夜明け前 1
大財閥に身を置いた「神城なつめ」。もうすぐ18歳になる彼は、いつも命を狙われる存在だった。そんな自分をいつも守ってくれている少女…夢。夢には、不思議な力があった。
「もう会うのはやめよう…」そう彼女に告げてから、1ヶ月が経っていた。二人の恋の行方は…?
ユメ…
自分の名前を呼ばれたような気がして、初木夢は目を覚ました。
優しく響く声…
聞きなれたトーン。
なつめのものだとすぐに分かる。
どうしても惹かれてたまらない声…
目を開け、辺りを見回す。自分のいつもの部屋。
いまどき珍しい古い平屋住まい。夢の部屋ももちろん和室だった。
押し入れ、ふすま、机、タンス…シルエットだけが見える。
中学2年生という年頃の女の子にしては、妙に色気のない、さっぱりとしたインテリアしかない。
カーテン越しに外の様子を見るが、まだ暗い。冬の朝の空気は漂ってくるが、まだ夜明けには時間がありそうだ。
枕もとに置いてある時計を見ると、まだ4時を過ぎたばかり。
―気のせい?
夢は心の中で、ひとりごちた。
―きっと自分の願望が聞かせた幻聴だ
冬の初めだけあって、外気が冷たい。
暖かい布団から、身を起こすのは外気に触れることになる。
なんとなくそれは、ためらわれた。
―気のせい。絶対に気のせい…
夢が再び、睡魔に導かれようとしたそのとき、
ユメ…
なつめの声が頭に響く。
―また…聞こえた。
「なつめ?」
声に出して名前を呼んでみる。
返事はない。
部屋には、自分ひとりしかいない。
夢…
また聞こえる、甘く自分を呼ぶ声。
―呼んでる、なつめが!
夢は気を研ぎ澄ませる。
瞬間、脳裏に浮かぶ、なつめの顔。
黒く吸い込まれそうな眼、意志の強いそうな眉、そしてやわらかく結んだ口元。まだ青年になり立ての若いオーラを身にまとった、なつめ。
独特のまぶしいばかりの覇気がそのしなやかな身を包んでいる。
少し長目の前髪から除くその眼が、熱く自分を見ていた。
その視線が、いつもと違う。
追い詰められたような雰囲気に、夢は不安になる。
―なつめ?
まさかっ、また何かあった?
夢は急いで布団から身を起こし、もう一度、部屋を見回した。
部屋には自分しかいない。それは夢にもわかっていた。
夢…
また聞こえる自分を呼ぶなつめの声。それは頭に直接響いてくるものだった。
―なつめが、呼んでる
再び脳裏になつめの顔を映す。
切なく自分を見つめてくるなつめの姿。不安げに映る瞳。
熱く滾る雰囲気はいつものなつめのままなのに、どこか危なげない。
夢は、その切ないまでに潤んだ黒い瞳に引き込まれた。
―私を呼んでる
でも…
_もう会うのはやめよう、俺のところに来るな
そうなつめ自身から直接言われたのは、つい1か月前
それから、なつめとは会っていない
夢…
夢は頭に響くなつめの声に首を強く降る
_今はそんなこといってられない
夢はぎゅっと目を瞑る。
―何かあったんだ
意識を脳裏に浮かぶなつめに向けた。
_急いでなつめのところに、行かなくちゃ
いつものように、夢はなつめの胸に飛び込むイメージを思い浮かべる。
体が一瞬軽くなったような錯覚を覚えた。かまわずそのままなつめを覆うまぶしく光るオーラに向かって、身を投じる。
静かに時が流れた。
ぱさり
乾いた音が、部屋に響く。
夢の体を包んでいた布団が、形が失い立てた音。
ぬくもりだけを残し、夢の姿はそこから掻き消えていた。