例えば相対の
似非文学です。雰囲気だけ。因みにその場の感覚だけで書いてます。
大きくて青い空、白い雲。
その手前を陣取る薄いエメラルドの山々。
気味の悪いほど、幻想的な風景。
「……ちょっとぉ、朝凪きいてるか?ここ分からないんだけどっ!」
シャーペンの頭で、空想中の俺の頬を突く目の前の男、英田巽。以下なれなれしい男。正直引く。
俺はこいつに数学を教えてる。一回400円で。いや、金出してきたの向こうからだからな。
英田の言った“ここ”。多項式、AをBで割りやがれ。それだけじゃん。
「英田は、具体的にどこがわからない?」
俺にはわからない。
そいつは遠慮なしに俺の机の上に広げたノートを凝視して、そして俺を見た。
「……なんかこういう、作業的なトコから嫌。だいたい、文字なんて数的な使命を持たされてないんだから俺には理解できない!以上!」
……。
……それはただの苦手な理由だろ……。
「いーよな、朝凪。パーフェクトで。顔もいいし、何気に運動できるし、頭いいし。お前くらいなら人生楽しいんだろうなあ」
口を尖らせ、自虐気味に言う英田。
……人生が楽しい、それは違うけどな。
俺には生きがいがない。生きてく糧は悉く消えてく。
人並みに出来るが、それ以上は……そのひとつひとつは凡人だ。
得意なことは、どれも自慢できたものじゃない。
別にこいつに伝える義務は無いが、なんか、言いたい。
口を開こうとした、その時だった。
「……朝凪、ごめん」
英田が、謝ってきた。ばつが悪そうに、視線を下に落として。
「英田……?」
ちらりと、英田はこっちを見る。びっくりした顔して。
いや、びっくりしてんのはこっちだけどな?
「……朝凪、困った顔して黙ったから。ごめん、変なこと言ったよな……。怒ってないの?」
多分英田は、どこからが変なことだか分かっちゃいない。
ただ気にして謝ってるだけかな。怒らせたとか勘違いして。
……素直に謝るなよ、そこ。
「英田は勘違いしてるな、俺の人生は何も楽しくない」
先ほど眺めていた窓の外を指差してやる。
「あの景色は自然にできたものかもしれない。でもな、俺には気味が悪くみえる。人がいないから。
ただ時間が流れてるだけ、楽しくなさそうだろ?……俺は努力とかなしに生きてる。
傍から見たら、英田みたいに凄いなんて思うかもしれない。
でも……結局はちょっとできるだけ。ひとつずつ拾ってけば凡才なのが分かる。
そのうえ、だれも俺を見ようとはしないんだ。
あの風景と同じで、そこにあり、ひとのいない、そんなんだよ」
だからなんだかあの景色、嫌な気持ちにもなりながら、目が離せなかったのかな。
言ってスッキリしたが、ちょっと後悔。
英田、変な顔してる。
「……朝凪ってさ、やっぱりちょっと分かってなくない?俺には綺麗に見えるぞ。あの景色。
だってさ、知ってるか?あの山な、この辺じゃ四季山って名前で有名でさ。
桜や桃と、紅葉や銀杏が植えられてるんだぜー。今は緑って言うか青いだろ、春には桃色、
秋には赤や黄色、冬は…白とか紅とかさ。よくない?えーと、いとをかしってやつ?幻想的だよ?
少なくとも俺はちゃんと見てるから、お前のこともちゃんと見たいよ?」
楽しそうに話したかと思うと、しんみりと締められた言葉。
ああ、英田相手に素を出してしまったな。英田なんかに、余計な心配させたな。
英田は言うだけ言うと、シャーペンを持ったまま携帯を取り出した。
ボタンを押して、そのままシャーペンを走らせる。
俺は。
「……俺は、英田みたいな奴の方が人生楽しそう……って思うんだけど」
独り言。
だって、完璧を求められる程、怖いことなんてない。
完璧じゃなくても、認めらている英田がうらやましい。
妬みにも似たそれを、ただなんとなく、聞かれたくなかった。
「朝凪?これ、えっと……。俺のメールアドレス。いらないかもしれないけど、一応」
数学のノートの欄外。
並んだ英数字。
vier-blatt-klee.0402@…
意味ありげ、でも聞かない。
聞かなくても、いつか教えてくれそうだから。
英田は器用にそこを破りとると、切れ端だけ残して前にある自分の席に身体を戻した。
後ろを振り返って、そいつは。
「人がいないって言うなら、俺がいてやるよ?」
教えてくれてありがとう。とか言って、にっこりして。
意味はないけど、英田が前を向いた後にまた、窓から四季山を見てみた。
数分前の形式ばった俺の不純文学にはない長閑さが、そこにあった。
メルアドは架空です。