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最も近いからこそ、最も遠く。

 一度受け入れてしまえば、後は楽だった。

 性格のタイプこそ違うものの、私とドミニクの相性は間違いのないもの。

 剣の仕事も、最中に交わす言い合いも。

 私たちは、これ以上ない程にはまっていた。


 ……はまりすぎていた。


 そのことに気付いたのは、彼女と相棒になってから、どれほど経った頃だろうか。


「そっちは頼んだよ、アーシュラ!」

「ええ、わかりました。下手を打たないでくださいね」

「誰に物言ってんのさ?」

「あなたにですよ、ドミニク」


 例えば魔物討伐ならば、数を頼みと押し寄せる雑魚を捌くのはドミニク。硬い巨躯のデカブツを叩き切るのは私。

 あるいは硬すぎて隙間に致命の一撃を差し込むのならばドミニク。私はそのお膳立て。


 得意不得意がある程度はっきりしている私達の役割分担は明確で、その上ドミニクが判断するから間違いがない。

 私達の仕事は、これ以上なく上手くいき。


 だから私は。

 彼女との距離を感じた。


 いや、これは正確ではない。

 私が彼女に置いて行かれているわけではない。

 私が彼女を置いて行っているわけではない。


 きっとこれは、隔たりだ。


 ドミニクは、私と違う。

 私は、ドミニクと違う。


 そんな当たり前のことが、嫌でもわからせられた。


 彼女は、人と話す。会話する。時に笑い合う。

 だから彼女の世界には他人がいて。他人である人々の中にもドミニクがいて。

 だから彼女は、他人の心を掴む。


 会話、コミュニケーション、コネクションという意味でも。

 戦闘での駆け引きという意味でも。

 彼女は人の目を引き、心を掴み、場を支配する。

 それが前提にあるから彼女の剣は冴えわたり、誰にも止めることが出来ない。


 もしかしたら、私ですら。

 そんな現実に気付きたくなんてなかったけれど。

 気づいてしまえば、もう目を逸らすことなど出来なかった。


 私の中に、他人は居ない。

 いや、完全にいないわけではないけれど。

 少なくとも、ドミニクのそれに比べれば遥かに希薄で、ないも同然のもの。

 

 もちろんミューの幸せを願ったのは嘘ではない。

 ボブのことは仕事相手として信頼しているし、エルビス様だってお得意様として敬意を払っている。

 

 けれど。

 どれもこれも、浅い。

 彼ら彼女らのために身を投げ出せるかと問われれば、私は僅かばかりにある社会性に縋って答えるだろう。『出来る限りはする』と。

 ……これが私の出来る限りでしかないのだ。

 

 身を投げ出すような真似は出来ない。考えもしない。

 そんなしがらみなど関係なく、私は私の想うまま、望むままに剣を振るう。

 それがある種の強さに繋がっているのも事実ではあった。

 ドミニクであればほんの僅かにためらうような場面であっても、私にそんな情緒は欠片もない。


 刹那が生死を分かつ剣の世界において、これは大きな違いを生む。

 もちろんドミニクもそんなことはとっくに承知だから、手を打っている。

 彼女があれこれ策を巡らせるのも、その一環なのだろう。


 ここまでやったなら、これで引かない相手が悪い。

 いや、そこまで意地の悪いことを考えてはいないだろうけれども。

 それに近い割り切り方をして、この血生臭い浮世を渡ってきたのではないだろうか、と思う。


 思ってしまう。

 ……わかった気になってしまう。

 相棒なのだから、そう思ってしまうくらいのことは許して欲しい。

 

 そして。

 もしかしたら。

 相棒だからこそ、いけなかったのかも知れない。

 

