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12 甘いスウィーツな時間


 逃げるかのように店外に足を運んだエカチェリーナは、闇雲にぼ――っとうわの空で商店の並ぶ道をゆっくりと歩いた。



 令嬢たちの嘲笑が今も耳にこびり付いている。


 確かに私は令嬢たちが言うように『冷徹悪女』だ。たとえ魔気を祓う為とはいえ何も知らない人々を睨み怒鳴り散らして来たのだから―――。



 (――そう・・・彼女たちの言うことは何も間違っていないわ・・・悪いのは私・・)



 学園に入学した当初からエカチェリーナは魔気を祓うために所かまわず黒い靄を睨み続けてきた。それは魔気が見えるものであれば誤解されることなどなかったかもしれない。―――しかし、魔気が見える者など神聖力が使える者以外視えるわけがなかった。


 誤解されたくない方と言って魔気を祓うことを躊躇して後悔したくはなかったし、これまでは躊躇うことすらなかった。



 (――それなのに・・・)



 今ではリックスを睨みつける事すら難しくなっている。



 否、睨めない程に好きになってしまったという方が正しいだろう。



 彼を想うと口元が緩み幸せな気持ちになんてしまうのだ。


 ふと、店のウィンドウを見つめると、全く覇気のない迷いがわかる緩み切った表情をする自分の姿がウィンドウに映る。


 まるで恋する乙女のように切なげな表情を浮かべている。とても冷徹悪女と呼ばれた女ではない。

 悪女になりたいわけではないが、今の中途半端なままでは本当に役立たずだ。


 エカチェリーナの心は冷えていく。

 

 

 (――せめてまともに浄化できれば・・・)



 同じことを逡巡しながらもウィンドウをぼーっと眺め続けていたことすら気づかなかった。


 

 「――どうした?ぬいぐるみがほしいのか?」



 先に表に出てきてしまったエカチェリーナにいつの間にか追いついたリックスが涼し気な眼差しをこちらに向けていた。



 「いえ――作れるかなと思っていただけです・・」



 ただ呆けていただけとは言えなかった。咄嗟に刺繍糸を買いに行くことを思い出し、作ってみたいかのようなことを言ってしまった。



 「・・・・ぬいぐるみを作れるほどの時間を持て余しているのか?」



 リックスの視線はウィンドウに展示されたクマのぬいぐるみに向けられていた。



 「――そういう訳では・・ただ何となく・・思っただけです。

 これから・・・刺繍糸を見に行って下さるとおっしゃっていたので・・」



 「あぁ、丁度よい刺繍糸を扱っている店を見つけた。近いからこのまま行ってみるか」



 「ありがとうございます・・」



 「元々俺が買いに行かせてやれてなかったんだ。連れて行ってやるのは当然だ」



 ふっと口角を少しだけ上げて笑ったリックスは、当然のように腕を差し出した。レストランから一人で先に出てきてしまったというのに怒りもしない。


 彼の優しさが眩しく、そして胸を締め付けた。

 いつも怒らせてばかりのエカチェリーナを優しくエスコートしてくれる。今日は本当に恋人のように大切にされているように感じてしまう。



 「――はい」



 自分の不甲斐なさに押しつぶされそうになりながらも、それでもリックスに差し出された腕に縋りついてしまう自分に呆れながらもそっと腕に手を添えた。


 

 

  

 案内された刺繍糸を扱う店は、様々な代物を扱っているらしい。


 ――チリンっチリンっ・・


 可愛らしい音が扉を開けると同時に鳴り響き、店の店員は二人を招き入れた。

 店内には生地からリボン、刺繍や道具類までを取り扱う店だった。刺繍糸や裁縫用の糸は幾つもの小さな棚にぎっしりと豊富な種類や色を揃えていた。



 (――見ているだけでも楽しめそうだわ・・)



 色とりどりの店内は、刺繍が好きな令嬢やご婦人にはさぞ好まれることだろう。

 たまに刺繍を刺さないエカチェリーナですらも心躍ってしまう。



 「随分気に入ったようだな」



 「えぇ、とても素敵です。初めてこのような店に入りました」



 普段怒鳴るか睨むか無表情なエカチェリーナが気付かないうちに頬を緩ませ微笑んでいる。



 「お前は笑っている方がいい。」



 「――!!」



 甘い蜜のように蕩けた声音に吃驚して仰ぎ見れば、リックスの熱の籠った眼差しに囚われてしまった。

 


 「――わ・笑ってなど・・」



 見つめられた眼差しから視線を逸らせず困惑して訳の分からないことを言っても、彼は全く気にもとめない。

 ただ優しく見つめ、緩やかなウェーブのかかったピンク色の髪をひと房救い口づけた。



 「気づいていないなら俺だけが知っていればそれでいい」



 「そ・そう・・ですか」



 まるで宝物のようにエカチェリーナに接する彼の一つ一つの行動に、きゅうっと胸を押さえたくなるほどの甘い疼きと高鳴る胸の鼓動。

 何も考えずリックスに寄り添いたくなってしまう想いは、抗いがたいほどに強くなっていた。 

 


