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第二章A(第6話)

 道を案内しているなど、この愚かな奴は露にも思っていないのだろう。その無知さを思えば苛立ちと哀れみがこみ上げ口の端を持ち上げた。


 だから、その人物が取った行動に反応できなかったのだ。


「こんばんは。何か御用ですか?」


 飛んできたよく通る声、向けられた整った顔。金の髪に縁取られたその顔にはにこりと友好的な微笑が乗せられていたが、それは安心するにはまだ早い。夏の晴れた日の青空をそのまま切り取ったような美しい青の瞳は射抜くようにこちらを見据えていた。


 何が起こった。


 思考は混乱する。触れていたはずの銃はするりと手から抜け落ち、思わず引きすぎた手綱を嫌った馬は立ち上がる。


そんな苛立つ馬を抑えることよりも僕は何故か彼女を凝視することだけを選んでいた。物音に気づかれたのはいつだったのだろう、無意識に僕は笑っていたのだろうか。いや、それはないだろう。そんなことはしない。では何故なんだ。分からない、わからない。何故これほどまで動揺するのかも分かりはしない。


「この辺りは迷いやすいですから、もしかして道に迷われたのかと思いまして。何かお役に立てることなど無いでしょうか」


 彼女の声に敵意は見えない、いや完璧に隠し切っているといった方が良いのだろうか。笑みを形作る空色の瞳はあまりに鮮やかで全てを見透かすように真摯であるのも事実だった。警戒していないわけではないようだ。しかし特別に警戒している様子も無い。言葉を選び取るのに時間がかかった。次の僕の一言は何よりも重い一言になるだろうと予感していた。


「えぇ、それが……」


「もしかして貴方!」


 思案に思案を重ねて遂に絞り出した言葉は、同時に発せられた彼女の言葉に無情にも遮られ、加えて彼女は自らの言葉を譲るような真似はしなかった。僕の言葉など聞こえなかったかのように桜色の唇を優雅にめくるとさらににこりと微笑した。


「志願者さん、かしら?」


 志願者、その意味することはこの場で発せられたのならただ一つ。


「はい、是非私も加えていただきたく」


 セレーク王国に反旗を翻すレジスタンス勢力のことを間違いなくさしている。目の前で微笑む少女がレジスタンスの一員とは考えられないが、身内の誰かが関与している可能性なら無い方が不自然に思えた。彼女の発言は全く、願っても無いことだ。そしてどうしようもなく愚かだと虚しくなる。


「そうですか」


 しかし次の瞬間僕は自分に突きつけられる銃口に無様にも目を見開き差し向ける者、目の前の彼女を凝視した。すばやく手を銃へと伸ばすが、そのときには彼女の手は下に向いていた。


そして耳に入るのは、くすくすと笑う天使とも悪魔とも判別のつかない静かな笑い声。


「もしも私が王国軍の人間だったら死んでますわね」


「でしょうね」


 知らず知らずのうちに苦笑が漏れていた。確かに、その可能性も残っていたわけだ。しかし僕はあえてその点には目をつぶっていたのだ、いや明らかにその線はないと否定していた。


 彼女のまとう空気に「人を殺した」という色は無い。これは直感的に解るものであって、確固たる証拠があるわけではない。だからこれは単なる僕の勘だった。そしてそれがすべてだった。


「私が何を誘っているのか、わかりますね」


「セレーク王国に対するレジスタンス勢力への参加、でしょう」


 依頼日当日、僕の目の前に不敵に微笑む天使が現れた。澄んだ空色の瞳と金の長い髪を持つ、彼女。


「私はアイリ。アイリ・クローゼ」


 アイリ・クローゼ。余計な名を省いた、自らの名だけを簡素に表すその名前。頭上で輝く月も星も全く眩しくなどないのに、僕は目を細めて月を背負い立つ彼女を見ていた。白い手は握手を求めてこちらに差し出され、もう片方の手は何も持っていなかった。


「セト・カーライル」


 名だけを述べて握手に応じる。ほんの僅かに握り離し、僕は再度彼女を見つめた。


 不思議な人だ。


 何が、とは明確には分からないがこれは勘だった。


 僕の勘が外れることはほぼない。




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