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そして、二頭の虎は解き放たれた。

 ある意味作業的とも言える時間が、どれくらい過ぎただろうか。

 

「うわぁ!? なんだこりゃ!?」


 幾度めか、壁を登った連中の一人が、悲鳴のような声を上げた。

 ……今更か? と思わなくもない。

 壁を登って見えたのは、多数の骸が転がる前庭。

 こちら側の手勢はほとんど被害なく、倒れているのはあちら側ばかり。

 それを見て取れたのだとしたら、もしかしたら比較的まともな観察力がある人間なのかも知れない。

 何しろ今まで登ってきた連中は、何か把握する前に射倒されていたのだから。


 そして、こいつも矢に射られたのだが……腰が引けていたせいか、致命傷にはならなかったらしい。

 転げ落ちた壁の向こうで、更に声を上げるのが聞こえた。


「ば、化け物だ! 化け物が二人いる!! なんだよあいつら!?」


 ……なるほど、それで驚いた、と。

 いや、それはそれで観察力があるとも言えるか。

 他の連中がわからなかったこの戦場における肝を、見て取ったわけだから。


 しかし。


「化け物とは、随分な言われようですね、ドミニク」

「いや、あんたも含むってばさ。二人つってたろ」


 ヘラリとした顔で、ドミニクが軽く返してくる。

 まあ、わかってはいたのだけれど。


 流石に息は荒れてきているものの、私達二人は未だ健在。

 大量の返り血を浴びながらも動きは鈍ることなく、淡々と入り込んできている連中を斬り倒しているその姿は、化け物じみて見えるのも仕方ないところだろう。


 そして。

 これがある意味決め手となった。


「ば、化け物!?」

「だ、だから止められてんのか!?」


 今更ながら、連中にも中の状況が伝わったのだ。

 まともな指揮官がいれば、とっくに気づいていただろうに。

 連中はすでに全体の三分の一、三十を超える損耗を出している。

 こちらに倍する数が邸宅前庭に押し入っているというのに、進行は停滞し全く押し切れた気配がない。

 少なくともこの半分の損耗が出た時点で気づくべきだと思うのだが……勝ち戦と思い込んでいた者は、中々気づかないものなのだろうか。


 そして、取り返しのつかない損耗が出てしまっている状況で気づいてしまえば、どうなるか。

 それも、情報の統制がされていない中で。


「なんでだよ、楽なお仕事のはずだろ!?」

「知らねぇよ、俺に聞くなよ!」


 動揺は、あっというまに広がっていく。

 何しろ前へと詰め寄っている百足らずの人数しかいないのだから、かなりの連中が直接見聞きしてしまった。

 勝ち馬に乗れるとあって、少なくとも半金、なんなら全額後払いで仕事を受けたであろう連中が。

 するとどうなるか、など、火を見るよりも明らかだ。


「く、くそっ、こんな仕事、やってられるかよ!」

「あっ、お前一人で逃げんな!」


 とっくに士気が底を打っていただろう連中は、一気に瓦解した。

 そして後ろからの圧がなくなった最前線の連中も、これ幸いとばかりに後ろへと下がり始める。

 

「後押ししてあげましょうか」

「前から押してんのに後押しってな、おかしな話だがね」


 寄せ手が途切れたのを見た私がそう言えば、ドミニクも笑いながら頷いて。


 ずい。


 と、二人そろって前に出た。

 途端、連中が一歩下がる。……いや、二歩、三歩と下がる連中もいる。

 

 ふむ。


 私がちらりとドミニクへと目くばせをすれば、彼女も視線を返してきた。

 それだけで、お互いの意図が通じたらしい。

 

 一呼吸、あるは二呼吸おいてから、私達はまた一歩踏み出した。

 途端、連中は二歩、三歩と後ろに下がりだし……一気に、崩れ出した。

 

