旋風淑女は、相棒の夢を見るか。
あれから、数年経って。
ドミニクは、誰も訪れないだろう森の奥を訪ねていた。
「久しぶりだね、アーシュラ」
ろくに光も差し込まぬ木陰の中に立つ、一塊の石。
これは、彼女の墓石だ。
「しばらく顔を出せなくて、ごめんよ。生きてくには、色々あってさ。
……あんたには言うまでもないか。ほっと、色々ある。あった、よなぁ……」
立ち尽くしたまま、彼女はとりとめもないことを語る。
……少しばかり湿っぽい声になっているのは、きっと仕方のないことなのだろう。
「知ってるかい? コルドールの剣術大会。あれに出場してさ。見事優勝を飾っちまったよ」
笑った、はずだ。
けれどその顔は、歪んでいる。目の端には、光る雫。
それでも彼女は泣きださない。涙声にはしまいと、こらえる。
「あんたの、おかげだよ。あんたとやり合ったから、あたしはもう一段登れた。高みに至れた、そう思うよ」
きっと、ずっと抱えていくことになるだろう思い。
忘れまいと思う。彼女との日々を。
それこそ、ドミニクの血肉として。
「おかげでさ、旋風淑女だとか呼ばれて、おまけにこんなのをもらえたんだよ」
そう言いながら、ドミニクは一振りの剣を示した。
コルドールの剣術大会優勝者に与えられる、冷鍛法という特殊な手法によって鍛えられた、この世に二つとない剣。
測られたこともないのに、なぜかドミニクの手にしっくりと納まるその一振りは、さながら神より授けられたかのごとく。
実際、これを鍛えた鍛冶屋は、神の声を聞いたと言うのだけれども。
それが嘘ではないのかも、と思うほどに、この一振りは神がかっていた。
「こいつは、あんたとあたしで得たものさ。きっと、あたし一人じゃここまで来れなかった」
しみじみと。心の底から。
語り掛けながら、ドミニクは……鞘から、長剣を抜き放った。
彼女が普段使う長剣に似ていて、しかし何かが違うとはっきりわかるそれを。
それからしばし、その刀身を眺める。
ほんのりと蒼く輝くその刀身は。
……どこか、あの日の夜空を思わせた。
美しい月が照らす、蒼い夜空。
そんな夜空を塗りこめたような刀身は、美しく。……どこか、切なかった。
ドミニクは、無言でその刀身を眺め。
それから、握りなおし。
墓石へと向き直った。
「だからさ。こいつは、あたしだけのものじゃない。あんたのものでもあるんだ」
ドミニクの身体から、力が抜ける。
それでいて、凛と立っている。
およそ剣士として理想的な脱力状態。
その中で、彼女は切っ先を墓石へと向けて。
突き立てた。
いつ踏み込んだのか、人の身では捉えられない速度で。
そして。それは、深々と差し込まれた。
僅かでもブレがあれば弾かれ、刀身が歪む。
渾身の力と重みが乗らなければ、貫くことなど出来はしない。
人間業では到底出来るわけのない、芸当。
それをドミニクは、たった一度でやってのけた。
大きく息を吐き出して。
剣の柄から手を離したドミニクは、一歩、下がる。
「……大したもんだよ、あんたは。あんたがあたしの中にいるから、こんなことが出来た。出来るって、自信を持って思えて。
実際に、出来ちまってる。こんなところまで、来れちまうもんなんだねぇ」
感慨深げに。
それから。
くしゃり、ドミニクの顔が歪む。
「だけどさ、やっぱりあんたと一緒に居たかったよ。あんたに隣に居て欲しかった。
あたしら二人だったら、もしかしたらここに来れたんじゃないかって思うよ。……そうだったら、よかったのに、なぁ」
ほろり。
ぽろり。
それから、ボロボロと。
ドミニクの瞳から、涙が溢れ出す。
彼女と過ごしたあの日々は、それだけドミニクの中で重たいものだったのだから。
「でもさ、そうはならなかった。あたし一人、生き残ってるからさ。
だから、生きるよ。生き抜いてみせるよ。それがきっと、あんたと一緒にいられる、あんたという剣士を証明できる、唯一の方法だから、さ」
まだ、瞳は涙に濡れている。
それでも、その顔には力が戻ってきている。
……きっと、アーシュラが好きだったドミニクの顔に、なっている。
「そんじゃ……また来るよ。何度だって、あたしが生きてる限り、さ」
そう告げて、ドミニクは名残を惜しみながらも、背を向けた。
そして、歩き出す。
彼女の、彼女達の人生を生きるために。
それから数十年後。
ドミニクは、一人の少女に出会う。
長い黒髪、どこか浮世離れした雰囲気。
……彼女に似ている、気がした。
だから。
「よぉし、決めた。
どうだいお嬢ちゃん。あたしの剣を習わないかい?」
ドミニクの口からは自然とそんな言葉が飛び出した。
それから、また物語は紡がれて。
奇妙な縁がまた別の縁を結んで。
やがてドミニクは、多くの弟子を持つことになる。
そして、伝えていくことになる。
ドミニクとアーシュラによって磨かれた剣を。
それを受け継いでいく少女達は。
もしかしたら、彼女達の娘なのかも知れない。
風は吹く。草原を渡り、踊るように。
きっと、未来へと向かって。