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夜明け前  作者: ななまる
6/8

夜明け前 6

キーンコーン


 チャイムが教室に鳴り響く。


―やっと終わった…


 授業終了の合図に夢は内心、ほっと息をつく。

 教壇の若い数学教師が元気よく挨拶をして、教室を出て行くと教室が一気にざわついた。


 帰り支度を始める者

 部活へと向かう準備を始める者

 友達の下へ駆け寄っていく者


 活気あふれる教室内。


―まるで、別の世界…


 一番後ろの窓がわの席で、その風景をぼうっと眺めながら、夢はそんなことを思う。

 両目に腫れがまだ残っていた。


 未明から泣き続けていたためか、見事に腫れ上がってしまった両目。

 学校を休んでもよかったが…

 「学校に行け」と言っていたなつめの言葉を思い出し、重い腰を上げた。

 朝、その顔をみた祖父が声をかけてきたが、差し障りのない返事しかしなかった。

 祖父はそれ以上、何も聞かないでいてくれた。

 説明する元気もなかったので、ありがたかった。


 窓にかすかに映った自分の表情は、朝とあまり変わらない。


―ひどい顔…


 はあ


 ため息が自然にこぼれる。


 長い一日だった。

 早朝のことが、もうまるで大昔のことのような気がする。

 なつめと会ったのが、もう何年も前のような…


 その前だって、1ヶ月も会ってなかったのに、そちらのほうがずっと短く感じるのが不思議だった。


 自分から決別しておいて、未練たらしくいつまでも考えている自分がいやだった。

 でもすぐに頭に浮かぶ別れ際のなつめの顔。

 また、胸に何かが突き刺さったような痛みが走る。

 涙腺が緩んだ。


―私って、泣き虫だったんだな…


 改めて自覚する。

 こんなに涙って出るんだ…

 人間の体ってすごい。


 一生分の涙を出しつくす。

 そんな比喩をよく目にしたが、本当にそれくらい泣き続けていた早朝。

 まだ出ようとする涙があることに、驚くほどだ。



 ふと気づくと…

 いつの間にか、ほとんど教室の中から生徒がいなくなっている。


―いけない…早く帰ろう


 自分も帰り支度を始めようと席を立つと…

 男子生徒が一人、自分の脇に立っていることに気づいた。


―?


 珍しい。

 夢は、クラスの中で孤立している。

 わざと、自分から孤立するようにしてきた。

 この力を不用意に、使いたくないからだ。

 変な目で見られるのは慣れているが、なるべくなら使いたくない。


 極力、人との関わりを避ける。

 なるべく目立たないように、空気のような存在でいる。

 それが、夢の集団生活の中で過ごすための術だった。


 力のコントロールができるようになったとは言っても、やはりふいに気を許したときに、思わず余計な思考を読み取ってしまうことがある。

 そんなときは傷つくことのほうが多い。

 素知らぬ顔をしながら、自分の感情を押さえなければいけない。それは非常に疲れることだった。現に、こんなにひどい顔をして登校しても、朝から誰一人として声をかけてくるものなどいなかった。先生にしてもしかり。日頃からの行動が攻を奏した結果だろう。


 それなのに…


―なんだろう?


 見上げると、背の高い男子。

 見覚えがある。

 確か…隣のクラスの…金子君?

 野球部のエース級に目されている生徒だ。夢でも名前を知っているくらいだから、校内で有名人だった。女子から絶大な人気がある。


 自分に用があるとは思えず、後ろに誰かいるのかと確認する。

 誰もいなかった。


―私?


