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7 溢れ出す想い




 そっと振り返ると、横になったままのリックスと目が合う。


 「お・・おはようございますっ!」


 あまりの顔の近さにドクンと心臓が飛び跳ねる。リックスの尊顔が眩しすぎて堪えきれずグルっと視線を戻しても、抱きしめられた身体は彼の腕に捕らえられたまま。


 「――昨日はあれだけ素直だったのにまたいつも通りか?」


 わざと耳元で囁くように告げられて、びくん!とわかりやすく体が震え反応してしまう。

 眩暈がしそうなほどの低音の色気ある声に緊張して身動き一つとれない。


 「な・・何のことかわかりかねます・・」


 「それはそうだろうなあ、あれだけ酔っていたんだ。まさかお前がひと舐め程度で酒に酔う程、酒に弱かったとは知らなかったぞ」


 「――醜態を晒し・・申し訳ございません」


 「あれくらいどうということもない。だが、あれはだめだ」


 「――あれ、とは?」


 意味深な事な言葉に自分のしでかしたことが分からずエカチェリーナは竦みあがる。


 「大勢の貴族たちの前で頬を染めて微笑んでいただろ。―――危なっかしくて俺の前以外では酒は飲ませられんな」


 「旦那様の前であれば・・・・許されるのですか?」


 「俺はお前の夫だ、問題などあるわけない・・全く・・俺が納めなければ、とんでもないことになっていたぞ」


 「――とんでもないこと?!微笑んだだけでですか??!」


 「当たり前だ!冷徹悪女と呼ばれ、笑った顔など誰にも見せなかったお前が、衆人環視の中で色気を駄々漏らせて微笑んだんだぞ?

 アンダンテ家の三男風情など、鼻の下を伸ばしてお前を自分のモノにしようとしていたことも、どうせ覚えてないんだろ?」


 「――そうなのですか?!・・・・・それは・・申し訳ございません」


 まさか酔っていた時に、とんでもないことになっていたなど信じられなかった。しかし、不機嫌そうに言うリックスを見る限り嘘ではないのだろう。

 お酒などエカチェリーナは飲んだこともない。昨夜お酒をひと舐めで記憶をなくすほど酔って全く覚えていないのが恐ろしい。


 「―――まぁ、普段言ってこない本音も聞けたから許してやる」


 (――――は?本音?)

 

