虎穴へと、ためらうことなく。
私達のやり取りを聞いていたボブは、何やら得心した風の顔で頷いていた。
「そんだけ言い合えるんなら、連携にも問題はないだろう」
「……普通、逆では?」
ゆったりとした口調で言われれば、思わず言い返してしまう。
言い合いをしているというのは、普通仲が悪い状態だと思うのだけれど。
「お前さんら冒険者連中なんてのは、お互い気兼ねなく言い合えるくらいが丁度いいのさ。
特に、剣士なんて連中は内側に色々溜め込みやすいからなぁ」
しみじみとした口調を聞けば、彼が今まで色んな冒険者達を見てきただろうことが伺える。
そして、恐らく少なくない数を見送ったことも。
であれば、人を斬るくらいしか取り柄のない私が踏み込んで何か言うこともないだろう。
「で、てことは割のいい稼ぎがあるってことかい?」
「普通はハイリスクハイリターンって言うべきなんだがね。お前さん達二人ならそうなるかも知れんなぁ」
ドミニクが軽い口調で言えば、ボブは苦笑しながら一枚の書類を取り出してくる。
それを見ればドミニクの顔は輝き、私の眉間に少しばかり皺が寄った。
「貴族の跡目争い、ですか」
よくある話ではある。
ただし、世間一般では、ということであって。
「冒険者風情への依頼としては、見たくない類のものですね」
私がそう言えばドミニクはニヤリとなんとも楽し気に笑い、ボブは苦笑を浮かべた。
なるほど、彼の顔を見るに私の推測は当たっているようだ。
……ドミニク? 彼女はこういったことまで楽しむのだろうから、考慮しないに限る。
「ちなみに、なんでそう思うか聞いてもいいか?」
「決まりきってるじゃないですか。人脈も金もあり私兵も備えているであろう貴族が、冒険者に助太刀を頼む。
他に手段がない程に追い込まれていなければ取らない手段でしょう」
淀みなく答えれば、ボブの顔が一瞬だけ驚きを見せ。それからすぐに納得顔となった。
「なるほど、ドミニクが相棒にだとか言うわけだ」
「その評価は、私としてはいまいち受け入れがたいものがあるのですが」
つれなく答えたつもりなのに、ドミニクはニヤリとしたまま。
いや、少しばかり嬉しそうな顔になっているだろうか。
……その顔はやめて欲しい。何故だか私の胸の奥がざわつくから。
まさかそんなことを口にするわけにもいかないから、私は話を続けることにした。
「それで、私の推測は当たっているということでいいのですか?」
「ああ、大当たりさ。先日急逝したフェンディック伯爵の後継者二人の内、伯爵が後継者に指名していたらしい次男、エルビス様の依頼だ」
「ふむ」
ボブの端的な説明に、私は小さく息を吐き出す。
彼が出した情報だけからも、色々と推測は出来るわけだが。
「ああ、フェンディックのエルビス様っていったらあれか、優秀だが妾腹だから不遇をかこっているっていう」
「……お前さんの耳は、ほんとどうなってんだ。情報屋やった方がいいんじゃないか?」
「何言ってんだい、こんな稼業だからたまたま小耳に挟んだってだけの話さ」
ドミニクの物言いにある意味で納得し、ある意味で納得がいかない。
納得がいかない部分は、ボブが言ってくれたので私からは言わないが。
別のことは言わせてもらおう。
「傭兵だか冒険者だかの稼業で小耳に挟むということは、既に何度か襲撃されたり暗殺を仕掛けられたりしたのを雇った連中で何とか凌いだ、ということでは」
「そ。で、対する嫡子であるはずのバーナード様はようやく小出しじゃだめだと気付いたらしく、じっくり兵を集めてるって話でさ」
「その動きに気付いたエルビス様が、また冒険者に募集をかけた、と」
なるほど、幾度か失敗したら気づく程度の知能はあるらしい。その中途半端な能力が仇となって現状があるのかもしれないが。
「ちなみに、そのバーナード様の評判はどうなんです?」
「飲む打つ買うを嗜む夜の名士って、一部界隈では評判だねぇ」
ドミニクの何やら含んだ声音に、私は一瞬考え込み。
それから、すぐに口を開いた。
「それはつまり、カモにされているのでは?」
「ご名答。ちょいとおだてたらすぐに財布の紐が緩むって有名らしいねぇ」
ケラケラと笑うドミニク。その目に浮かぶ色を見れば一目瞭然。
彼女は、バーナードを全く評価していない。ということは。
「で、この依頼はどうするね?」
私達の空気を察したのか、確認といった口調でボブが聞いてくる。
質問ではなく。彼もまた、ドミニクという人物をよくわかっているのだろう。
「そりゃもちろん、受けるさ」
「もちろん、受けます」
だから、私達はほとんど同時に同じ答えを返した。
私にも、ドミニクがどう答えるかわかったのだから。
そんな私達を見て、ボブは大袈裟にため息を吐いてみせる。
「……念のために聞いておくが。ドミニク、お前さんはなんでまた、こんな不利だとわかりきってる依頼を受けるんだ?」
「簡単なことさ。追いつめられてる方が必死な分、ちゃんと払う可能性が高いんだよ。
お貴族様って奴は、自分が有利だと途端に上から目線で金を渋るからねぇ」
「なるほど、わかります」
ドミニクの言い分にボブは苦笑し、私は思わず頷いてしまった。
私にも、彼女が言ったような経験があったから。
まして情報屋なぞをやっているボブからすれば、思い当たる節が大量にあったことだろう。
ただ。
ドミニクという人物は、それだけでは終わらないらしい。
「それに、さ。勝ち馬に乗るなんざつまらない。負け戦をひっくり返した方が面白いじゃないか」
笑う。
不敵に。
微塵も揺らぐ色なく。
ああ、なるほど。
彼女は、こういう人間なのだ。
私の中で、何かが腑に落ちた気がする。
彼女という人間を私よりも早く知っていたボブは、もう一度大きなため息を吐いた。
「お前さんらしいよ、そういうところは」
若干諦めが入っているように聞こえたのは、きっと私の気のせいではないだろう。
平然とこんなことを言い放てる人間相手にまともな心配などしていたら、胃がいくつあっても足りないところだろう。
若干彼に同情しかけたのだけれど。
そんな彼の視線が、私へと向けられた。
「で、アーシュラ。お前さんはまたどうしてこんな依頼を受ける気に?」
今日知り合ったばかりの彼からすれば、至極もっともな問い。
だから私は、気を害することもなく答える。
「寡勢についた方が、数を斬れるじゃないですか」
剣の道を極めんとする人間として当然のことを言ったつもりだったのだが。
「あっははは! 最っ高! 最高だよ、アーシュラ!」
ドミニクは爆笑し。
「お似合いだよ、お前さんら」
ボブは三度、盛大な溜息を吐いた。
なぜだろう、とても納得がいかない。
納得はいかないが。
ともあれ、私達はこの依頼を受けることになったのだった。
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