古香の舞踏会にて、オルゴールは死を歌う━━影のサバイバル━━
夜の都心で灯るはずのネオンが、今夜に限って奇妙に滲んでいた。会社帰りの私は、地下鉄の階段を上りきった瞬間、鼻先をかすめた古い香の匂いに立ち止まる。振り返ると、そこには場違いな木製の案内板がひっそりと立っていた。
──招待客 久遠カスミ様
今宵、舞踏会へようこそ
悪戯だろうと思った。だが次の瞬間、足元のアスファルトが軋み、視界は墨を流したように歪む。世界が反転し、私は畳敷きの広間に投げ出されていた。
天井には大正風の蝋燭灯、壁には血色の花が描かれた襖。遠くでオルゴールが軋みながら鳴り、その旋律はどこか人の呻き声に似ていた。
「ようこそ、客人」
鬼灯のように赤い和服をまとった青年が現れた。瞳が細く笑うが、光が宿っていない。
「ここは、常夜の舞踏会。帰り道を望むなら……まず、生き残りなさい」
青年が扇をひらくと、広間の襖が一斉に開いた。無数の影が、螺旋を描くように私を取り囲む。人の形をしているが、表情も足音もない。まるで抜け殻。
胸が凍りついた。サバイバル? そんな冗談みたいな言葉が脳裏をよぎる。
「彼らは帰れなかった客人たち。踊り続け、朽ちるまでこの舞踏会に囚われる。さあ、あなたはどうなる?」
オルゴールの音が急に速まり、影たちが舞い始める。優雅でおぞましい、死者の円舞曲。私は後ずさるが、背に冷たい鉄の扉が触れた。
「出口ですか?」
青年が続ける。
「ただし、開くかどうかは……あなたの鼓動次第」
振り返り、扉に手をかける。だが鍵はないのに、びくともしない。
影たちが迫る。肌に触れた瞬間、体温を吸われるような冷たさが走り、膝が崩れそうになる。
無理だ。逃げられない──そう思った瞬間、胸ポケットの中で何かが震えた。祖母の形見の小さなオルゴールだ。勝手に蓋が開き、柔らかな旋律が広間に響く。
影たちの動きが止まった。青年の目が細く見開かれる。
「その音……まさか現世の加護?」
私はふらつく体で扉に手を伸ばし、再度押し込む。今度は、ゆっくり、わずかに隙間が生まれ──光が差し込んだ。
だが、背後で青年が囁く。
「逃げ切れるとは限りませんよ。舞踏会は、誰の心にも棲むものですから」
その声を振り切り、私は扉を押し開いた。
──次の瞬間、まぶしい街の灯りが視界を満たした。
帰れたのか? いや、胸のオルゴールはまだ震えている。
舞踏会は、終わっていないのかもしれない。