 リックスの言葉にきゅうっと心臓を握りしめられたかのように胸が苦しくなり、頭のてっぺんからつま先までさあっと冷えていくような感覚が襲い来る。


 「わ・・私は・・何を言ってしまったのでしょうか・・」


 「ははっ・・覚えていないのか?―――好きだ好きだと言って散々キスをねだってきたぞ?」


 「う・・嘘ですっ!!・・そんなことっ!!」


 「じゃあこれはなんなんだ?」


 にやりと笑みを浮かべ、背後で抱きしめたままトントンっ!と押されたエカチェリーナの胸元。視線を向ければくっきりと虫刺されのような痕がのこっている。


 「――・・・・こ・・これは??」


 自慢ではないが、下級であっても貴族の娘。これまで虫に刺されないようケアはしっかりとしてきた。だからこそ、なぜ虫に刺されたのかエカチェリーナには理解できない。


 ――くっくっ・・

 「これは虫刺されじゃない。お前が強請るから俺が痕を残してやったんだ。」

 「ここでな」と言い、リックスは自身の唇を差した。


 信じがたい状況に顔が沸騰しているかのように熱い。間違いなく顔が真っ赤になっているに違いない。

 後ろから抱きしめられているおかげで彼の顔が見えないのが幸いとグッと俯いた。

 しかし、リックスはそれを許さない。

 グイッ!と強引に向きを変えられ、あっという間に仰向けにされて見下ろされてしまう。


 「――俺はお前に幼い頃から嫌われているのかとばかり思っていたが・・どうやらそうではなかったようだな。―――だが、それならなぜ『消えろ』などと言う?」


 「・・・・・・」


 突然のリックスの疑問にギクリと体を強張らせ、唇を引き結ぶ。


 それは勿論、彼を守る為だ。

 しかし、どう伝えたらよいのかわからない。


 『私は聖女なんです。罵声を浴びせて睨んで魔気を浄化させています!!』


 可笑しな女だと思われるだけではないだろうか。

 『聖女』の浄化の仕方は、この国の者なら誰もが知っている。『両手を胸の前で握り祈る』そうすることで白い光が魔気を霧散させて浄化させてしまうのだ。


 睨みつけて浄化する。あるいは怒鳴りつけて浄化する聖女など聞いたこともない。


 自分でもそんな話を聞いたら耳を疑ってしまうだろう。それをリックスに信じて欲しいと求めるのはおかしい気がしてならなかった。

 嘘つきと思われる位なら言わない方がきっとお互いの為。


 けれど、そうなると『消えなさい!』と言ったのはどう説明したらよいのだろう。

 一つを隠せば色々な言葉を隠さなければならない。


 隠しごとのおおい者を好きになる人はいるのだろうか。


 頭の中で逡巡しても、呆れられたり貶されたり憤慨される予想しかできない。


 ――はぁぁ・・


 「言えない事なのか・・・・別にいい。お前が言いたくなったら言え」


 浅い溜息のあと、リックスは仕方ないと諦めながらもエカチェリーナに言うタイミングを委ねた。 


 「―――!!・・・・いいのですか?」


 「俺が無理やり吐かせるのは罪人だけだ。―――だが、お前の気持ちを知った以上、俺がしたいようにする。お前は俺のモノだ」


 (――俺のモノ?)


 言葉は荒っぽいのに、何故か彼の見つめる眼差しは熱が籠り今にも溶かされてしまいそうなほどに熱い。それなのにその眼差しから目を逸らすことが出来ず、表情を作ることさえ忘れてしまう。

 ゆっくり近づく彼の唇を、エカチェリーナは拒むことなく受け止めた。


 言葉で伝えられない想いをせめて態度で―――


 ずるいとわかっていても、止められない。

 重ね合う唇、触れ合う素肌。

 愛したい愛されたい想い。言葉にできないじれったさを全て行為に注ぎ込んだ。


 『お前を抱くつもりも愛するつもりもない』


 そう言い放った初夜の彼の言葉が棘のように胸に刺さって痛み続けていても、これが彼の気まぐれなのだとしても、気づかぬふりをして彼に身を委ね続けた。






 すっかり日も昇りすでにブランチも過ぎた頃、ベッドで掛け布にくるまりぐったりと横になるエカチェリーナをチラリと見つめてくすりと微笑むと、ベッドから起き上がりガウンを羽織るとリックスは侍従を呼びよせた。

 きっと執務の調整の話をしているのだろう。

 じっと大人しく様子を伺っていると、視線に気づいたリックスがこちらを見て優蕩けそうな眼差しで微笑んだ。

 再会してから一度も見たことのない微笑みを向けられて心臓がドクンと高鳴る。


 (―――む・・むりっ!!かっこいいっ!!)


 あまりの笑顔の破壊力に耐えきれずガバッ!と掛け布を被って身を隠す。

 どくんどくんと胸の鼓動が激しく、余計恥ずかしさが込み上げる。

 冷静になろうと深呼吸をしようとした瞬間、ぎゅうっ!と掛け布越しに抱きしめられる。


 「――ひゃっ!!」


 「仕事してくる。―――後で俺が来るまでここで休んでろ。どうせ歩けないんだからな。――じゃあ、あとでな」


 突然抱きしめられて驚き裏返るような声が飛び出しても、リックスはお構いなしで抱きしめ続けたままエカチェリーナの耳元で囁くと、素早く起き上がり部屋を退出した。


 朝目覚めてから心休まることのないリックスの攻めに、エカチェリーナの頭の中は思考の処理が追い付かずパンク寸前であった。


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