 先ほど二歩三歩と下がれた連中は、後ろがそれ以上に下がっていたから、これ幸いと下がれたのだ。

 だから私達は少しだけ待って、後ろが下がる時間を作り、それから前に出た。

 そして後ろが空いたと気付いた連中はそのまま逃げだし、前線が瓦解したという流れである。


 ……これで、勝負あった。

 と思ったのだが。


「ば、馬鹿者! 逃げるな、戦え! 金が欲しくないのか!」


 一人踏みとどまろうとしている人間が居た。

 騎乗し、全身を金属鎧で覆っているあたり、バーナード側の騎士だろうか。

 この状況で逃げないのはある意味大したものだが、恐らく彼がここの指揮官なのだろうから、能力は知れている。


「うっせぇ! ろくな前金も出さねぇくせに、偉そうな口叩くんじゃねぇ!」


 やはり碌な統率力もなかったらしく、逃げる傭兵連中から罵倒されていたりするのだが。

 いや、これに関して言えば、雇い主であるバーナードがケチ臭いのが原因か。

 それでも、引き際を見誤ったのは彼自身なわけで。

 その報いは受けてもらわねばなるまい。


「……アーシュラ、奴は生かして逃がしな」

「はい? ……ふむ、また悪だくみですか」

「人聞きの悪い。ちょっとした策ってやつさ」

「大して聞こえは変わりませんよ?」


 多少の疲れはあれど、ドミニクは相変わらずな様子。

 となると、彼女がこう言うのならば何か狙いがあるのだろう。


「しかし、打って出るのは止めない、と」

「死なない程度にしときな、とか言うまでもないみたいだからねぇ」


 既に相手は死に体、我先にと逃げている背中を斬るだけの簡単なお仕事だ。

 もちろん私の好みではないが、行きがけの駄賃にはなるだろうか。


 気持ちを切り替え、ついでに呼吸を整え。

 ふぅ、と大きく息を吐き出した私は、一気に前へと向かって駆け出した。


「は~、こりゃまた凄いもんだねぇ」


 なんて暢気な声音で言いながら、ドミニクが私のすぐ後ろに続く。

 他の面々は、ここで追撃に参加すれば追加報酬もありえるだろうに、どうやら疲労困憊でついてくることが出来ないらしい。

 まあ休む暇もなく数倍の敵相手に気を張っていたのだから、仕方ないかも知れないが。

 ……などと考えてしまうあたり、私も甘くなったものだと気を引き締めなおす。

 どうにも、ドミニクの近くにいると調子が狂うらしい。


「ぎゃっ、ぎゃぁ!?」

「たっ、助けっ、見逃しっ、うわぁ!?」


 それでも手は、刃は動くのだから、我ながら因果な身体だとも思うが。

 ともあれ、一度崩れた集団など脆いもの。

 私達は、あっという間に敵を蹴散らしていく。


「くっ、こ、ここまでか!」


 それでも踏みとどまっていた騎士が、流石に無理と悟ったらしく馬首を返した。

 

「かけっこは得意かい?」

「さて、あなたには負けそうですが」

「んじゃ、仲良くゴールといこうか」


 私に比べて小柄で俊敏な印象を受るドミニク。

 正直に言えば、私と並んだ彼女は足並みを揃えた。

 そのまま私達は、並んで……一定の距離を取りながら騎士の後を追う。


 本来ならば馬の方が圧倒的に速いはずなのだが、重武装の騎士を抱えて蹄を傷めかねない石畳の上とあっては、馬もその真価を発揮出来ないらしい。

 じわじわと距離を開けられながらも見失うことなく、私達は追跡を続け。


「……なるほど、そういうことですか」


 やがてバーナードの本拠地と思しき屋敷が見えてきたところで、私は合点がいった。

 貴族同士の私闘は、それなりに起こる。

 そして、一度命のやり取りが始まれば、何某か決着を付けなければならない。

 ……例えば、どちらかの大将が命を落とすだとか。


 これが平時であればもちろん平民が貴族を手にかけるなど、許されることではない。

 だが、戦闘状態であれば、仕掛けてきた相手を返り討ちにしたということでお咎めなしに出来なくもないわけだ。

 実際に出来るかどうかは雇い主であるエルビス様の手腕次第だが、まあ何とかなるだろう。

 何しろ、相手は物を言えなくなっているのだから。


「そういうこと。疲れは大丈夫かい?」

「こんな面白いことを前にして、疲れなんて飛ぶに決まってるじゃないですか」

「おお怖い怖い」


 などとドミニクはおどけているが、割と本音でもある。

 お貴族様お抱えの騎士達がどれほどの腕を持つのか。

 そして、貴族を斬る感触はどんなものか。

 いずれも、初めて経験することだ。


「楽しみ、ですねぇ」

「あはは、敵さんに同情しちまうよ」


 思わず笑みを零した私へと、ドミニクはいつもの調子だ。

 これなら、万に一つも取りこぼしはないだろう。


 と、私達の目の前で、騎士の駆る馬が門に飛び込んだ途端、門扉が閉じられた。


「ありゃま、門を閉じるのが随分とお早いことで」

「どいてください。これくらいならばいけます」

「マジ?」


 あっさりと横に退いたドミニクの横を駆け抜け、体重を乗せた渾身の一撃を放てば、門扉とその向こうにかかっていた閂を一度に斬り裂いていく手応え。

 ……我ながら、ここまでの手応えは初めてのことだ。やれるとは思っていたが、想定よりもずっと鋭くいけた気がする。


「なるほど、化け物ってのに納得しちまうね?」

「あなたにだけは言われたくないのですが」


 いつものやり取りをしながら、私は扉を蹴り開けた。

 少しばかり、口の端を上げながら。

※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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