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夜明け前  作者: ななまる
5/8

夜明け前 5

-大丈夫


 なつめのしっかりとした声が夢の鼓膜を捉えた。

 今までとは明らかに一転した口調に驚く。


 混乱した頭と、かつて感じたこのない体の火照りに翻弄されて状況の変化に追いついていけない。

 自分をしっかりと包んでいた腕の力が少し弱まり、見上げるとなつめの、まっすぐに見つめてくる瞳に捉われた。


 なつめから発せられるオーラに、飲み込まれるそうになりさらに意識が飛びそうになる。

 その意識をつなぎとめるのに、精一杯だった。


 なつめは、時々驚くほどの生気を放出する。

 生者のオーラ。

 それをどう呼ぶのか、夢にはわからない。

 なつめは、普通の人にはない、驚くほどの強い気を持っている。


 この気…オーラがあったから、なつめに出会えた。

 人に影響を与えるほどの威圧感は、このオーラがあればこそ…

 夢はいつも少なからずこのオーラの影響を受けていた。


 圧倒される

 生きるという、強いエネルギー


 すごい…といつも思う。

 自分には、ないものだ。

 何より、このオーラが、死の淵にいた自分を救ってくれたのだ。


 なつめに会えてなかったら…もう自分はいなかった、この世に。


 そのオーラが今、もの凄く放出されている。

 なんとも形容しがたい、もの凄い熱い空気に夢は包まれていた。


 くらくらする…


 それはなつめからの強い意志の象徴だ。


 自分の気持ちを少し落ち着かせて、改めてなつめを見る。

 先ほどまでとは、やはり、違う。

 あまりの変わりように、戸惑う。


 一点の曇りのない表情が、まぶしいばかり輝いてみえた。


―どうしたんだろう?急に?


 いつも以上の威圧感。

 さらになつめが大きくなったような、そんな気がした。


 翻弄された意識の中で、自分が口走ったことがよくわからない。

 しかし、その言葉をきっかけになつめが変わったことは確かだった。


「な…つめ?」


 ふ…となつめは微笑む。

 覇気が少しばかり弱まる。


 そして、背中に腕を回されると、抱き起こされた。


―力強い…


 いつの間になつめはこんなにも逞しくなったのだろう。

 その逞しい腕にされるがままになっていた。

 なつめは、衣服の乱れを直してくれ、そして、まっすぐに見つめてくる。

 強いまなざし。


「俺は、親父のようにはならない」


 しっかりとした、口調だった。

 気負いも何もない。

 ただそこに見えるのは、なつめの強い意志と生気と自信だけ。


 こうなったなつめは、とても強い。

 でも…

  

―神城光一郎と同じようにはならない…なってはいけないと思う。


 夢は一度、なつめから光一郎の形見の時計を触らせてもらったことがあった。


 熱さと悲しさが一気に押し寄せてきた。

 光一郎の思念だった…


 苦しみが押し寄せてきて、自然と涙が出た。


 なつめは、あんな想いをしてはダメだ。


 神城で生きていくためには、弱みを見せてはダメだ。

 そうでなくても、なつめの取り巻く環境は複雑だった。

 私がそれは一番よく知っている。


 巨大するぎるのだ。敵が…


 なつめが平穏に暮らすには、自分は邪魔な存在になのだ。

 でも、この気持ちが、それに逆らおうとする。

 離れなくちゃいけないのに…


「夢、俺はお前が好きだ」

 

 なつめの強い言葉が胸を突く。


―ああ…どうしよう、涙が出ちゃう…


 夢は歓喜に胸が震えるのを必死で抑えた。

 ずっと聴きたかった言葉だった。

 決して現実では聞けない言葉だった。

 この言葉を夢はずっと以前から、なつめに触れるたびに聞いていた。

 決して、口に出して言ってくれるものではない言葉。

 その言葉は現実味のないものだったのだ。

 それがなぜだかも、夢にはわかっていた。


 この想いを成就させることはできない。

 それがなつめが神城家に入るということ。


 それが今まさに現実となって、自分の耳に聞こえる。

 

―本当に…現実なんだろうか。こんな幸せってあるんだろうか?


「俺もお前と離れたくない…離れる気はない」


 まっすぐに見つめられ、たまらなくなって視線を落とした。

 また涙が落ちる。


 そっと、腕を伸ばしてきたなつめ。優しく頬をなでられる。

 涙をぬぐってくれたのだ。

 そんな一つ一つの動作に、感動を覚え、夢は溢れる涙を止められなかった。


―どうしよう…涙が止まらない…この気持ちを止められない。


「ごめんな、不安だったんだろう?ずっと」


 内心を言い当てられ、堪らずうなずいた。

 後から後から涙が溢れ、ぽたぽたとベットに落ちていく。


―こんなに涙が出るなんて…


 なつめは優しく、その頬を撫で続けてくれた。


「夢…」


 ふわっと頭に手を置かれ、なでてくれた。

 たまらなく心地よく、夢は幸せな気分になった。


―どうしよう、もう止まらないよ…なつめから離れなくちゃいけないのに。


「やっぱり俺は、じいさんと対決する」


―え?あの、神城道胤と対決?

