夜明け前 7
「着いたぞ」
そう言って、なつめはバイクのエンジンを切った。
学校からそのまま連れてこられたところ…
つい先ほどまで都心の高層ビル街の中を走っていたと思ったのに…
目の前には、古風な日本家屋の厳かな門扉。
白壁が左右に異様なまでに長く続いている。
見上げると、壁の向こうに松やら杉やらといった、きちんと手入れされているらしい樹木が見えた。
「ここは?」
ぽけっとしていると、いつのまにかヘルメットを脱いだなつめが、インターフォンらしきものに、声をかけている。
すぐに門扉が開いた。
―うわ…あぁ
中は緑溢れる日本庭園。
TVで見たことがある、豪勢な結婚式場の中庭のような風景が広がっていた。
丁寧に小川やら、小さな滝まで見える。
「いくぞ」
そういうと、なつめはバイクを転がして中に入っていく。
―いくぞって…
一緒に入っていっていいものなのか…
戸惑う
だって、もう会わないって言った、その日に。
すぐにまた会って、そのままずるずる一緒にいるなんて…
「何してる?」
なつめは、夢を振り返り、声をかける。
「早くしろ」
「だって…」
「なつめ様、いらっしゃいませ」
すると中から、スーツをびしっと着こなした、初老の紳士が現れた。
見覚えのある顔…夢も知っている、神城家の執事の中谷だ。
丁寧に頭を下げて、なつめを迎えている。
「いらっしゃいませ、夢さん」
柔和な笑顔を見せて、中谷は夢にも頭を下げた。
状況が飲み込めていないながら、それを受けて夢もちょこんと頭だけ下げて挨拶を済ます。
「すまない。突然」
「いえ。大丈夫でございます。今お時間が丁度空いたところです」
「丁度良かった。悪いけど、バイクお願いしてもいいかな?」
「もちろんでございます」
なつめとそんな会話を交わすと、中谷は一緒についてきた青年達になにやら指示をした。青年はなつめからバイクを受け取る。
「夢…」
「え?」
「メット」
なつめはそう言って、夢の手からヘルメットをとると、一緒に青年に手渡す。
「行くぞ」
「あ…うん」
「こちらでございます」
―なんだかよくわからないけど…
中谷を先頭に、庭園を歩いていく。
「ね、ねえ、なつめ?」
「あ?」
「ここって…」
「あれ?お前、ここは初めてだったか?」
そう言って、ちらっと夢に視線だけを向ける。
「神城の本宅」
―え?
「ちなみに、俺が住んでいるのは、別宅」
―え?えええ!?
あれが…別宅?
あれが?!
なつめがすごい屋敷に住んでいるのを夢は知っている。
めちゃくちゃ広い、お城と言ってもいいくらいの豪邸だ。庭だって恐ろしいほど広い。
―てっきりあれが…本宅だと思ってた。
「こんなことくらいで驚いてたら、身が持たないぜ」
そう言って、なつめは意地悪そうに笑ってみせる。
夢は改めて視線を周囲へ向けた。
なつめが住んでいる場所とは、まったく反対の雰囲気が漂う。
別宅と呼ばれるほうは、西洋、そうまるでヨーロッパの古城を思わせる佇まいだった。
それに反して、こちらは純和風。
あちらはあちらでそれはもう、もの凄い豪勢なのだが…
―この庭も…すごい
夢は自然と息を呑む。厳か…という言葉がよく合う。
きちんと手入れされた小立ちの中、石畳の上を静かに進んでいく3人。
苔むした岩が厳かな雰囲気を醸し出す庭園…
ひとつひとつの造形がものすごく自然だ。
しかし確実に人の手が入っている精巧な庭…
ひとつひとつのことに感動すら覚えていると、向こう側にやっと、屋敷らしい屋根が見えてきた。
そしてそこまで来て、ようやく気づく。
―待って…なんで私、今なつめと一緒に本宅にいるの?しかも神城の…本宅に
一気に不安になった。
と、なつめが突然夢の腕をとった。
-今度は逃げるなよ
言葉が頭に流れてくる。
「なつめ…」
-そんな不安そうな顔すんな。
と、頭の中に言葉が返ってくる。
「だって…」
一体、なつめは…何をしにきたの?私は、ここに何しにきたの?
