第二章A(第3話)
「ありがとうございます。息子の非礼をお許しください」
振り向けばそこにいたのは、柔和な笑みの似合う翡翠の瞳を宿した銀の髪の男だった。年のころはそう若くも無く、かといって年老いているわけでもなかった。差し伸ばされたその手にロケットを乗せれば、彼は大切そうに手も包み込んだ。
「……旅の方ですか?」
疑問でいて確認するような声音に、僕は静かに肯首した。
「ええ。これから出国するところですが」
なるほど、と彼は頷き空を見仰いだ。
「今はこのように天気も良いですが、もう少ししたら雪が降るほど寒くもなるでしょう。十分お気をつけてください」
暖かく優しげな声音は僕の意表を見事についた。王国の高官であるだろう身分の御仁が、一介の旅人にこれほどの言葉をかけるものか。しかし、それを今思案しても意味の無いことなのだ。僕はそう自分に言い聞かせるようにして、そして笑みを作った。
「お気遣いありがとうございます。では、先を急ぎますので」
気をつけて、と男は笑みを一層深めた。何故かその笑みは作り物めいていて、それでいて優しげで、彼に背を向けても脳裏に残った。
「ザベル、あの方は?」
「シド様がいらっしゃるまでもありませんよ」
背後で聞こえた冷徹な声と嗜めるような声が聞こえたが、それが誰の言葉であるか確かめることはしなかった。
セレーク王国は魔術の進んだ国として大陸中央部では有名だった。自然の力を具現化させ、自然を、命をそして記憶さえも操る力を持つ魔術師は太古の昔には大陸の民の大半を占めていた。
しかし長い歴史のなかに魔術を持たない無魔力者が生まれ、そして魔術を司る国と魔術を持たない国とで争いが勃発した。それが今まで続く大陸の戦乱の時代の始まりだった。
大陸は大きく、地域によって肌の色、目の色、髪の色など様々だが、ここではそのようなことは差別の対象にはなっていない。差別の対象と化すのはあくまで魔力を有するか否か、であり続ける。
魔術師は無魔力者を忌み嫌うのが常であり、そしてその感情は戦乱の大陸を更に泥沼に陥れていた。僕の祖国は魔術至上主義の国だったため、大陸に無魔力者しかいない国などの存在を知った時は本当に当惑したものだった。