開け放たれた門は、虎の口に似ていた。
こうして私とドミニクはエルビス様に私兵として雇われ、それから数日後。
「……来なすったね」
日が落ちたばかりの頃合い、高い壁に囲われた邸宅の正門前で立ち番をしていたドミニクが呟けば、並び立っていた私も小さく頷く。
人の姿はまだ見えないが、大挙して押し寄せる軍勢の気配は、はっきりとわかる。
準備を整えたバーナード陣営が、ついに正面から仕掛けてきたのだ。
このご時世、貴族同士の私闘などそれなりにあることだから、それ自体は驚きもしない。
数は……。
「日和りましたね、これは」
「みたいだねぇ。これは、ちっとばかし楽な仕事になったか」
私が言えば、ドミニクが口の端を上げる。
数は、百を少しばかり下回る。つまり、二十だかそこらを守りに回したわけだ。
流石に、一見勝ち戦にしか見えない状況から逃げた連中がそれだけいるとは思えない。
……いや、まさか。
「ドミニク。もしかしてあなた、エルビス陣営についたという話を流したりしましたか?」
「あっはは、いい読みしてるねぇアーシュラ。ダメ元のつもりだったから、どんだけ効果があったかはわかりゃしないが」
ケラケラと気楽そうに笑うドミニク。……本当に、底が見えない。
エルビス陣営とバーナード陣営のいざこざを傭兵稼業の連中は知っていたし、そのことをドミニクに教えてもいた。
ということは、傭兵連中はドミニクの顔見知り。恐らく、彼女の腕も知っている。
であれば、どうするか。
「仮に数で押し切ることが出来たとして、最初に斬られる一人は出るわけですし。貧乏くじを引きたくないと思う程度の判断力がなければ傭兵稼業なぞやっていられないでしょう」
「確かに、あたしが馴染みにしてる連中は、鼻が利く奴ばっかりではあるねぇ」
……なるほど。
「逃がしましたか」
「そこまで情け深かぁないよ。ま、そうなりゃ楽が出来るとは思ったがね」
「素直じゃないことで」
しかしそうなると、確かに少しばかり楽にはなる。
これでドミニクが顔馴染みを斬るストレスは減った。それでも来るならば、覚悟が決まっているだろうから。
今向かってきている連中は、鼻の利かない連中が大半。つまり、大したことはない連中。
「おかげで、嵌めやすくはなりましたか」
「そいうこった。そんじゃ、手筈通りいこうか」
得意げに言えば、ドミニクが悠然と歩きだした。
……後ろに向かって。
もっともそれは打ち合わせ通りだったので、私は粛々とその後に従ったのだが。
「来るよ、門は開けときな」
奇妙なドミニクの指示に、しかしエントランスへと続く前庭に展開した兵達は不承不承の顔で頷いている。
作戦の内容は説明しているし、理屈もわからなくはないのだろうが、感情がどうしても拒否をするのだろう。
それが普通の人間だとも思うが。
「随分と楽しそうだね?」
不意に、ドミニクがそんな言葉をかけてきた。
はて、顔に出てしまうほどだっただろうか。
「おかげで、一番美味しいところをいただけそうですから」
「はっ、ほんっと面白いね、アーシュラは」
そんなやり取りをしながら、私達は同時に足を止め、振り返る。
門から数歩ばかり入ったところで。
見やれば、ついにバーナードの私兵と思しき連中が視界に入り、まっすぐこちらへと向かってくるところ。
こちらを指さしたのを見るに、門が開け放しになっていることに気付いたらしい。
その意味するところに気付けたかはわからないが。
いや、そのまま勢い込んで門へと殺到しているのだから、わかっていないのだろう。
……ここが地獄の入り口であることなど。
「そんじゃ、覚悟はいいかい?」
「あちらのですか? あなたのですか?」
「いいお返事だ」
ドミニクが、私が剣を抜く。
彼女は片手持ちで両刃の長剣。
私は、両手持ちで片刃の曲刀。
得物まで対照的な私達が並び立つ。
「さあ、楽しいお仕事の始まりだ!」
私兵連中の三人ばかりが、門を潜って。