ようやく、玄関にたどり着く。
と、十数人の着物を着た女の人たちがずらりと並んで待ち構えていた。
全員が頭を下げているのを見て、夢はたじろぐ。
―TVで見たことがある、そう、まるで旅館のような出迎え。
しかし、そんな夢のことは気にも留めず、中谷をはじめ、なつめもなにも言わずにドンドン中に入っていった。夢も仕方なく後に続く…が、どうにも落ち着かず、どうしても、キョロキョロと周りを見回してしまう。
そこに広がる屋敷の内部は、すごい…のひと言に尽きた。
神城家の本宅だけあって…荘厳だった。
質素で古風な作りの日本家屋なのだが…その雰囲気が…歴史を感じさせる威圧感を放っている。
なんとも形容しがたい重厚な空気…
夢はなつめが言っていたことを思い出す。
―家に萎縮する。
その言葉の意味を改めて理解した。
人を圧倒させる空気が、この家にはある。
なつめの住んでいる別宅のほうも、もちろんそう言った雰囲気はあるが…
ここはまた格別だった。
しばらく進むと、数人が待合室らしきところ…といってももの凄い重厚な部屋なのだが…
ソファに座っている姿が見えた。
―あれ?
夢は気づく。
そこに座っている初老の紳士の顔にいやというほど見覚えがあった。それもそうだ、TVでよく見たことがある人物。
―確か政治家の…
すると突然、そこにいる全員が立ち上がったので、夢は驚いた。
と…なつめに対して丁寧におじきをしている。
それに対して、なつめは素っ気無く頭を軽く下げただけで、そのまま素通りしていく。
夢は、そんななつめを見上げる。
―なつめは、なつめだが…なにか、世界が…違う。
そしてまた気づく。
―あ…れ?あの人も…
確か外国の…とても偉い人。どうしてこんなところにいるのか…
やはり彼もなつめに頭を下げる。
なつめは同じようにして、そのまま素通りする。
―何?ここ?どうなってるの?
戸惑いながらも、夢は理解する。これが、神城財閥の力なのだ…
「みんな爺さんに会いに来てんだ」
「え?」
なつめが、ぼそりとつぶやく。
「ここでは、これが日常茶飯事。すぐ慣れる」
そういいながら、厳かな廊下をドンドン進んでいく。
かなり歩いた気がする。
いろいろなものに驚きながら来たから、時間の感覚がおかしくなってはいる…
ようやく中谷が立ち止まり、そのまま廊下の脇に寄った。
廊下の色が変わっているところ。
向こうは、さらに漆の輝く廊下が続いているのが見えている。
「私はここで…」
その言葉になつめはうなづく。
「ありがとう」
そう言って、なつめはさらに先に進む。
中谷はそれを頭を下げて見送った。
―え?
「夢、行くぞ」
「あ…うん」
「いってらっしゃいませ」
中谷が静かに微笑んで2人を送り出す。
―ここから先は、2人だけ?
日の差込む廊下をずんずん進んでいくなつめ。
その背中を見つめ、夢は以前より大きくなったように感じていた。
今朝も確かに思った…
―逞しい…と。
なつめはいつの間に、こんなに逞しくなったんだろう。
しばらく歩いて…やっとなつめは足を止めた。
そこは廊下の突き当たり。
「なつめ?」
さすがに不安で、心細くて思わずなつめの名前を呼ぶ、と、なつめがにっと笑って見せた。
「夢、お前はいつも通りでいい。そのままでいろ」
「え?」
「ただし、逃げるのだけは無しだ。いいな」
「え?」
「今から爺さんに会う」
―え?!
嘘…あの神城道胤に?
そう思いつつも、なんとなくそう予感していた自分もいた。
そのまま、なんとなくここまで来てしまったけど…
「どうして?」
「ん?」
「どうして、私が?」
「言ったろう?対決するって?」
そう言って、なつめは目の前の扉に手をかける。
―対決って?