「初木、大丈夫か?」

「え?」


 今日、学校ではじめて声を出したかもしれない。

 金子は心配そうな顔をしていた。浅黒い顔に、やさしげなまなざしが伺える。


「さっきそこで見かけて、なんか心配になってさ。体調悪いのか?」

「……」

「顔色悪すぎだぜ」

「…?」


 金子と言葉を交わしたのは、初めてかもしれない。

 自分の名前を金子が知っていると言うことだけでも驚きだった。


 気さくに声をかけてきた彼は、さらに心配そうな表情をした。


「大丈夫」


 そっけない言葉が自分の口から出た。


「そうは見えないぜ。帰り一緒の方向だろう。送っていくよ」

「え?」


 自分に声をかけてきたものがいるだけでも驚きなのに、一緒に帰ろうなんていう人がいることにさらに驚いた。それに、自分が金子と一緒の方向だとも知らなかった。


「いい」


 そう言うと、金子が破顔した。


「そっけないなあ。本当に大丈夫か?なんか倒れちゃいそうでさ、見てて危なっかしくて…」


 そう言って金子は、笑顔を見せた。


「思わず声かけちまった。悪かったな」


 夢は首を振る。

 そうすると金子は邪気のない笑顔を見せた。


―ああ、この人、いい人なんだな…


 そう思った。

 でも…だからこそ、近づいちゃいけない。


「じゃ、一緒に校門まで行こうぜ」

「え?」

「おせっかいなのは、よくわかってる。けど俺がほっとけないの。それくらい許せよ」


 そう言って、夢の荷物を肩に担ぐと、先に歩き出した。


「あの…」

「いいから。行こうぜ」


 すたすたと歩いていってしまう。


―困ったな…


 なんとなく、こういった強引さがなつめに似ているように思った。

 いつもなら、絶対に拒否するのに…

 今日はその元気がない。

 金子の背中を、見つめながら仕方なく後を追った。


 その夢をちょっと振り返って、笑顔を見せる。


―変な人。


 自分に声をかけてくるだけでも変なのに、その自分に対して笑顔を見せる人がいるなんて…


 金子が先を歩いているが、とてもゆっくりした歩調であることに気づく。

 自分のことを気遣ってかなりゆっくり目に歩いてくれていた。


―優しい人だな、やっぱり


 しばらくそのまま金子の後に続いて歩く。

 と、ふと気づくと、すれ違う生徒や先生とやたら視線があうことに気づいた。


―注目されてる?


 ほとんどすれ違うみんなが金子を認めると笑顔をむけ、そして自分へと視線を合わせてきた。そのときには驚きの表情を浮かべている。

 校門近くにはまだ結構生徒が残っていて、そんな異質の二人を遠巻きに眺めていた。女子の姿が目立つ。


―やだな…やっぱり、金子君って人気あるんだ。


 目立つことは、したくない。

 後で面倒なことが起きなきゃいいけど…


 金子が隣に並んできた。


「大丈夫か?」


 いつの間にかうつむいてしまっている自分に、心配そうに声をかけてきた。


「なんなら保健室に行くか?」

「大丈夫…ありがとう。もうここで」

「え?」

「ありがとう。本当に大丈夫だから」


 そう言って、金子が持っている自分の荷物を取った。


「でも、顔色悪い。真っ青だぞ?」

「平気」


 金子がまだ自分を見ている。


「ありがとう」


 うつむいたまま、お礼を言う。金子の視線には合わせないように…


 と…




-夢…


 ふいに、聞きなれた声が頭に響く。

 あまりに聞きなれた声。

 背後から…


―なんで?声が聞こえるの?幻聴?


 でも確かに…後から。


 ゆっくりと振り返ると…


 校門の前。

 バイクに寄りかかっている、青年が見えた……ジャンバーにブルージーンズというラフな格好をしている。


 校門を出た女子生徒が「きゃっ」と黄色い声を上げながらその青年の前を通り過ぎていく。

 そんな女子には一切目も向けず、まっすぐにこちらを見ていた。

 視線が合った。


「…なんで?」


 なつめが…


 まっすぐに自分を見つめている。


「うそ…」

「初木?」


 金子が怪訝そうに声をかけてきたが…それに答える余裕などなかった。


―なんで、なつめがここにいるの?


 バイクに寄りかかっていたなつめがゆっくりと身を起こす。

 ヘルメットを手に取ると、こちらに向かって歩いてきた。


 思わず、後ずさる。


―どうして?


「誰だ?あれ?」


 金子がなつめの姿を認めて、怪訝な声を上げた。


-夢、逃げるな。


 直接、頭の中に呼びかけてくるなつめの声。

 まっすぐに近づいているなつめ。


―うそ、どうして?


 逃げたい。でも、ここじゃ、力を使えない。

 金子君がいる。まわりにたくさんの人がいすぎる。

 走り出したいのに、足がそれ以上動かなかった。


「初木?…おい?」


 金子が自分の表情をみて驚いている。


 なつめがすぐに目の前に来ていた。

 精悍な顔つきにやや疲れが見れる。冷たいまなざし。怒気が感じられた。


―怒ってる


 怒られて当然だ。

 逃げるような、あんな別れ方をしたのだから


 でも、もう会わないって言ったのに…


 と、ふっと、金子の背中が視界をふさぐ。


―え?


 なつめの前に…金子が身を乗り出したのだ。


「なんだ。あんた」


 なつめに向かって、言い放った金子。


―え?!


 突然の行動に、戸惑う。


―金子君?


