復讐するは、彼女にあった。
こうして、私達はミューの依頼を完遂。
その報告をすれば、彼女はぼろぼろと泣き出した。
まだ幼い彼女が抱えるには重すぎる感情が、ようやっと解放されたのだろう。
「復讐なんてものは何も生み出さないがね。果たさなきゃ前に進めないってこともあるもんだからさ」
泣きじゃくるミューを慰めながら、ドミニクがしみじみと語る。
……彼女にも思い当たる節があったのだろうか。問いただすのも無粋だから、聞かなかったけれども。
ともあれ。ドミニクの言葉が正しいのであれば、ミューはやっと明日を見て生きていけるようになったのだろう。
「それで。いつの間に、ミューの養子縁組なんてものを手配していたんです?」
本当にドミニクは、そつがない。
問われて、彼女はいつものヘラリとした笑みを見せる。
「全部ボブに投げただけさ」
「ああ……彼ならば必死にツテをあたりそうですね」
言われて、彼を思い出す。
大柄で筋肉質、強面な彼は、外見と裏腹に随分と人情に篤い。
また、彼の持つコネクションを駆使すれば、養子縁組先など簡単に見つかることだろう。
「……しかし、こういった場合は教会を頼るのが基本では?」
ふと疑問に思ったことを口にする。
孤児院の運営だとか、社会福祉的なことを教会はやっているはずなのだが。
ある意味当然とも言える私の問いに、ドミニクは首を横に振って見せた。
「なんかね、あたしの勘が言ってるんだ。奴らは胡散臭い。信頼したらダメだって」
「ふむ。……あなたがそういうのならば、そうなのでしょうね」
言われて、納得もしてしまう。
私とてそれなりに浮世を渡っている身、教会がその権威を隠れ蓑に、なんて例を聞いたことがないわけではない。
であれば、領主の専横が蔓延るこんな街の教会を頼るのは、自ら虎の口に飛び込むようなもの、なのだろう。
「てことでミュー、あたしらが信頼してる男が紹介してくれた養子縁組先だ、安心してお世話になりな。
そんでさ、幸せにおなり。きっとあんたのご両親だって、そう願ってるからさ」
「うぐっ、ド、ドミニクさぁん!!」
泣きじゃくりながら、ミューがドミニクにぎゅっとしがみつく。
こんな人間だから、彼女はあちこちにコネクションを持っているのだろう。
それが少しばかり……妬ましくもあるけれど。
けれど、今この時ばかりは、彼女のそんな特性が功を成したのだと、理解しておこう。
私とて、ほんのわずかな間に縁を結んだだけのミューのこれからに幸があることを、願わずにはいられないのだから。
……こんなことを思ってしまうあたり、私も大分ドミニクに毒されてきたらしい。
「そんじゃ、こいつはアフターケアてやつだ。先方のとこまで送っていくよ。
構わないよね、アーシュラ?」
どこまでお人よしなのだか、この人は。普段はあれだけ計算高いというのに。
そして、この空気で拒絶するほど、私も人でなしではない。
「ただ働きはごめんです。……後で一杯奢ってもらいますからね」
「あはは、一杯と言わず、いくらでも奢ってやるさぁ!」
そして彼女は。ドミニクは、心の底から楽しそうに笑いながら言う。
きっと、彼女の本質はそれなのだろう。……私には、欠片もないように思うそれ。
いや、そう思っていたのだけれど。
「ありがとう、ありがとう! ……ありがとう、ございます! ドミニクさん!」
話がまとまって、ミューが感謝の言葉を述べる。
下町育ちでありながら、必要な時に丁寧語を使える、賢い子。
これならば、きっと養子縁組先でもきちんと扱われることだろう。
などと、暢気に考えていたら。
「アーシュラさんも、ありがとう、ございます!」
不意に、私へも感謝の言葉が向けられた。
……少しばかりくすぐられてしまったのは、果たして気のせいなのかどうか。
「い、いえ、私は別に何もしていませんから。仕事をこなしただけです」
予想外の言葉に、動揺が滲む。まだまだ私も修行不足のようだ。
そんな私を、ドミニクが微笑まし気に見ているのだが……それがどうにも気に食わない。
私は、彼女のようなお人よしではないのだ。
と、自分に言い聞かせるのだけれど。
「そんなこと、ない、です! きっと、いっぱい危険なことがあって……。あたし、あたしっ!
仇を討ってもらったこと、絶対忘れません! お二人に恥じないような生き方をします!」
決然と言い放ったミューの顔は、実年齢よりもずっとずっと大人びたもので。
……もちろん、そんな顔をする必要などないのが一番なのだけれども。
それでも、起こってしまったことは変えられない。
であれば、その次。その先、ミューのこれから。
それを変えられたのであれば、きっとこの仕事にも意味はあったのだろう。
「そう言ってもらえたら、私としても甲斐がありました。
ドミニクの言葉を借りるようで癪ですが……どうか幸せになってください」
彼女は、私のようにどこか壊れた人間ではないのだから。
まっとうな幸せを、いつか掴んで欲しい、と思う。
これっぽっちも信心などない私だけれども、この時ばかりは神に祈らざるをえなかった。
そして、彼女を無事に送り届け、どうやらきちんと受け入れてもらえそうだと確認して。
数日後、私達はとある酒場で盃を交わしていた。
「……そういえば、あの街の領主が暗殺されたらしいですね。
なんでも、内部の犯行らしいのに証拠も目撃者も見つからないのだとか」
酒の肴には物騒な話題を口にしながら。
「どうも、アンガント・ファミリーを使って使用人達を脅してたらしいんだよ。言う通りにしなければ家族や親戚がどうなるか、って。
そんであれこれ好き放題して恨みを買ってたもんだからさ」
「なるほど、枷が外れてしまえば、ですか」
「おまけに屋敷の中で使用人が、となれば、証拠隠滅も口裏合わせもお手の物ってね。
ま、身から出た錆、因果応報ってやつさ」
上機嫌な顔で、ドミニクがグラスを煽る。
そんな様子を、私は行儀悪ではあるが、テーブルに肘を突きながら眺めていた。
「ん、どしたい? あたしの顔に何か付いてるかい?」
「いいえ、別に。……ただ、金勘定をしている時よりもいい顔をしているな、と」
つい正直に言ってしまえば、ドミニクが軽く咽た。……彼女のこんな反応は初めて見る。
「照れてるのですか_存外可愛いところもありますね」
「そんなんじゃないって、何言ってんのさ」
少しばかりからかってみれば、ドミニクはそっぽを向いて喉へと酒を流し込む。
私よりも酒に強いはずの彼女は、ほんのり頬を染めていた。
そんな反応が、なんとも心地いい。もしかしたら、私も酔ってしまったのだろうか。
……まあ、今日くらいはいいんじゃなかろうか。
めでたいというには、色々なものが失われ過ぎた後ではあるけれど。
それでも、あの街は一つの理不尽から解放された。
私達二人の手によって。
少しばかり達成感を感じても、罰は当たらないだろう、きっと。
そんなことを考えながら、私もまたグラスを煽るのだった。
※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
もしも面白そうだと思っていただけたら、ブックマークやいいね、☆評価などしていただけたら嬉しいです!
また、本日はお昼にもう一話更新予定でございます!
こちらもお読みいただければ幸いです!




