表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

豚こま切れ肉は塊で入ってる

 高校三年の大学受験期の冬は、イライラするし寒くて腹も鳴る。解けない数学の問題集をシャーペンで殴って消しゴムで擦る。

 手の側面が真っ黒になって、机やパジャマを汚した。


 イラつく、イラつく、イラつく。


「なぁチトセ」


 母がノックなしに私の部屋を開けた。腕には買い物袋を提げている。折れた白ネギのツンとした香りが部屋を漂った。扉の先にはごちゃごちゃしたリビングが映っている。本来なら狭くないはずのマンションも、我が家はなぜか散らかってしまう。


(はやく自立して、家から出ていきたいなぁ……)


 考えていたら、親が目を輝かせて言った。


「鍋にしよかっ!」

「またぁ?」


 具材は白菜と白ネギと豚の細切れだという。それと粉末出汁。シングルマザーの母にとって、鍋は楽で安く済む料理なのだ。

 

 ……だからと言って、3日以上同じ夜ご飯は飽きる。ただでさえ朝ご飯もパン、昼ご飯は高校の500円以内の弁当や総菜パンなのだから。

 母は、介護の仕事で乱れた前髪のまま笑顔で言った。


「鍋なんて、いくら食べても楽しいからね♪ あったまろ〜!」

「……はぁ」

「なんや、そのリアクション! ふふ、今日は98円の薄揚げも入れたるで。それまでおとなしく勉強しときー!」

「言われんでもやるわ」


 扉が閉められる。白ネギの残り香がする。親は必ず白ネギの青い部分を折るので、ネギ臭い香りが強烈に残るのだ。


「……勉強して立派な企業勤めて鍋以外のもの食べられるようになろ」


 そんな目標を抱きつつ。

 勉強をしながら鍋が出来上がるのを待った。



「出来たで!」


 リビングテーブルに散乱した物を端っこに寄せた形跡がある。何とか空けたスペースに鍋が置いてある。豚肉の独特な香りが換気扇に収まりきらず残っていて、(あぁこれから豚しゃぶを食べるんだなぁ)という気持ちになった。


「よぉ煮たで。白菜も透明や!」

「ふーん」

「SNSにあげてもええんやで」

「にしては具材しょぼ過ぎでしょ」

「ふえーん」

「泣いても具材は増えません」

「www」

「なにわろてんねん」


 親は私がツッコミをいれると必ずオーバーリアクションをしてくる。例えば私が、塊の豚こま切れ肉を摘んで「パックのそのまんま入れたやろ」と言うと「大当たりや〜♪」って言ってきたり、ネギを探していると古い歌を歌い出したり。


「お母さん、普通の受験生は焼きおにぎりとか食べるんやで」

「焼きおにぎりは野菜無いやん」

「どういう理屈?」

「私はバランスの良い鍋が良いと思ってます」

「……楽やからやろ?」

「www」

「なにわろてんねん」


 ……まぁ、具材は少なくても鍋は美味しい。塊の豚こま切れ肉の血の気も、慣れれば旨味だ。確かに白菜も白ネギもよく煮られていて柔らかかった。

 シメの雑炊に卵を落とせないのが悔やまれるが、白菜とネギの甘みをより深く感じれて良かったのではとも思う。薄揚げからも何らかの旨味が出ていたし。


 では、念のため訊いておこう。


「ねぇお母さん」

「なんや」

「明日も鍋なの?」


 母はウェブチラシを見て目を輝かせて言った。


「国産の椎茸6個で200円やって! それに舞茸86円! よし、明日はキノコ鍋やね♪」

「うそ〜!」

「くふふ」

「だから、なにわろてんねん!」


 何日も続けて鍋鍋鍋。

 片付けられたテーブルには、明日のパンと私の昼食代である500円が置かれていた。


(はぁ、せめて500円で、何か変わったものが食べたい……)


 ハンバーグとか、カレーとか。

 

(購買に売ってないんだよなぁ……)


 有ってBLTサンド。お腹に溜まらない。それに私はトマトが嫌いだ。サンドイッチの薄いベーコンも。レタスはまぁ、食感による。


 この頃、鍋を食べているからか肌のコンディションや胃腸の調子がよい。それがせめてもの救いである。


「うーん。明日はキノコ鍋かぁ……」

「じゃ、おやすみー」

「え、もう寝んのお母さん」

「だって明日早出やもーん」


 食べたら食べたですぐ眠る親だ。私も明日に備えて寝よう……と、その前に鍋の臭いをお風呂で落とさなくては。


 念の為、私の部屋や制服にも消臭剤をふっておいた。『鍋臭い』という理由でイジメられたら嫌だからね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