「なつめです。入ります」
有無を言わさず、なつめはそのまま扉を開ける。
開けてしまった。
明るい、広い部屋…
この家を象徴するように質素だが、厳かな雰囲気の部屋。
その向こうの、窓際に、その人物はいた。
車椅子に乗っている。
お茶を飲みながら、庭のほうを見ていた。
なつめは、夢を誘い、扉を閉めた。
そのまま数歩、中に進む。
「なつめか…」
静かにその人物は言った。
低くしわがれた声。
―この人が、この国を…いや先進国の中枢を支える影の人物、神城道胤。
「はい…」
そう返事するなつめの声にいくらかの緊張感が伺える。
無理もない。
背中を向けていながら、この威圧感。
夢は幾度か見かけている。
そして。ちゃんと対面するのは2度目だ。
でも……この威圧感は少しも変わらない。
自然に、深呼吸をしている自分がいた。
そばに控えていた女性に、道胤が何か合図をすると、カチャカチャとお茶の準備を始める。
「お茶はいりません」
なつめは先に進み、道胤のそばに近づいた。
「そう言うな。いい紅茶が手に入ってな。お前も飲みなさい」
「いえ…すぐに済みますから」
「…ふん?」
そう言って、道胤はようやく振り返った。
ゆっくりとなつめと、そして、夢へと視線を向ける。
目が…合った。
今年90歳になると聞いている。
とてもそんな風には見えない。
この家のような重厚な威圧感のある、人を圧するオーラ。
初めて会ったときは、まだ杖を使っていた。今は車椅子になっているが…
そのオーラは少しも衰えていない。
「すみませんが、人払いをお願いします」
なつめが静かにそう言った。
道胤の視線がなつめへと向く。
道胤の視線が自分から逸れたことで、ちょっと気を緩めることができた。
自然と呼吸が速くなっている、
―落ち着け、飲まれるな…
そう自分に言い聞かせる。
なつめと道胤は、何も言わない。
しばらく2人は視線を合わせている。
―すごい…
なつめは一歩も引かないが、妙な緊張感と圧を感じる。
―緊迫の時間…
そして、やっと道胤が動いた。
静かに顎を動かす。
思わず、息を吐く。
緊張、する。
それを合図に後ろに控えていた女性が静かに頭を下げ、部屋を出て行く。
メイド然としているが、きっと道胤のボディーガードも兼ねているのだろう。
―只者じゃない人ばかり。
この家は化け物屋敷だ…
そして、その化け物達の上に君臨する人物が、今、目の前にいる。
「これでいいかな」
と道胤が、紅茶を飲みながら、声をかけた。
「ありがとうございます」
なつめは静かに頭を下げる。
「そこのお嬢さんは…一度会ったことがあったね…」
急に話を振られ、ちょっと驚く。
顔を上げると、道胤と視線が合った。
「はい…」
声がやっと出た。
頭を下げることができた。
「確か、名前は…」
「初木…夢です」
「そうだったね……で?」
と言って、なつめを見上げる。
なつめは、その視線を受けながら、静かに言った。
「彼女は、俺が一番大事にしたいと思っている人です」
その声に、どきんと鼓動が跳ね上がった。
「ほう…」
道胤の表情が少し変わる。
「思う人がいる状態で、婚約はできません。申し訳ありませんが、昨日いただいたお話、お断りしたいと思います」
少しの躊躇もみせず、なつめはそう言い切った。
まっすぐに道胤を見つめながら、微動だせずに…
―なつめ…やっぱり凄く強くなったよ…
道胤は、持っていたカップをソーサーに戻す。
ふん、と一つ深く息を吐いた。
「今言ったことがどういうことか、分かっていっているのか?なつめ…」
すごい緊張感が場に漲っている。この圧と圧のぶつかり合いに、自分がどれだけ耐えられるだろう…
握った手の平に汗がにじんでいる。
―なつめ…どうして?
