2 一触即発な結婚式
しんと静まり返る部屋の中、まるで葬儀でも行われるのでは?という程に重苦しい空気が漂っている。
必死で場を和ませようと、両家の夫妻が話題を提供しようと試みる。しかし、リックスもエカチェリーナも反応なし。
匙を投げた両夫妻は、あとは二人でごゆっくり~と、二人を置いて出て行ってしまった。
目の前に座るのは美しい美丈夫。
エカチェリーナよりも頭二つ分近く高い身長に、艶やかな金色の短髪。柔らかいファウンテンブルーの瞳、すっと通った鼻筋。両目の下にある黒子は彼のチャームポイントと言えるだろう。
リックスは学園生活を送っていた間も、女子生徒たちから黄色い声を浴びる誰もが認める美しさであった。文武両道、眉目秀麗。まさに彼の為にある言葉だろう。
しかし、そんな美丈夫であるリックスが、エカチェリーナを親の仇かのように睨みつけてくる。
(――私・・またリックス様に何かしてしまったのかしら・・)
エカチェリーナはリックスの様子が心配ではあったが、心配事はそれだけではない。先程からずっと睨んでいなければ、魔気がすぐに近づいてくるのだ。
(――なんでこのタイミングで魔気が沸いてくるのよ!!それとも引き寄せやすい体質だったりするの??)
エカチェリーナは心の中で泣き叫んだ。
誰だって今も慕い続ける初恋の相手を睨みつけたい訳がない。しかし、睨んでおかないと、魔気はどんどん強く引き寄せられてしまう。
嫌われたくない。しかし、リックスの安全の方がエカチェリーナにとってはもっと大事だった。
「――お前・・縁談で来たっていうのに俺を睨みつけやがって!そんなに嫌だったのかよ!!」
「そ・・そんなことは・・ありません」
否定はするものの、二人の纏う空気は第三者から見ると、まるで一触即発寸前の状態に見える事だろう。まるで目を逸らしたら喧嘩が始まるのではないか?という程に互いが睨んでいるのだから。
「言っておくが期待しても無駄だ!お前が望む結果には絶対にしないからな!!」
キッパリと告げると、リックスは部屋を出て行ってしまった。
(――・・終わった・・あっけない縁談だったわ・・・)
エカチェリーナは心の中でさめざめと泣くしかなかった。
***
もうフォンテーヌ家との縁談は流れたのだあろうとエカチェリーナは確信していた。
リックスが断言していたのだから当然だろう。しかし、一週間後フォンテーヌ家からは婚姻の日程を決める手紙が届いたのである。
(――なぜ?!!)
エカチェリーナには理解できなかった。
あれほど睨みつけられたのに?
「言っておくが期待しても無駄だ!お前が望む結果には絶対にしないからな!!」
宣言されたのに?
しかし、結婚の話はトントン拍子に進んでしまった。
教会で誓うのは美しい花嫁と花婿。しかし、二人の表情は今まさに罵倒しあうのでは?という険悪な雰囲気。
その異様な光景に、祝いに来た貴族たちも皆どう接してよいのか分からない。祝福の言葉を告げて良いのか躊躇うほどに祝いとはかけ離れた雰囲気であった。
きっと祝いに来た者たちは『なんで結婚したんだ?』と皆疑問に思ったに違いない。
――コンコン・・
「――はい」
結婚式を終えた夜、エカチェリーナが返事をすると、部屋にリックスがやってきた。
(――ま・・まさか・・・しょ・・初夜をするのかしら?!)
あれだけずっと睨み合っていた自分たちが、初夜を迎えるという事に違和感しか感じない。
(――それでもここへ来たということはもしかして・・・)
ほんの少しだけ期待して胸がときめいてしまう。
しかし、告げられたのは全く違う言葉だった。
「エカチェリーナ、お前は今日から俺の妻になった。だが勘違いをするなよ?
俺はお前を抱くつもりも、愛するつもりもない!静かにひっそりとここで生きろ!」
静かな部屋の中に凍えそうなほど凍てつく言葉がエカチェリーナに降り注ぐ。
(――・・やっぱり・・愛されるわけなんてないよね・・私は嫌われているんだもの・・)
リックスはふんっと見下すように睨みつけてから部屋を出て行った。
悲しくないと言えば嘘になる。
でも、あれだけ嫌われているにも拘わらず、リックスはエカチェリーナを妻と認めてくれたことにかわりない。
「――・・今日から・・リックス様の妻・・」
エカチェリーナの心の中はほんのりと暖かくなった。
(――妻でいられる間は、私がリックス様を守ろう!!)
***
「――消えなさい!!」
エカチェリーナの怒声が食堂の中に響き渡る。
「~~~~お~~まえ~~・・・朝いちばんに会ってそんなことしか言えないのか?!」
朝食の為食堂へついて早々、リックスに纏わりつく『魔気』を見つけ、すぐさま浄化するエカチェリーナ。しかし、誰も怒声が浄化だとは思いもしない。
よって邸の使用人たちは『夫を尻に敷こうとするとんでもない悪妻がやってきた!!』とあっという間に悪評が広がってしまう。
使用人たちは、当たり前のようにエカチェリーナから自分の身を護る為、最低限度しか近寄らない。しかし、リックスだけは毎日売られた喧嘩は絶対勝ってやる!とばかりの勢いでくってかかる。
そんな日々がすでに一カ月も続いているのだから、フォンテーヌ伯爵家の後継者の嫁は『冷徹な悪妻』という噂があっという間に広まった。
「旦那様・・本日外出してもよろしいでしょうか」
珍しくエカチェリーナは執務室へ訪れ希望をリックスに告げた。
「ほう?お前が私に頼み事とは珍しい。なぜ外出する必要があるのか言ってみろ!」
「大したことではございません。夫人の嗜みといえるものを街で買い足そうかと思っただけです」
「夫人の嗜み・・ねぇ?
ならもっと可愛く強請るべきじゃないのか?睨まれていても許してやる気にはならんが?」
「~~~~・・・・でしたら結構です」
エカチェリーナは諦めて去ろうとした。しかし、
リックスは許さない。
「お前、これからもそんな調子でいるつもりか?
媚びる事すらできないのか?」
「慣れていないので・・もし分けございません・・」
何故かいつの間にかリックスが傍までやってきていた。
あっという間に壁に挟まれてエカチェリーナは腕の中に囲われてしまう。
(――な・・なんで私は今リックス様の腕の中に囚われているの?!)
とんでもない状況に、動揺してエカチェリーナの声音はどんどん小さくなっていく。
頬も朱に染まり、目元は涙で潤む。
顔を背けようとした瞬間、顎をリックスの手で押さえられてしまった。
「・・な・何を・・なさるのですか・・」
もうあまりにもリックスの顔が近すぎて睨むことすらできない。
胸の鼓動が痛いほどにバクバクと鳴っている。
彼から香る爽やかな香りに酔ってしまいそう。
「――お前・・もしかして動揺しているのか?」
澄み切ったファウンテンブルーの瞳が、なぜか怪しく光ったように見えた。




