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古香の舞踏会にて、オルゴールは死を歌う━━影のサバイバル━━

作者: 宮生さん太
掲載日:2025/12/04

 夜の都心で灯るはずのネオンが、今夜に限って奇妙に滲んでいた。会社帰りの私は、地下鉄の階段を上りきった瞬間、鼻先をかすめた古い香の匂いに立ち止まる。振り返ると、そこには場違いな木製の案内板がひっそりと立っていた。


──招待客 久遠カスミ様

 今宵、舞踏会へようこそ


 悪戯だろうと思った。だが次の瞬間、足元のアスファルトが軋み、視界は墨を流したように歪む。世界が反転し、私は畳敷きの広間に投げ出されていた。


 天井には大正風の蝋燭灯、壁には血色の花が描かれた襖。遠くでオルゴールが軋みながら鳴り、その旋律はどこか人の呻き声に似ていた。


「ようこそ、客人」


 鬼灯のように赤い和服をまとった青年が現れた。瞳が細く笑うが、光が宿っていない。


「ここは、常夜の舞踏会。帰り道を望むなら……まず、生き残りなさい」


 青年が扇をひらくと、広間の襖が一斉に開いた。無数の影が、螺旋を描くように私を取り囲む。人の形をしているが、表情も足音もない。まるで抜け殻。


 胸が凍りついた。サバイバル? そんな冗談みたいな言葉が脳裏をよぎる。


「彼らは帰れなかった客人たち。踊り続け、朽ちるまでこの舞踏会に囚われる。さあ、あなたはどうなる?」


 オルゴールの音が急に速まり、影たちが舞い始める。優雅でおぞましい、死者の円舞曲。私は後ずさるが、背に冷たい鉄の扉が触れた。


「出口ですか?」

青年が続ける。

「ただし、開くかどうかは……あなたの鼓動次第」


 振り返り、扉に手をかける。だが鍵はないのに、びくともしない。

 影たちが迫る。肌に触れた瞬間、体温を吸われるような冷たさが走り、膝が崩れそうになる。


 無理だ。逃げられない──そう思った瞬間、胸ポケットの中で何かが震えた。祖母の形見の小さなオルゴールだ。勝手に蓋が開き、柔らかな旋律が広間に響く。


 影たちの動きが止まった。青年の目が細く見開かれる。


「その音……まさか現世の加護?」


 私はふらつく体で扉に手を伸ばし、再度押し込む。今度は、ゆっくり、わずかに隙間が生まれ──光が差し込んだ。


 だが、背後で青年が囁く。


「逃げ切れるとは限りませんよ。舞踏会は、誰の心にも棲むものですから」


 その声を振り切り、私は扉を押し開いた。


 ──次の瞬間、まぶしい街の灯りが視界を満たした。


 帰れたのか? いや、胸のオルゴールはまだ震えている。


 舞踏会は、終わっていないのかもしれない。

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