 私は。

 私こそはドミニクのことを、この世の誰よりもわかっている気になってしまった、のかもしれない。


 いや、きっと間違いでもなかったのだろう。

 修羅場にあれば、私達の呼吸は完璧とすら言っていいもの。

 彼女がどう動くのか、言葉を交わさずともわかる。

 きっと彼女もそうだったのだろうか、私が動きやすいように動いてくれる。

 これ以上もなく快適に。


 だから。

 もしかしたら、だから私は、少しばかり。

 あるいは取り返しがつかないくらい傲慢になってしまったのかもしれない。

 

 ドミニクは、私のものだ、と。


 そんなことはあり得ないのに。

 草原を渡る風の如く自由な彼女が、誰かに縛られることなど、ありはしないというのに。

 私は。

 愚かな私は。

 むしろだからこそ、私こそが、彼女を縫い留める楔となり得る、などと思ってしまったのだ。

 

 繰り返して言う。

 そんなことは、あり得ないのに。

 あり得ないからこそ、私は彼女に惹かれたというのに。

 

 私は。


 願ってしまった。

 望んでしまった。

 

 それが罪だとは欠片も思わないけれど。

 

 許されないのだろう、と、僅かばかり残った冷静な部分が理解もしてはいたのだけれど。


 ささやかな理性の声など振り切る程に、私の欲情は、滾ってしまっていた。

 

 彼女が。

 ドミニクが、欲しい。


 その、本当に意味するところを、最も大事なところを、誤解したまま。


 だから、私達の距離は、相棒の領域を越えて近づいてしまい。


「アーシュラ、いいんだね?」

「……随分と無粋なことを。あなたらしくもない」

「そりゃ、そっか」


 そんな言葉を交わして。

 身体を、交わして。


 私は、はっきりと認識してしまった。


 触れ合う肌から感じた、彼女から放たれる熱。

 溶け合うのかと錯覚するような、甘い肌の感覚。

 

 けれどその熱は、私の中にある芯のようなところには届かない。

 溶け合うのかと思えど、本当には溶け合わない。


 私と彼女の間にある、たった一枚の薄皮。

 それが、私と彼女が一つになる障りになる。

 彼女を私が取り込む、邪魔になる。

 

 抱き合う程に。交わる程に、痛感させられる。

 彼女の形が、はっきりとわかるほどに。

 私は、彼女とは違うのだと。

 彼女は、私と永遠に交わることが、一つになることがないのだと。


 それは、どうにも絶望的で。

 

 不幸なことに。

 私はその絶望をどうにか出来てしまう手段を、思い浮かべることが出来てしまった。

 

 そう、不幸なことに。

 ある意味で、こんな血生臭い道を歩いてきた私には似つかわしい程に。

 それはすんなりと、私の胸にはまってしまった。




 

 だから、ある秋の夜。

 私は、ドミニクを散歩に誘った。


 秋晴れそのものに雲一つない夜空。

 

「月に雲がかからないのはつまらない、なんてことを言った詩人もいましたね」

「博識だねぇ。気取ってらぁ、なんて思ったもんだが」

「そういうあなたも知っているじゃないですか」


 他愛もないやりとりをしながら私達は歩く。

 静かに輝く月が照らす夜道。

 ほのかに蒼く染まる道なりに、穏やかな言葉が交わされる。


 不自然な程に。

 

 あれだけ普段やかましいドミニクですら。

 ……いや、ドミニクだから、だろうか。

 きっと彼女は、感じ取っていたのだろう。

 何が起こるのか。


「ドミニク」

「なんだい、アーシュラ」


 さて、私はいつものように話せただろうか。

 私は、いつもの私を彼女に見せたいのだけれど。

 それすらも、今の私には贅沢な話なのだろうか。


 私は、振り返る。

 蒼く蒼く輝く丸い月を背に負いながら。


「月が、綺麗ですね」


 私の口から出たのは、そんな言葉だった。

※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

 もしも面白そうだと思っていただけたら、ブックマークやいいね、☆評価などしていただけたら嬉しいです!

 

 かき上げられたら、夜にもう一話お送りするかと思います!

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