 険悪な雰囲気に、なつめの怒気が強くなるのを感じた。


「初木に何の用だ」

「?」

「泣いてるじゃないか。あんたのせいか?」


 そう言われて、はじめて自分が泣いていることに気づく。


「お前には関係ない」


 そう言い放つと、なつめが、金子を避けるようにして前に歩み出てきた。

 なつめと視線が合う。


「夢、待ってた」

「ちょっと待てよ、あんた」


 そのなつめに食って掛かっていく金子。

 突然の展開に、どうしていいのかわからなくて、立ちすくんでしまう。


 なつめの怒気が膨れ上がるのを感じる。鋭い目つきをなつめは金子を向けた。


「関係ないと言ったろう。どいてくれ」

「んだと?」


 負けじと睨み返す金子。

 だが…


「どけ」


 そう言い放つなつめの語気はとても静かだが…

 ものすごい迫力を感じた。


―役者が違う。


 そして…

 なつめの気力に押されるように、ふら…と金子の背中が揺れた。


 この迫力に対抗できるものなどそういない。

 金子の背中がどき、なつめと再び視線があう。

 鋭い目つきのまま、なつめが見下ろしてくる。


「行くぞ」


 そう言ってヘルメットを渡される。

 受け取れない。

 動けない。


 なつめはひとつため息をつく。


―ったく…


 という声が聞こえてきそうだった。


「なんで…もう会わないって言ったよ」


 ぼろぼろと涙があふれてくる。

 そんな表情を見て、なつめが苦笑した。


「ひどい顔してんなぁ」

「…っ!だって」

「あんな一方的な別れ方があるか。あんな振られ方は認めない」


 言い放つなつめ。


「どうせ振るなら、もっとマシなこと言え」

「なによ、それ…」


 あふれ出る涙を止められない。


「それになあ…」


 ふいに、目の前に影がよぎる。


「その顔は、余計煽るんだって…」


―え?


「…知らないだろう」


 きゃあ、と女の子の黄色い声が耳についた。


―なつめの唇が…


 今、キス…された?私…


 金子の驚愕の表情が見えた。


「行くぞ」


 そう言って、有無を言わさず腕を掴まれる。

 そのまま肩を組まれ、背中に腕を回された。

 歩かざるを得ない。


 なつめに導かれるように、歩を進める。

 金子が悔しそうにうつむくのが見えた。

 がっしりと肩を抱かれている。

 なつめは、澄ました表情のまま、どんどん歩いていく。


「な…つめ?」

「よりによって、男連れで出てきやがって」

「え?」

「明日騒がれても、俺のせいじゃないからな」

「…?」


 そういって、意地悪そうに笑みを浮かべている。


―え?


 見ると、周囲の注目の的だった。

 きゃあきゃあ言っている女子生徒や男子生徒が集まっている。その中に見覚えのある顔もちらほらと見えた。


 恥ずかしくて、視線を落とす。


―なつめってこんな大胆だっけ?


 ううん、なつめってこういう奴。


 瞬間、流れ込んでくる。なつめの思考。


-お前が悪い。


 そう言っている。


 なつめの凛々しいあごのラインを見上げると…

 いたずらっ子のような顔で見下ろしてきた。


―うわ…


 全部承知の上で、やったのだ。

 公衆の面前なら私が逃げられないこともわかっててここに来た。

 そして今、キスしたのだって…

 金子がいたから…


 そう。これがなつめなのだ。

 それを、さも自然にさらっとやりきってしまうのだ。


 大胆で、無敵で…不敵


―やられた…


 悔しい思いと、そして安心感でわけがわからなくなる。

 頭が混乱して…

 なされるがまま…

 いつの間にか、バイクの前に連れてこられた。

 そのまま、すぽん、とヘルメットをかぶされる。なつめもフルフェイスのメットをかぶり、バイクにまたがった。


「乗れ」

「え?」

「いつまでもここにいるか?」


 それは、嫌だった。今だってドンドン人が集まってきている。


「…う」

「ほら」


 早くしろといわんばかりに、顎で座席を示す。

 観念するしかなかった。

 おずおずとなつめの後ろに跨がった。

 両手の行き場に困って、おろおろしていると、なつめが振り返った。


「何してる」

「だって…」

「ぐずぐずすんな、ほら」


 そういいながら、両手をつかまれ、しっかりとなつめの腰に回された。

 前でがっちりと組まされる。

 全身になつめの体温を感じた。


―ああ。どうしよう…

 暖かくて…心地よい。


「しっかり掴まってろよ。振り落とすぞ」


 にっと笑いながら、景気よくエンジンをふかす。


-いくぞ。


 頭の中になつめの声が響く。

 勢い、なつめの腰に回した手に力を入れる。


 それを合図に、なつめはアクセルを全開にした。

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