第二章A(第5話)
セレーク王国から離れ馬を走らせ数時間、未だに僕は目的の地へたどり着けずにいた。アルヴェリオの森を含む森林地帯には数時間も前についている、しかし肝心の中心部にいけずにいるのだ。
それもそのはずである、森林地帯の中でも奥に有るアルヴェリオと呼ばれる森はかつて幻の森と呼ばれたほど、そこまでたどり着くことこそが難しいのだ。
レジスタンスの殲滅など王国軍を派遣すれば赤子の手を捻るほどに簡単に出来る、しかし本拠地に潜入することは容易には出来ないのが現状だった。長く軍を派遣すれば、それだけ指揮は下がり王国の防衛も薄くなる、そうなってしまえば肝心なラスウェル帝国に戦争を望んだときには負けは決定している。つまりこの任務はとんだ貧乏くじを引いたことになる。その様なことを考えればため息が止まることは無いのも当然だった。
すでに明るい日差しはその姿を潜め、今では夕焼けすら消え去った。頭上に瞬く星屑とまだ満月には遠い月は秋の終わりを告げようとするかのように、霞のかかったように淡く輝き祝福など到底得られるようなものではなかった。
夜風は寒々とし、外套の前を合わせ手綱を握る手に今一度力を込めた。先ほどから何度も同じところを通っている、と木に記した傷が示していたがその間違えは一度などというものではないようで、最早落胆を通り越してこの感情は怒りと呆れと現わすのが妥当だろう。
不機嫌そうに鼻を鳴らす愛馬の頭を少し掻いてやるも、もうそれも効果は無いらしく機嫌は直らない。
「……ったく、こればかりはどうしようもない」
そう低く唸った時、目の端を何かが走り抜けた。
急ぎその方向へ目を遣れば人の後姿が遠ざかっていくのが確認できる。闇に包まれようとしている時間だが、これしきの闇ならば僕の目は十二分に機能していたし、何よりも走り去るその人物は眩いばかりの金の髪をなびかせていた。
この森林地帯に人などもとより住んではいない。それは自動的に今の人物をレジスタンスの一員とみなすことに繋がる。
「金の髪のレジスタンスの一員、か」
ついていけばいいのだろう、あれほどに目立つ容姿なら見失うわけも無い。何しろそいつは馬にさえ乗っていないのだ。
手綱を引き馬首をめぐらす。拍車を入れて後を追う。決して抜かぬように歩調を調節し、近すぎず遠すぎず背中を追う。森の落ち葉のおかげか蹄音は響かず柔らかな絨毯の上を歩くかの如く微かな音しか残らない。
もし万が一聞こえたとしても、獣の立てる音だと思い込むかもしれない、つまり安全は限りなく確保されているのだ。
長い間寒空の下変わらぬ風景の中に目を凝らしていたその疲れからか、このときばかりは楽天的な自分がいることに驚く。常の僕ならその様なことは、楽天的なことなど考えるはずが無い。背後に視線を向かわせ、殺気が無いかを目を閉じて観察し、片手は必ず銃に触れさせ安心するしかない。安息など寝るひと時にもありはせず常に何か暗くよどんだものが付着して離れない幻影を見る。
だから相手を撃ったとき、目標を完殺した時ようやく束の間の安息が訪れる。
それだけが僕の精神を安定させる方法だった。それは血筋なのかも知れない、いやそうなのだろう。暗殺を生業に生きてきた一族が正常な精神をもっているはずなどないのだ。一族は負を殺戮し自らに取り込むことで負を負った、それによって狂気は生まれる。
世界に光だけが溢れることなど、平和だけの世界になることなど無いのだ。それは生まれ出でたときからの定めであって、だからこそ闇も戦争も存在する。
人生においての自分の役目がどこに属するか、僕たちは明確に知っていただけ、決められていただけで他はただ自分がどこに属するかを見つけられていないだけなのだ。血筋に縛られ続ける狂気、終わることの無い輪廻。この輪から逃げ出す方法は無いのかと模索した時期もあった。しかしもうそれも諦めたのだ。
だからこそ今、僕はここにいる。