対決って、こういうことだったのだろうか…
なつめは静かにうなづく。
「はい」
道胤はなつめを見つめる。
なつめも、その視線を静かに受け止めていた。
一緒にその場にいる夢のほうが、膝を折りそうだった。ただ視線を合わせているだけなのに、この空気。
すると道胤が口を開いた。
「で、お前はどうするつもりだ?」
―え?どうするって?
なつめは変わらずまっすぐに道胤を見ている。
「神城に迷惑をかけるつもりはありません。むしろ、このまま縁談話を進めるほうが、双方にとって無益です。俺は絶対に夢を忘れられませんから」
そう言って、なつめはちらりと夢を見た。
どきんっとまた心臓が、跳ね上がる。
やさしい眼差し…
―どうしよう、どうしようっ。私やっぱりなつめが…
再びなつめは道胤のほうに視線を戻す。息を一つ吐いて…
「俺は、父と同じにはなりたくありません」
そう言った。
その言葉に、道胤の表情がはじめて曇る。
―う…あ…
夢は堪らず心のうちで唸る。オーラの質が一気に変わり、また重くなったように感じたからだ…
なつめは構わず話を進める。
「婚約という手段を使わなくても、双方のメリットは築けるはずです。むしろその方がビジネスとしては筋のはず」
「ビジネスか…吹いたな、なつめ」
「吹くくらいでなければ、自分の意志は貫けません」
そのなつめの言葉を受けて、道胤のオーラが弱まったように思う。
「ほほう…」
にやりと笑を見せる道胤。
なんとなく…会話を楽しんでいるように見えた。
なつめは、そのまま続ける。
「それに…勝算がなければ言いません」
「ほう…勝算なあ……」
考え込むようにして、手を組む。
「ロバート、青木、崙の3人ですら落とせなかった相手だぞ。しかも向こうからの申し出である婚約話だ。それをこちらから破棄して…それでも尚、勝算があると?」
「はい」
楽しそうに、道胤はなつめを見やる。
「女のために命を張るか…」
「はい…」
「その娘さんにはそれだけの価値があるか?」
「俺にとっては、何物にも変えがたいものです」
―なつめ…
思わず涙腺が緩む。
どうしよう…なんで…?こんな私のために?これはうぬぼれなの?
瞬間、空気が冷たくなった気がした。
「ダメだと言ったら?」
道胤のトーンが低くなった。
ふっと感じる、ものすごい威圧感。
普通の人なら、そのまま膝をつきたくなるような、そんなオーラが一気に漲った。
―やっぱり、化け物よ。この人
しかし、なつめは、やはり微動だにしない…
―すごい、なつめ。本当に、強くなった。
むしろ、笑すら浮かべている。
「…神城を出ます」
―え?!
さらっと言った。すごいことを…今。
「ほう…」
「それだけのことです」
「ほほう…それだけ…と言うか」
「俺の優先順位が、そういうことだということです。仕事と大事な人なら、大事な人を優先する。俺はそういう生き方しか出来ません」
「…ふん。奇麗事を並べたな…」
睨みつけるような、そんな笑をなつめに向ける。
「大事な人を幸せにするための仕事と家です。そうでなければ意味がない。俺はそういう生き方をしたい」
道胤は何も言わない。
ただ静かになつめを見つめるだけ。
「……」
なつめも何も言わない。
緊張感がさらにさらに増す。
2人の対決を、ただずっと眺めるしかない。
重苦しい空気に、呼吸困難になりそうだった。
「今日は珍しく饒舌だな…なつめ」
「必要なときはいくらでもしゃべりますよ。俺は」
ふん…と道胤が笑った。
「若いなあ…」
「それだけが取柄ですから。…今のところは、ですが」
なつめもそう言って笑い返す。
「血は争えんか…」
そう言って、視線を私に向けた。
幾分か、迫力が薄くなっている気がする。
「お嬢さんは、確か不思議な力が使えるのだったな…」
「え?!」
―な、なんでそのことを!
数人しか知らない、この力のことを、どうして、道胤が知っているのか?
