表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

一歩進んで二歩下がる。

 もっとも、日々を生きているだけの私に、そんな運命などわかるはずもない。

 一つだけ確かななのは、稼がねば生きていけないということで。


「よぉボブ、景気はどうだい?」


 私はドミニクに連れられて、とある情報屋を訪れていた。

 ジュラスティン王国にある、タンデラム公爵領、その領都において人通りがほとんどないような裏町。

 仕掛けの施された扉に守られた一見ボロ屋にしか見えない家屋の奥に、彼はいた。

 ……何やら妙な手順でノックしたのは、何かの符丁だったのだろう。

 流石情報屋、用心深いことだ。


 目の前にいるのは、筋骨隆々という表現がふさわしい一人の男性。

 ドミニクよりも少しばかり年上、三十前後だろうか。

 情報屋などせずとも、冒険者で稼げそうな雰囲気を纏っているのだけれど。


「それなりに稼がせてもらってるよ。お前さんが満足するネタがあるかはわからんがな」


 そう言いながら、ボブと呼ばれた男はドミニクへと愛想よく応じる。

 ……ように、見えて。

 一瞬だけ、私へと視線を向けた。私ですら気づくかどうかの刹那に、値踏みをしたようだ。

 なるほど、ドミニクが真っ先に顔を出すだけのことはある、と感心する。

 

 ……いや、別にドミニクの目を認めたとかそういうことではないのだけれど、彼女ならばそれくらいやってのけそうという推測を元にしているだけであって。

 そして、その推測は間違っていないようだ。


「まして、そっちのお嬢さんが一緒となればなおのこと、なんだが。

 どこでそんな上玉引っかけてきたんだ、全く」


 呆れたように肩を竦めている間にも、気を抜いているように見えて全く隙が無い。

 何より、部屋に入ろうと数歩動いただけなのに、それでもう私の値踏みを終わらせた眼力は確かなものだと言っていいはず。

 ……一応、こう思ってもいいだけの腕があるという自負もあるのだし。


「ま、ちょいとしたご縁ってやつでね。食い繋ぐだけの日銭稼ぎが、まさかの当たりを引いてさぁ」

「相変わらず豪運なようで、安心したよ。そもそも、あの人数の山賊は日銭稼ぎ程度のもんじゃないはずなんだが」


 気安い二人のやり取りを聞いていると、何故だかむず痒いものを感じてしまう。

 当たり。私が。

 ……もちろん、世間一般にいる冒険者稼業剣士の中では上にいるつもりではあるけれど。

 ドミニクにも認めてもらえているらしい言われ方は、どうにも落ち着かないものがあった。


 表情に出してはいないつもりなのだけれど……ドミニクに見抜かれていそうなのは、気のせいだろうか。


「で、どうなんだい?」

「そうさなぁ……先に、そちらのお嬢さんの名前を聞いてもいいか?」

「ああ、そういや紹介してなかったね」


 あまりにも当然なボブの要求に、ドミニクが得意げに笑う。

 何故彼女が得意げにするのかわからないのだけれど。

 

 そんな私の疑念など知る由もなく。

 ドミニクが、私の肩をぐいと抱き寄せた。


「こいつはアーシュラってんだ。あたしが相棒にって考えちまうくらいの凄腕だから安心しな?」


 全く含んだところのない、あっけらかんとした声に裏など欠片も感じられなくて。

 だから私は、思わず目をぱちくりと瞬かせてしまった。


 意表を突かれたのは、ボブも同様だったようで。

 いや、私よりも付き合いが長い彼の方が、衝撃は深かったのではないだろうか。


「……ドミニク、お前さんがそこまで言うのは初めて聞いた気がするんだが」

「だろうね、多分あたしも初めて思ったしさ」


 軽く、彼女は言う。

 全く何も含んでいないような軽さで。

 これだけ裏が読めない、油断出来ない彼女が。

 いや、これもまた演技、私やボブに真意を悟らせないための演技である可能性はまだ否定出来ない。


 ……ただ、そうでなければいいと思ってしまった時点で、私の負けなのだろうけども。


「相棒に、というのは初めて聞きましたが」

「そりゃそうさ、あたしが勝手に思ってただけだからね。

 アーシュラが受け入れてくれたらいいなとも思ってるけど。……どうだい?」


 問われたその瞬間。

 ドミニクは、真直ぐな目を私に向けてきた。

 普段の彼女からはとても想像できない程の純粋さで。


 だから私は。


「考えてあげてもいい、とは思いました」


 素っ気ない声で答えた。素直に答えたら負け、だなんて思ってしまったから。

 そんな私の葛藤を、さて彼女は見抜いたかどうか。

 ……今にして思えば、丸見えだったのだろうけれども。


「それで充分、すぐに首を縦に振らせてみせるからさ!」


 何故。

 どうしてそんなにも屈託なく笑えるのだろう。

 これだけ普段は人を煙に巻くような言動をしているというに、こういう時だけ。

 

 ざわり、と胸が騒ぐのを、私は無理矢理押し込めてしまう。


「そう言われると、いやでも横に振りたくなりますね」

「あっはは、ほんっと手強いねぇ!」


 楽し気に、楽し気に。

 いや、きっと心の底から楽しんでいるのだろう。

 そんな彼女の笑顔は、やけに眩しかった。

※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

 もしもおもしろそうだと思っていただけたら、ブックマークやいいね、☆評価などしていただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