踏み出した、朝。
翌朝。
「……不覚、ですね、我ながら……」
そんなぼやきを零しながら、私は寝台の中で頭を抱えたくなった。
だが、身じろぎすらするのも憚られる。
なぜならば。
私の隣で、ドミニクが寝ているからだ。
なぜ、どうして私がドミニクと同衾などしているのか。
……昨日二人して飲み過ぎたから、としか言いようがない。
あれだけ底なしに見えたドミニクが潰れる程の量に付き合ったのだ、付き合う程度に抑えていた私とて今までないほど酔っ払ってしまった。
その結果が、この様である。
ちらり、と自分とドミニクの衣服を確かめる。
……良かった、どうやら一線は越えていないようだ。
流石に酔った勢いで、なんてことになっていたら、一生ものの恥になっていたところである。
少しばかり安堵して。
少しばかり諦めにも似た感情の中、力を抜いて寝台に身体を預ける。
……こうして寝台を共にして、欠片も嫌悪感が湧かない。
その意味するところがわからない程に初心でもない。
かといって、そのことを受けいれてしまうのも面白くない。
けれど否定しきることなど出来ない程に、この感情は大きくなってしまっていると認めざるを得ない。
どうしてこうなった。
ゆっくりと、胸にたまっていた空気と何かを吐き出していく。
わかっている。
彼女の誘いに乗ったあの瞬間に、こうなることは決まっていたのだ、きっと。
断ることなんて考えられない程、月下の彼女に、私の目は奪われてしまったのだから。
「それにしても、我ながら趣味の悪い……」
今更ではあるけれど……笑顔で人をいつの間にか巻き込んでいく、人を食ったような性格の、女。
いくらなんでも、もうちょっと相手を選んだ方がいいのではないだろうか。
かといって、今まで出会った男性でここまで心震わせる人間がいなかった事実は変えられないのだが。
血に濡れた道を歩いてきてはいるが、その道中で尊敬できる男性に出会わなかったわけではない。
けれど、その中で恋愛的関心を抱ける人間もいなかった。
別に、昔から女性が好きだった、とかもなかったのだけれど。
それだけドミニクが特別だった、というのはどうにも受け入れがたいものがあるのも正直なところではある。
あるにはある、のだが。
……この状況をすぐさまぶち壊しにしないあたり、我ながら情けないというかなんというか。
それだけ彼女が傍にいるこの状況が心地いいのだろうけれど、なんだか癪に障る。
そんなことを考えていると、ドミニクが寝がえりを打った。
途端に現れる、無防備な寝顔。
普段、あれだけあけすけに見えて油断も隙もないというのに。
……私にだけ、だとかそんな言葉が頭をよぎり、すぐさま脳内で打ち消す。
だめだ、調子が狂うどころの騒ぎではない。
このままではいけない、と私の理性は言っているのだけれど。
「ん……」
と、小さな声が漏れ、聞こえてくる寝息。
そんなささやかな音に、私の心臓が跳ねそうになった。
いや、明らかに普段と違う動きになってしまっている。
おかしい。こんなのはおかしい。それは、間違いない。
なのに。
もっとおかしなことに、私はこのおかしな状況から抜け出そうとしていない。抜け出したいと思えない。
……彼女の、ドミニクの傍にいたい。
そんな欲求を、自覚してしまった。
これはもう、致命的と言っていいだろう。
私は……。
「んぁっ? ……ありゃ、アーシュラ? なんだってあたしのベッドに?」
唐突に目覚めたドミニクの言葉に、私の思考が途切れた。
危ない。今彼女が目覚めなければ、私は。
背中に冷や汗をかきながら、私は素っ気ない態度を作る。
「なんでも何も。むしろ私のベッドではないのですか?」
最後に残っている記憶を引っ張り出せば、珍しく、本当に珍しく、ドミニクの方が私よりも酔っ払っていた。
であれば、彼女の方が普段と違う行動をとった可能性が高い、はず。
さてどちらだろう、と、ドミニクが目覚めたのをいいことに、私は顔を動かしてあちこちへと視線をやる。
「……そもそも、ここはどこでしょう?」
「あっはは、あんたもわかんない? あたしも、見覚えのないベッドに天井だと思ってたんだよねぇ」
なんてこともないような口調でドミニクが笑う。
冗談ではない、大問題だ。普通ならば。
上半身を起こして、もう少し部屋を観察するとわかる。
ここは、中々にいい宿の部屋。
私達の荷物も無事にある。
財布の中身はわからないが、まあ、この調子ならば大丈夫だろう。
いざという時のために隠しポケットに入れている金貨もあることだし。
……何やら乱雑に脱ぎ捨てられている二人分の衣服からは目を逸らしつつ、そんな考えを纏めていく。
「ドミニクならば、こんな宿を取るような金銭の使い方はしないでしょう」
「いやいや、アーシュラがこんな宿を知ってるわけないじゃないか。泊めてもらえるツテもないだろうし」
「金を出しさえすれば泊まれるそれなりの宿だって、あるにはあるでしょう?」
互いにああだこうだと、どちらが宿を取ったのか、なんてつまらないことで言い合いをしている。
いや、言い合いというのは正しくないだろう。
「ぷっ」
「ふふ」
どれくらい言い合っただろうか、私達は同時に吹き出した。
つまりこれは、じゃれ合いのようなもので。
そんな空気が、楽しかったということでもあって。
そんな風に思ってしまう自分が、おかしくもあって。
色々な意味で、笑えてしまう。
ケラケラと楽し気に笑うドミニク。
クスクスと押さえた笑いを零す私。
こんなところまで対照的な私達ではあるけれども。
それでも。
私達はきっと今、同じ気持ちを共有している。
確信にも似た強さで、私はそう思った。
だから。
「ふぅ……我ながら、おかしくて仕方がありません」
そう言いながら力を抜き、また寝台へと身体を預けた。
すると戻ってくる暖かさ。
ふわりと鼻をくすぐり胸の奥を掴む香りが躍る。
……きっと、この香りに包まれるため、私はまた横になった。
そんな恥ずかしい思いは、顔にも口にも出さない。
ただ、一つだけ。
「あなたの相棒になってもいい、と思ってしまいました」
今の私に受け入れられる妥協点。
我ながら、随分ともったいぶったものだが。
「あはっ、そうかい、そうかい!」
喜色満面なドミニクが見られたのだから、よしとしよう。
と、思っていたのだが。
少しばかり、計算違いがあった。
「そんじゃ、これからよろしくっ! アーシュラ!!」
表情そのままな声音と共に。ドミニクが私に抱き着いてきた。
ベッドの中で。
……一瞬でも不埒な気持ちになってしまった私は、本当にどうしようもなくなっていたのだろう。
それでも、そんな気持ちは必死に押し隠す。
「何故に抱き着くのですか、そんなに嬉しいものですか?」
そうだったら、私も嬉しい。なんてことは、顔に出さないようにしたつもりだけれども。
……抱き着いているドミニクなら、心臓の音で気が付いたかもしれない。
気づかれていないといいのだけれど。
そんなことを思いながら、私は手に力を込めて、ドミニクを引きはがした。
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