 

 なつめの覇気とはまた違った重厚のある、人を飲み込む覇気を持つ人物。

 夢は1度面と向かって対面したことがあった。


 とんでもない人物。

 こんな人間がいるんだと思った一人である。

 そして、なつめは間違いなくその祖父の素質を濃厚に引き継いだ一人なんだと実感した。

 人を引き込み、そして萎縮させるオーラを全身から放出し、その「気」で、人に影響を与える種の人間。


 あの人物と対峙するだけでもかなりのエネルギーを使うはず…

 なつめをはるかに凌ぐあの気を持った道胤と対決?


―無理だ…


「対決って…」

「そうしなくちゃいけなかったんだ」


 優しいまなざし。

 でもその奥には、さきほどから感じる強い意志の色がはっきりと現れていた。

 迷いや気負いの一切ない表情。むしろ、静かな自信さえ伺える。


 久しく見ていない、自信にあふれた姿だった。


「なつめ…どうしたの?」

「うん?」

「なんか、変わった…」


 そういうと、また優しい微笑を見せた。

 そしてやわらかく、頬をぬぐってくれる。


「変わったか?」

「…ううん、違う。元に戻ったっていうか…」


 そう、神城家に入る前のなつめの雰囲気に似ている。

 誰にも屈しない気高い孤高の狼のような…


「迷いがふっきれた」


 強い瞳のまま、なつめはそうつぶやく。


「今まで、神城と、この家とじいさん、その雰囲気に飲まれすぎ。萎縮しすぎてた。ったく情けねえ。おかげで、夢を泣かせっぱなしだ」


 そう言って、いつもの癖でなつめは頭をかき上げる。


「嫌な家だぜ、ここは。でももう大丈夫」

「大丈夫…って」


 不敵な笑みを浮かべ、なつめはうなづいて見せた。


「婚約は断る」

「?!…だって」

「夢、お前さっき言ったな?同じことを繰り返しちゃだめだって…」

「う…ん」

「だからそうするんだ」

「え?」

「俺は腹を決めた…っていうか決めてんだな。きっとずっと前から」


 そう言って苦笑すると、ふいに笑顔を消して、まっすぐ視線を向けられる。


「お前とは離れない。だから、お前も俺の前から消えるな」

「…なつめ」

「いいな」


 強い口調。


―どうしてこういうとき命令口調なんだろう。なつめって…


 どこからその自信がくるのか、夢にはわからない。

 でも…必ず実現させるという意思が伝わってくる。


―強い…なつめは…


 夢はたまらず下を向いた。


―でも、それでも私の存在は必ず邪魔になる。私は、なつめには不釣合いだ。


 この力のせい

 この力のせいで、肉親にすら、接することができなかったのだ。

 唯一、祖父だけが夢のことを理解し受け入れてくれた。


 この力は、人殺しの道具だ。


 物心付く前に、この力でたくさんの人の命を奪った。

 本能だけの時期のこと。力のコントロールの利かない幼いころ

 自分の両親でさえ手にかけた。その感触と光景が今でも鮮烈によみがえる。


―自分は、殺人者だ。私の手は汚れている…


 この国を背負って立つ者を目指すなつめとは、あまりに不釣合いすぎる。

 自分には生きている資格などなかったはずだ。


 そう、自分などどうでもいい。

 ずっとそう思いつづけてきた。

 自暴自棄になり死の直前まで自分を追い詰め続けていた日々。

 祖父がいたから、なんとか一線を踏みとどまっていただけだった。


 それを変えてくれてくれたのが、なつめだった。

 なつめは、この力を違う形で使うことできると教えてくれたのだ。


―そして…


 初めて、人が温かいと思った。

 初めて、人に触れたいと思った。

 初めて、人間らしい感情を持つことができた。

 初めて、…人を好きになった。

 初めて、好きという感情を知ることができた。

 初めて、嫉妬をするということを知った。

 初めて、うれしいということを知った。

 初めて、愛しいということを知った。


 それはすべてなつめがもたらしてくれるものだった。

 やっと心から安心できる人に出会えた。

 なつめは唯一無二の特別な存在なのだ。


 そんななつめに迷惑をかけることはできない。

 彼の邪魔は、できない。


 だから…


-もう来るな


 1ヶ月前にそういわれたとき、心が張り裂けるほど悲しかった。

 でも、どこかでほっとしたのも確かだった。

 自分から決別の言葉を言わなくて済んだと…


 いずれ離れなければならない運命。それが少し早まっただけだ…

 そう自分を無理やり納得させたのに…


 なつめの声が聞こえたとき…

 ほとんど無意識になつめのところに向かっていた。

 来るなといわれていたのに。

 「来るな」と、言われるとわかっているのに、自然になつめの元にむかっている

 心の奥底で、いつもなつめを求めている自分がいる。


 この想いはなつめの邪魔にしかならないのに。


 それが…

 今、自分の目の前にいるなつめが、自分のことを必要だと言ってくれている


―これは…現実なの?夢の世界のことなのか…


 翻弄されてわからなくなる。

 このあふれる覇気は現実のものなのだろうか?

