この世の果て
この世ってどこだろう?
この世とは、私が生きるわずか数十年の日々のことだろうか。
それとも、観測することすら叶わない宇宙の果てのことだろうか。
私たちは未来を知ることはできない。それでも、知性は「予測」を紡ぎ出す。
現代の宇宙論が描く最も有力な未来——それは「熱的死」という名の終焉だ。
「来世」や「輪廻転生」を語る人々がいる。
しかし、物理的な宇宙が「熱的死」を迎えたとき、その連続性はどうするつもりか。
私の理解では、来世とは死後の世界ではない。
それは「明日」であり、「一秒後」であり、「次の瞬間」のことだ。
「前世」とは、さっきまでの「今」であり、積み重なった記憶そのものである
様々な証拠から、宇宙は今も膨張を続けていることがわかる。
その力は衰えるどころか、加速度的に強まっている。
いずれその速度は光速を超え、空間そのものが無限に広がり続けていく。
重力的な結びつきを持たない銀河たちは遠く離れ、夜空から光すら消えていくだろう。
地球はその遥か前に、膨張する太陽に飲み込まれて消滅している。
火星に逃げ延びたとしても、それは一時的な猶予に過ぎない。
残された私たちの銀河もエネルギーを使い果たし、
悠久の果てにブラックホールへと吸い込まれ、やがてそれさえも蒸発する。
さらに時が経てば、物質の最小単位である陽子さえも朽ち果てるだろう。(これはまだ仮説だが)
最後に残るのは、これ以上壊れようのない光子と電子だけ。
膨張によって無限に引き伸ばされたそれらは、もはや誰にも届かず、何も照らさない。
すべてが均一になったとき、情報は「沈黙」へと変わり、この宇宙から意味が消える。
こんな言葉を投げつけられたことがあるだろうか。
「お前の人生、何の意味も無いな」
私にはある。
あの時は確か、
自分の歩みにどんな意味があるのか、答えることができなかったはずだ。
だが、ここ数年で、一筋の明るい希望が訪れた。
ダークエネルギーを観測するプロジェクト「DESI」の研究結果に、微かな兆しが見えたのだ。
宇宙を押し広げる斥力である「ダークエネルギー」が、時間とともに減少している可能性が示唆されたのである。
これは、熱的死という決定的な未来を書き換える可能性を持つ、大きなニュースだ。
もし膨張が止まり、宇宙が再び収縮(Big Crunch)へと転じるなら、私たちはまた、いつか「一つ」に戻ることができる。
そして、宇宙の起点が、再度、存在することになる。
宇宙の始まり。
最初の爆発の後、もし膨張が完璧に綺麗に均一であったのなら、星も人も、私の苦悩も、あなたの喜びも、生まれることはなかった。
私たちが今ここに存在しているのは、初期宇宙に「量子的なゆらぎ」というムラがあったからだ。
なぜその揺らぎが生まれたのか。それはまだ、誰にも分かっていない。
私は願う。
この宇宙に生きた全ての存在が刻んだ「情報」が、次の宇宙を始めるための「揺らぎ」に影響を与えるというシナリオを。そうでなければ、私の生はあまりに無力だ。
まったく同じ揺らぎが、まったく同じ歴史を繰り返すだけなのだとしたら……
――それは美しくもあるが、少し寂しい。
次の宇宙の産声が、今よりほんの少しだけ優しいものであるように。
私たちの記憶が、次なる「揺らぎ」の種になることを信じていたい。
宇宙の話をするのが好きです。今、書いてる小説より、さらに需要が無いだろうが……




