1 冷徹悪女と呼ばれた聖女
美しい花の咲き乱れる野原で、少年は少女の小さく柔らかい手を掬い上げる。
「リーナ、僕ね・・ずっと君と――」
「――消えなさいっ!!」
美しい少年が天使の微笑みを浮かべて告げようとした瞬間、少女は親の仇を睨みつけるかのように鋭い視線を向けて怒鳴った。
先ほどまでの甘く優しい雰囲気は消し飛び、少年は真っ青な顔でこちらを見つめる。
眦からは涙がぽろぽろと零れ落ち、絶望で打ちひしがれていた。
「な・・なんでそんなこと・・リーナが・・リーナがそんな冷たい子だなんて知らなかったよ!!
もういぃっ!!~~~君なんて絶交だ!!」
「――リックスっ!!」
少年は涙をぽろぽろ流しながら走り去っていく。
リックスの後ろ姿を、エカチェリーナは悲痛な面持ちで見つめる事しかできなかった。
***
あれから八年。エカチェリーナはやっと学園を卒業することができた。
全寮制の寮から荷物を引き上げ、ロンベニス男爵家の領地の邸に戻ってきている。
(――やっと我が家に戻ってこれたわね・・)
学園生活から解放されたというのに、次は嫁ぎ先で悩まなければならないのかと思うと憂鬱だ。
エカチェリーナはロンベニス男爵家の令嬢として、つい先日まで学園生活を五年間送っていた。その五年の間『冷徹悪女』という悪名が知れ渡ってしまったのだ。
彼女も好きで呼ばれたかったわけではない。
しかし、彼女には視えてしまっていたのだ。
この国には『魔気』と呼ばれる穢れが存在する。『魔気』は生き物に取り付き、災いをもたらす。
人も例外ではなく、『魔気』に取り付かれると荒っぽい性格になったり、災難を招きやすい。強い『魔気』に取り付かれると、何かしらで死ぬ危険性が高まったり、性格が豹変して他人に対して攻撃的になってしまう。
その『魔気』を唯一視る事ができ、浄化する力を持っているのが『聖女』と呼ばれる存在だ。
普通の聖女ならば、祈ることで魔気は白い光に包まれて浄化される。しかし、エカチェリーナの場合は違う。
彼女は浄化の際、『魔気』を睨みつけなければ浄化できないのだ。更に強い『魔気』であればある程強い意志が必要で、そのために叫ばなければならない。
エカチェリーナは、対象に対して『消えなさい!』と怒鳴らなければならないのだ。
学園の中は学生が多く集まる。その為、どうしても『魔気』も集まりやすく、常日頃からエカチェリーナは睨みを効かせて生活せざるおえない。
周りから『冷徹悪女』と罵られてもしかたないだろう。
悪名のおかげで友人などできるわけもなく、学園ではもくもくと勉強に専念した。
青春などあっただろうか?と考えても思い浮かぶものは何一つない。
エカチェリーナも、十歳のある時までは快活で笑顔の愛らしい少女だった。しかし、大好きだった初恋の君は『魔気』に取り付かれてしまった。
どうしたらよいかわからないエカチェリーナであったが、本能的に『消えなさい!』と、叫んぶと浄化できてしまったのだ。
相手を守りたい一心で、今にも少年を覆いつくそうとしていた黒い靄に立ち向かおうと、全身全霊を込めて怒鳴ったことで浄化できたなどエカチェリーナは思いもしなかった。
しかし、その言葉を聞いた初恋の君は泣いて絶縁宣言をし去ってしまった。
(――あの時が私の最初で最後の青春だったのかもしれないわね)
甘く苦い思い出を少しだけエカチェリーナは思い出した。
初恋の君も同じ学園の同級生であったが、五年の間一度も話したことはない。
やっと大勢の人の中で気を張る必要もなくなったのに、次は縁談・・・。
正直『冷徹悪女』などと呼ばれていた令嬢を娶りたい貴族などいるのだろうか。
否、余程のモノ好きでなければ無理だろう。
――私・・・結婚できるのかな・・
エカチェリーナははぁぁ・・と深い溜息を吐くのだった。
***
翌日の朝、突然エカチェリーナは珍しく侍女からたたき起こされた。
「お嬢様!急いでください!!旦那様が用意したドレスを着てすぐ降りてくるようにと仰せでございます!」
「――え?どうしたの?・・一体何事?」
困惑するエカチェリーナを侍女はパパっとベッドから起き上がらせると、すぐに支度を始めていく。
(――今から外出でもするつもり?)
いつもであれば一人しか侍女はつかない。
なぜなら常日頃からエカチェリーナは睨みを聞かせて浄化し歩いている為、周りの使用人たちからも怯えられているのだ。
しかし、今朝は三人の侍女があれやこれやと慌ただしく動き回り、あっという間にエカチェリーナの身支度を進めていく。
「おぉ!!見違える美しさだな!流石我が娘!」
両親は邸のエントランスホールでエカチェリーナを待っていた。
階段を下りるエカチェリーナは見た目だけであれば非常に薄くしい可憐な娘だ。
フワフワで緩やかなウェーブのかかったピンク色の腰まで伸びた髪の毛、蜂蜜のように蕩けてしまいそうな金色の瞳。
鼻はツンと上を向き、プルプルな真っ赤な唇。
ただ立っているだけならば、こぞって縁談相手が列を成してもおかしくはないだろう。
しかし、睨みつける鋭い眼光と、苛烈な怒鳴り声がすべてを台無しにしてしまう。
事情を知る両親は残念で仕方ないといつも悲し気に言う。ところが、今日に限っては両親のテンションが異様に高い。馬車に乗っている間も、ずっと明るい話題ばかりを振ってくる。
(――あやしい・・すごくあやしい!!一体今日は何があるというの?)
明らかにわざとらしく振舞う両親に、流石にエカチェリーナも問わずにいられなかった。
「お父様?・・今日は一体何があるのですか?」
両親はエカチェリーナの言葉でびくりと肩を震わせた。
「その・・驚かずに聞いてほしいのだが、今から行く場所はね・・
お前の縁談相手の邸だよ」
「――は?」
にこやかに告げる父である男爵の言葉に、エカチェリーナは目が飛び出そうなほど驚き固まった。
「ほら~~っ!やっぱり行く前にちゃんと言った方が良いって言ったじゃありませんか!」
「いや、そうはいってもね?突然過ぎただろう?・・しかも相手が相手だしな?」
(――相手が相手?どういう事??)
「・・・・お父様?私の縁談相手はどなたなのですか?」
神妙な面持ちで問うエカチェリーナに、窓の外をちらりと視線を移した男爵は、笑顔で答えた。
「おっ!!邸が見えてきたぞ!懐かしいだろう?
お前の相手は、リックス・フォンテーヌ令息だよ」
(――なんですって!?)