 先ほどの甘く熱く、蕩けるよう感覚は、この世のものなのだろうか?


「夢?」


 なつめが問いかけてる。

 優しいまなざしがすぐ近くにある。


―わからない。どうしよう、だめだ…

 

 混乱する。

 その視線を受け止めきれずに、思わず下を向いた。


「どうした?」


 優しく、なつめが頭を撫ぜてくれる。

 そこから自分への想いが頭の中に流れ込んでくる。


―ああ…もう十分。


 これだけ、想われれば、自分はもう十分だ。

 現実になることのない、叶わぬ想いだとずっと思っていた。

 それが…今こうして、なつめの熱い想いを感じることができた。


 たとえ一瞬でも…


「夢、泣くな。お前泣き虫だったっけ?」


 半分苦笑しながら、なつめが優しく言った。

 そう言われて、また自分の目から涙があふれ出ていたことに気づいた。


「泣き虫じゃないもん」


 思わず出た強がり。

 その声が自分でも驚くくらい震えている。

 なつめの、ふっ、とした笑みが聞こえた。


「素直じゃないな、相変わらず」


 苦笑まじりの声。でもとても優しい声。

 勇気を振り絞る。


「なつめ…」

「ん?」


 言わなくちゃ。ちゃんと言わなくちゃ。

 自分に言い聞かす。


-同じことを繰り返してはダメだ…


 なつめには、婚約者がいる。

 なつめがちゃんと正面から見つめて、幸せにしてあげなくてはいけない相手がいるのだ。

 それは自分ではない。


 私は幸せになる権利などないのだ。


 それでも…

 ボディーガードとしてならば、なつめのそばにいることができる…そう思っていた。


 でも…

 いつしか自分が、それに耐えられなくなっていたことに気づいた。

 それに甘んじることが…いつしかできなくなっていた。


 このあふれる想いを止めることができない。

 なつめが違う女性と一緒にいるところをそばでずっと見守るなど、到底我慢できない。

 

―もう…無理なのだ。


 なつめをまっすぐに見れない。

 その目を見たら、圧倒されて気持ちが揺らぐ。

 下を向いたまま、懸命に口を動かした。


「ありがとう」

「ん」

「本当にありがとう、うれしかった」

「…?」

「でも……なつめとはもう一緒にいられない」

「…」


 一瞬、動揺したなつめの気を感じる。そのまま、構わず続ける。

 

―言わなくちゃ!


「なつめと会えて、本当によかった。私、本当に幸せだった」

「ちょ…待てよ、夢、何言って」

「感謝してもしきれないくらい。本当に大好き」

「?」

「だから、もう一緒に…いられない」


 声が、涙にかき消されそうになる。

 頑張れ、私!

 最後までちゃんと声にして伝えなくちゃ…


「おいっ!」


 なつめのオーラに怒気が混じるのを感じた。


「なつめとはもう会わない。もう来ない」

「夢?!」


 がっしりと掴まれる腕が痛かった。


「ちゃんと婚約者を幸せにして、あげてね」

「おい?!何言って…」

「大好きよ…なつめ」

「夢?」

「本当に…ありがとう…」


 何かを感じ取ったのか、なつめの表情が一変する。


「待てよ、夢!行くなっ!」

「もう行くね」

「夢っ!」

「さよ…なら」


 意識を集中する…

 

―家へ…


 目の前に捕らえていたなつめの顔が一瞬ぼやけた。

 そのまま、視界が揺れる。


「いくなっ!!」


 なつめの声が遠くで聞えた。


「夢っ!!」


 その精悍な表情が、乳白色の世界に消えていく。

 感じていた温かいなつめの体温が、全身から離れて、消えていく。

 なつめの香りが…消えていく…


 そして…

 完全に、なつめを感じなくなった








 気がつくと、自分の部屋だった。

 真っ暗な、何もない部屋。


「う……っ」


 自分の嗚咽が鼓膜をつく。


 胸が、張り裂けそうだった。

 痛い。

 痛い……


 息の仕方を忘れてしまったように、苦しかった。


―これでよかったのよ


 そう思う。

 でも…


「ああ…」


 声が漏れる。

 自分の声だとわからないほど、震えていた。


「ふっ…うっ、うあ、うう」


 とめどなく流れる涙で気がおかしくなりそうだった。

 視界がぼやけてよく見えない。


 袖で涙を拭いたとき…


 先ほどまで身近に感じていた香りに包まれていることに気づく。


 なつめの…上着。

 着たままだったんだ.


 なつめの顔が浮かぶ。

 もう会えない。二度と…


 この世で一番愛した人


―なつめ…ぇ


「なつ…めぇ。ううっうっ」


 なつめの香りに包まれている自分。

 なつめを抱きしめるように、自分の体を抱きしめる。


―あああああああああっ


 想いを吐き出すように、声を殺して泣いた。

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