思わずなつめを見ると、なつめも驚きを隠せない表情をしていた。
ということは…なつめはしゃべっていない。
「はははは…」
と道胤は高らかな笑い声を上げた。
「老いぼれとはいえ、まだまだ現役よ。その辺りの事はちゃんと抑えておる」
そう言って、柔和な笑を見せる。
「なつめを何度も助けてくれているそうだね」
―え?そんなことまで?!
道胤と視線があう。先ほどとは別人のような、柔和な空気を感じた。
すべてお見通しだ…といった深い眼差し。
―そうか、そうだよね…
確かに夢は数人は姿を見られている…なつめのボディーガードにもこの力のことは知られていた。
と、ぐるぐると考えていると、道胤が近寄ってきて…夢は思わずたじろいでしまう。
道胤は、しばらくじっと夢の顔を見つめていた。
何も言わない。ただ見ているだけ。
―呑まれる。
まっすぐに見つめられて…まるで蛇に睨まれた蛙になった気分だった。
なつめはよく平気で、こんな人の前で話ができる、と本当にそう思った。
「若いのに…」
「え?」
厳しい目つきのまま、道胤がつぶやいた。
「やはり、死線を越えてきた目をしている…」
―っ!?
怖い、とそう思った。
まるで自分と同じ力があるのじゃないかと思うくらい。
前にも、道胤に言われたことのある言葉。
―なんだろう…
その目を見ていると、心の底まで覗かれそうな気がする。
なのに、目が離せない。
ふん…
一つ息を吐くと、道胤はくるりと車椅子を返し、元の位置に戻った。
「いいだろう。お前の好きにしなさい、なつめ」
そう言った。確かに今、道胤が…
「ただし…」
そう言って、なつめを見やる視線が、これまでになく厳しいものになる。
ぞくっとするような目つきだ…
「二言は許されないぞ」
「…はい」
静かに答えるなつめ。その表情が引き締まったものになる。
その表情をしばらく見つめてから…道胤が口を開いた。
「今回の件、お前に任せる。話をまとめろ」
「はい」
「サポートに、佐々木と崙をつける。お前の采配で自由に動かせ。他に必要なものがあれば言いなさい。全面的にバックアップを整えさせる」
「ありがとうございます」
すごい勢いで、話がまとまっていく。夢にはまるでわからないが…暗号のような会話がどんどん続く。
こうしてみると、なつめが別の世界の人のように見えた。
こんなにも頼もしい。
なつめは、変わったんだ…
そう思う。
目の前で目を見張っていると、ふと道胤が呟いた。
「なつめ…」
「はい」
「……儂より先に死ぬなよ。夢見が悪いからな」
「死ぬつもりは毛頭ありません」
「…言っておくが、お前で荷が重いと判断したときは」
「わかっています」
遮るように、先になつめが言った。
その言葉を聞いて、道胤が再び笑を見せる。
「吹くようになったなあ」
「残念ながら、それは血ですね」
「はは…」
おかしそうに笑うと、その視線を夢へと向けた。
「お嬢さん…夢さん…だったかな?」
―え?
「あ…はい!」
突然名前を呼ばれて、どぎまぎする。
「前にも言ったが…なつめを頼む…」
そう…確かに以前にもそういわれた。初めて道胤に会ったときに…
「その力で救ってやってくれ」
「夢は巻き込みません」
―え?
なつめが私より先に口を開いた。
「なつめ?」
「自分の力でやり遂げます」
なつめはまっすぐに道胤を見つめ、いや、睨みつけてさえいるように見えた。
「ほほう」
さらに楽しそうに、道胤は笑を見せた。
孫の成長を楽しんでいるように見える。
「はははは…では、その「ほら」を見せてもらうとするか」
「はい」
なつめが返事をすると、道胤はひらひらと右手の甲を振った。
話は以上で終了という意味だろう。
なつめは静かに頭を下げると踵を返した。 慌てて頭を下げて、なつめの後に続く。
なんとなく…後ろが気になって振り返ると、道胤と…視線が合った。
-頼むな…
と言われたような気がして…
夢は深々とうなづいて見せた。
すると…
道胤は…少し眼差しをやさしくして、微笑んだように見えた。
夢は、そのまま道胤の部屋を後にした。