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虎の一嚙み、壁をも穿つ。

 そして。


「……存外、斬れるものですね」

「いやいや、普通無理だって。あたしだって隙間に入れるだけだってのに」

「その僅かな隙間へと正確に刃を入れられるあなたに言われるのも、正直どうかと思うのですが」


 鎧ごと騎士を斬り倒した私は、正直な感想を口にして。

 呆れたような口調でドミニクが応じる。

 そんな、いつものとも言えるような空気の中、私達はバーナード邸を制圧。


 残念ながら、お貴族様であるバーナードは一番手応えがなかった。


 というか、疲れのきている私達二人であっさり蹂躙出来る程度の戦力しか残っていなかったのは拍子抜けだった。

 騎士もいるにはいたのだが、あくまで僅か。

 それもこれも、ドミニクの策がはまりすぎたせいだろう。


 ともあれ、こうしてこの騒動は決着をみた。後継者候補の一人、バーナードの戦死という形で。

 あくまでも、暗殺ではなく戦闘による戦死、である。

 この形に出来たことが、面倒なことが多い貴族社会ではそれなりに重要なことだったりするらしい。

 騎士が決闘で負けた、に近い形だと言えばわかりやすいだろうか。

 意外とそういう形式に則るということは、重要なのだという。


「これで、この騒動は終わり、と」

「そういうこと。アーシュラのおかげで最高の決着にもってけたと思うよ。

 おかげで、エルビス様からの報酬にも色がつくだろうってもんさ」


 ニンマリと、ドミニクが笑う。裏がないかのように。

 彼女の場合、あるようなないような、不確かな空気だからどうにも落ち着かない。

 

「やはり、そこまで考えてのことでしたか」

「そりゃそうさ、あたしゃ食うために剣を振ってんだ。金にならないことはやらないし、儲けが増えるなら大体のことはやるよ?」


 などと嘯くドミニク。

 全てが嘘というわけでもない。

 けれど、全てではない。そんな声音。

 

「撃退だけでも、十分な報酬が出るでしょうに」

「ここで根っこから断ち切っておけば、エルビス様からの覚えもめでたくなるってもんだろ?

 伯爵様との人脈なんて、どれだけ使えるかあたしでも想像がつかない価値があるからね」

「なるほど」


 納得しながら私は刃を拭い、鞘に納める。

 確かに根無し草の平民が伯爵との縁を持つだなんて、普通は考えられない。

 住む世界が違うのだから、本来は。

 そんな普通を飛び越えてしまうのが、このドミニクが持つ特異性なのかも知れないが。

 なんてことを考えながら、私達は人気のなくなったバーナードの屋敷を後にした。


 そして、そんな彼女と並んで帰ったものだから。


「ありがとう、本当にありがとう!!」


 平民であるドミニクの手を両手で握りながら頭を下げるお貴族様、という珍しいものをすぐに目撃することも出来たわけだが。

 もちろん、頭を下げているのあエルビス様である。

 

「いやいや、これでボブの顔を潰さずに済みましたかね?」

「それどころか、ますます彼の目と耳に間違いはないと確信を持てたよ! きっと、これからも色々お願いすることになるだろうね」 


 なるほど、これでドミニクだけでなくボブの株も上がり、ボブはドミニクに美味しい話を持っていくことが更に増える、というわけか。

 飄々とした彼女の顔には、そんな計算の色など欠片もないが。

 などと思っていたら、エルビス様が私の方に向き直った。


「あなたもありがとう、アーシュラ!」


 そして、私にも熱烈な握手をしてくるのだから、私の毒気も抜けてしまう。

 平民へとこうも簡単に頭を下げて、これから先の伯爵稼業は大丈夫なのかと心配なのだが。

 いや、案外こういう態度が人を使う時には物を言うのかもしれない。

 剣士である私でさえ、拍子抜けしたせいか、大人しく握手されているのだから。


「いえ、私は仕事をしただけですから。働き分をいただければ十分です」

「それだと、一度に持って帰れないだけのものになるんだが、構わないかな?」


 随分と太っ腹なことで。とは、いくら私でも口には出さない。

 揶揄したところで何かいいことであるわけでなし。

 それ以前に、そもそも言い出す気になれない。言わせない何かがある。

 これが、貴族として上に立つ者の空気なのかもしれない。


 ……はて、バーナードからは感じなかったような。

 であれば、この結末はある意味必然だったのだろう。


「そのお言葉をいただけただけでも、十分でございます」

 

 このやり取りだけからでも、エルビス様からは今後色々と引き出せる。

 という意地汚い計算がないわけでもないのだけれど。

 それ以上に、心からそう思って言ってしまった。言わされてしまった。

 なるほど、これが真の貴族というものなんだろう。


 こんな貴族を斬ることが出来れば、どれだけの糧となることか。

 ……いや、それは無理か。いくら私でも、今となってはエルビス様を斬りたいとは思えないし。

 斬ってみたいと思える貴族は、さぞかし腕利きをわんさと抱えていることだろう。

 それはそれで挑んでみたい気もするけれど……そんな貴族と巡り会えることがそもそも僥倖なのだろうから、くだらない妄想と片付けておくのがいいだろう。


「アーシュラ、ちょっと怖い顔になってんよ?」


 ……ふむ。思考が顔に少しばかり滲んでしまったらしい。……恐らく、少しばかり、のはずだ。

 エルビス様も護衛兼お付の執事も顔色は変わっていない。

 ……いや、この二人なら、気づいても顔色を変えないくらいの胆力はあるか?

 ならば、誤魔化すのが無難か。


「ドミニクのせいで、高揚する夜を過ごしてしまいましたからね」


 この返しで、誤魔化せただろうか。

 我ながら強引だとは思うが。

 

 それに気づいたのかどうか、ドミニクは底抜けな笑顔を見せる。


「あっはは、退屈しなかったんだから、いいだろ?」


 あの修羅場を越えて、この言いざま。

 流石にエルビス様や執事、居並ぶ護衛も呆気に取られた顔をしている。

 

 ただ……私は、得心がいった顔をしてしまった。鏡がなかったので、恐らく、だけれど。


「そう、ですね。存外、楽しめました」


 ぎょっとした視線を四方八方から向けられたけれど、気にならない。

 なるほど、そうか。

 私は、楽しかったのだ。


 あの修羅場が。

 

 私とドミニク、二人で五十は斬っただろうか。

 それだけ斬り続ける羽目になったあの修羅場は。


「……楽しかった、ですねぇ……」


 思わず、うっとりとした声で呟くほどに。

 

 周囲の人々がドン引きするだろうことはわかっていたのに、止められないほどに。


 そんな私を。


「いやほんっと、流石だよ、アーシュラ!」


 ドミニクは、楽しそうに笑いながらみていた。

※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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