そこに、私とドミニクが踏み込んだ。
瞬きする間に、光が一つ、二つ、三つ。
何が起こったかもわからぬ顔で、最初の三人が崩れ落ちた。
「……は? うわっ、押すなばかやろっうぐぁ!?」
そのすぐ後ろに居た男は何が起こったか見ていたせいで足が止まり、後ろから殺到していた味方に押され、それが故に斬り伏せられる。
そこで私とドミニクは数歩下がり、私兵達を内側へと招き入れる。
……流石金で集められた連中、斬られ倒れ伏す味方だったはずの骸には目もくれない。
あるいはそこで目をやり何かを察することが出来れば、死なずに死んだかもしれないのに。
いや、今いる連中はそんな察しが悪いから来ている連中か。
そう思考を切り替えながら、私はまた一人、二人と斬り捨て悲鳴や怨嗟の声を撒き散らしていく。
ドミニクの作戦によっておびき寄せられた私兵達を。
この邸宅の門は立派なものだが、それでも武装した男ならば一度に通れるのは三人ばかり。
その程度の数、私とドミニクであれば一瞬で斬り倒すことが出来る。
後はその繰り返し、というのがドミニクの立てた作戦だ。彼女いわく、百から二百人程度の規模までなら何とか使えなくもない手らしいが。
実際かなり無茶で、しかし私好みの作戦ではある。
どれだけ大軍だろうと、戦場にたどり着くことが出来なければその力を発揮出来ない。
そしてその大軍を堰き止める岩に、私とドミニクはなっているわけだ。
それが、中々に愉快で仕方ない。自然と口の端が上がってしまうくらいに。
もちろん取りこぼしは出るが、そこは周囲で待機している他の人達でなんとかしてもらう手筈。
私とドミニクという岩にぶつかり横に流れた連中は勢いを失い、そこを槍で散々に打たれ、突かれている。
こうして積み上がった敵方の骸はとっくに十を越え二十に届かんばかり。響いた悲鳴も当然同じだけ。
全体の一割を超える損害が出ているわけだから、まともな指揮官がいれば、異変に気付いて兵を引いて一度落ち着かせるところだが。
「ふむ。弓持ち、構えな! 上ってくるよ!」
こんな騒動の中でもよく通るドミニクの声に、後ろで控えていた弓持ちの傭兵達が一斉に矢をつがえ、構える。
今まで指をくわえて見ているだけだったからか、待ちわびたとばかりにその動きは俊敏だ。
その矢が向けられるのは、壁を登ってきた私兵連中。とはいえ、これだけ高い壁を登るなど容易ではなく、姿が見えたのは数人ばかり。
こちらの弓持ちは六人と、倍近くいる計算。それも、それなりの腕前だ。
「好きに狙って、タイミングだけは合わせな! ……今!」
ドミニクの声に合わせて矢が飛び、恐らく予想だにしなかった前庭の光景を見て動きが止まった私兵達を射抜いていく。
一人だけ運よく当たらなかったのもいたが、すぐに駆け付けた槍持ちに壁の向こうへと突き落とされていた。
その間私は、少しばかり斬るペースを上げる。
これだけ指示を出している間でもドミニクの剣は止まっていないが、流石に少しばかり鈍りはするらしい。
その分を私が斬ればいいだけなので、問題はないが。
「さっすがだねぇ」
「……何のことでしょう?」
気づいたらしいドミニクがニヤリと笑うが、私はとぼける。
別に彼女のためにやっているわけではないのだから。
私が斬るために斬っている、それだけだ。
歯ごたえのない連中ではあるが、それでも数を斬れば見えてくるものもある。
人は、こう斬ればいいのか、という発見。
それが私の糧になっている実感がある。
「やれやれ、ほんっと……背筋が震えるくらいに頼もしいねぇ」
「あなたに言われたくはありません」
呆れたように言うドミニクへと、素っ気なく返す。
返せたと思う。
何故か彼女は笑っていたが。
ともあれ、こうして私達は、数倍に及ぶ大軍を堰き止め、大損害を与えていった。
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