡まる思考を落ち着かせる、しかしまた僕が言葉を発する前に彼女が笑う。
「そんなに私のことが信用ならないのですか?」
「そうですね。私も長いこと旅をしています。特にこの御時世で旅をするには自らの警戒心だけが頼りになることも少なくないので。非礼をお許しを」
そう何とか思考を纏め上げれば、目の前の彼女は一瞬真剣なまなざしを投げかけてくる。しかしそれは本当に一瞬のことで次に見た彼女の顔は笑顔だった。
そして再び僕らは歩きだす。流れる金の髪、晴れた日の空の色の瞳。今になって気づく。僕は、今回の任務を忘れるほど本能的に彼女に銃口を向けていたのだ。
頭の中では尚も警鐘がなり続けている、これは危険な奴だと。信用してはならない奴であると。しかし、今の僕がレジスタンス勢力の牙城に近づくにはこの女を信用するほか無いのだ。それ以外に方法など無い。前方で背筋を正して歩む彼女の背を今一度強く睨みつけ、気づかれない位に小さい溜め息を一つ吐き出し、僕は彼女に従った。