彼女の距離と彼女の間合い
「なぁあんた、いや、アーシュラ。これも何かの縁だ、しばらく一緒に行かないかい?」
挨拶を済ませた後、唐突に彼女、ドミニクが言う。
……正直に言えば、願ってもない申し出ではあった。
知りたい。
彼女の剣を、彼女そのものを知りたい。そう思ってしまった。
私とて剣の道を選んだ身、彼女ほどの剣客は興味をそそられる。
同じく女の身、それでいて彼女と私は明らかに、そして決定的に違う。
何故か生まれ持った膂力を最大限活かした私の剣。
対して彼女は、決して身体能力に恵まれてはいない。
だというのに、彼女の剣には力みも偏りも感じられない。
ニュートラル、中立的とも言えるあり方に、どうすればそうなれるのかと興味を引かれたのは無理もないだろう。
そして、何よりも。
彼女の剣を取り込むことが出来たならば、私の剣は完成に近づく。
確信にも近い予感が、私の背筋を貫いていた。
だが、同時に。
この人物、ドミニクが一筋縄ではいかない人物であろうことも理解していた。
「なんですか、藪から棒に。あなたと一緒に行って、私に何の益があると?」
にべもない。素っ気ない。
そんな声音で言えたと思う。
決して演技上手ではない私だが、この時ばかりは上手く言えた、と思う。
だというのに、彼女は、ドミニクは全く怯んだ様子がなかった。
「まあねぇ、それは確かにそうだ。あんた一人でも十分に世の中渡っていける。
むしろ一人の方が戦いやすい、そんな剣だ」
へらへらと笑いながら彼女は言う。
普段の私ならば軽く嫌悪を覚えかねない言動だというのに、欠片もそんな感情が湧いてこない。
実際のところ、他人と組んで仕事をしたこともあるけれど、しっくりとはこなかった。
歯に衣着せぬ言い方をすれば、彼らは足手まといだったのだ。
だから、誰かと組むなど考えたこともなかったのだが。
「だからこそ、誰かと組むことを覚えたら、次の段階に進めると思わないかい?」
その言葉に、私は言葉をすぐには返せなかった。
丁度私は、行き詰まりを感じていたからだ。
剣の道を志し、ひたすらに高みを目指していたつもりだけれども、ここのところ、どうにも手応えが感じられない。
自分には何かが足りない、と薄っすら気づいてはいた。
そんな私に、彼女の、ドミニクの言葉が刺さったのはある意味必然だったのだろう。
何しろ先ほど見せた剣の冴えは、私にはない程の鮮烈なものだったのだから。
「その誰かが、あなただと?」
頭では理解していても、すぐに首を縦に振れない程度には、私も浮世擦れしてしまってはいた。
だから敢えて素っ気なく振舞ってみせたのだけれど……もしかしたらそれすらも彼女は見抜いてしまっていたのかも知れない。
「そうさねぇ、あたしの見たところ、あんたの隣に立てる奴なんてそうはいない。
そんで自分で言うのもなんだが、あたしはその数少ない一人になれると思うよ?」
当たり前のように彼女は言う。
欠片も力みの無い声と表情で。
……私の中の何かが、小さく疼く。
それは、そう。
彼女は、私の隣に立てる。
そのことは先ほど証明されてしまった。
「先ほどのあれがあなたの全力であれば、そうと認められないのですが」
「んなわけないって、わかってんだろ?」
最後に少しだけ抵抗して。
私の言葉に被せるかのごとく、彼女が言って笑う。
……なるほど、こんなところでも間合いやタイミングを掴むのが天才的なのか、と思わず感心してしまった。
こういった呼吸や緩急を身に付けられれば、私ももう一皮剥けるのかも知れない。
そんなことを思ってしまうほどに、彼女のそれは嫌味がなかった。
「まあ、わかってはいましたが。……つまり、行動を共にすれば、底を見せてくれると?」
「そいつはあんた次第だね。あたしの限界までついてこれるかどうかさ」
「……言ってくれますね」
普通であればカチンとくるだろう物言いに、私の口の端が動く。……上向きに。
つまり、思わず笑ってしまった。悔しいことに。
「ならば試しに付き合いましょう。ただし、退屈だと思ったら、背後から斬りますよ?」
「ははっ、怖いねぇ。ただそいつは、要らぬご心配ってやつさ」
彼女が、ドミニクが笑う。
私の目は、その表情から目が離せなくなった。
「退屈なんてさせやしない。面白すぎて腹筋が鍛えられること間違いなし、ってね」
軽やかな。
あまりに軽やかな笑顔。
青い月の光が照らしていたせいだろうか。
彼女のそれは、どこまでもどこまでも透き通っていて。
何とか踏みとどまろうとしていた私の意固地さまで溶かしてしまった。
「随分と自信がおありのことで」
「そりゃまあねぇ、あたしのことはあたしが一番わかってるからさ」
せめてもと言い返すけれども、彼女の余裕は崩れない。
それが。
こんなやり取りが。
なんとも、心地いい。
ああ。
楽しい。
そう思ってしまった。
後から思えば、さながら呪いの如く刻み込まれるほどに。
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