 「お前はどんな色の刺繍糸が欲しんだ?希望はあるのか?」



 流石に真っ赤に頬を染めて硬直するエカチェリーナをこれ以上煽るつもりはないのだろう。

 リックスは刺繍糸の棚を見ながら問う。



 「ま・まだ何を刺すかも決めていないのです。――ハンカチなどに試しに刺繍してみようかとは思っています」



 「なるほど?――勿論そのハンカチは俺に渡すものだよな?」



 「え?」



 「・・・・他の誰にやるというんだ?」



 エカチェリーナの返事が気に入らなかったのか、リックスは表情を消して問う。



 「誰もおりません。――その・・もし旦那様がよろしければ、ハンカチを貰っていただけますか?」



 「当然お前が作った者は俺のモノだ。――間違っても他の男の為の物など作るなよ」



 「そのような方はおりません」

 


 リックスとの問答に淡々と答えつつも、心は温かくなり高揚感を表情に出さないよう気持ちを必死で宥めた。


 

 「――旦那様は、どのような色味がお好みでしょうか」



 (――これは差し上げる為に必要な情報よ・・このくらい聞いても・・いいわよね?)



 「ふむ・・色か・・ならピンクと黄色を使って刺してみろ」



 「――ピンクですか?・・・ピンク・・」


 

 まさかリックスがピンク色を好んでいるとは思わず驚き声が漏れてしまう。



 「なんだ?意外か?―――だが俺は幼い頃からその色が馴染なんだ。誰かさんのおかげでな」



 「――?!」



 (――馴染?幼い頃?・・・・まさか・・私の色?)



 リックスの返しに思わず自分に都合の良いように捉えてしまうが、それは勘違いでもないのかもしれない。

 呆然とするエカチェリーナを見つめる眼差しには今も熱が籠っている。それに、なぜかいつの間にか自分の指に彼の指が絡まり、その仕草はまるで恋人の甘い交わりのように感じたからだ。


 耐えきれなくなったエカチェリーナはささっといくつかの刺繍糸を選ぶと店員に希望を告げる。


 勿論、その指定した色の中には蜂蜜色の淡い黄色と淡いピンク色も含まれていた。





 甘い雰囲気を漂わせたまま店を後にした二人は、甘い匂いの香りに惹きつけられた。


 視線を向けると可愛らしい移動販売をしているらしいクレープワゴンが目に映る。

 数名の客が甘い匂いのするクレープを注文し、近くにはクレープを受け取り食べ歩く者もいた。



 (――美味しそう・・)


 

 実は先程のレストランで少ししか食べられなかったプティフール。

 クレープの甘い匂いで思い出しつ物欲しそうに見つめてしまう。



 「――やはり甘いものが食べたりなかったんじゃないか?」



 「――い・いえ・・そのようなこと・・」



 しっかり自分がまだ甘いものが食べたりなかったことがバレてしまった。

 意地汚いように思えて思わず俯いてしまう。――しかし、そんなエカチェリーナの心情を察したかのように飄々とリックスは続ける。



 「俺も食べたかったんだ。――買ってやる。フルーツは苦手なものはないか?」



 「――!!・・ありません」



 「なら良かった」



 にやりと笑うと部下に指示を出し、あっという間に甘い匂いのベリーがたっぷり乗せられたクレープが差し出された。



 「食べてみろ。――こういう食べ歩きも、どうせしたことなどないのだろう?」



 「はい・・ありがとうございます・・」



 手渡されたクレープを見つめ、周りを見渡すと皆思い思いに噛り付いている。それに倣って一口噛り付くと、ベリーの甘酸っぱい酸味とクリームの優しい甘さが口いっぱいに広がった。


 レストランで食べるのとはまた違う感覚に心が浮き立つ。


 令嬢らしからぬマナーもなにもない食べ方なのに、なぜこんなにも美味しく感じるのか。

 エカチェリーナは会話も忘れ甘いひと時に酔いしれた。



――くっくっ・・・

 「余程気に入ったのだな」



 笑い声を漏らしながらリックスは愛玩動物でも眺めるように見つめていた。



 「ご・ご馳走様でした・・美味しかったです・・」



 「あぁ、そのようだな・・普段見れぬ姿が見れて満足だ」



 (――見れない姿?・・なんのこ―――)



 何が言いたいのか分からず首を傾げた瞬間、顎をくいっとあげられると生暖かい感触が肌を滑った。



 (――え?)



 「なるほど?・・確かに美味いな」



 ペロリと舌なめずりするリックス。

 ほんの一瞬でエカチェリーナの口元に残っていたクリームは、綺麗にリックスの舌で拭われていた。



 「――な・な・・・な?!」



 エカチェリーナは蜂蜜色の瞳を揺らしながら言葉にならない叫びをあげたのだった。




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