月夜の下で、輝いて。
寂れているようで人が頻繁に行き来している跡の残る門を潜り、中へと。
それなりの広さがある前庭へと入れば、もう邸宅の方から足音が聞こえてくる。
「待ちますか? 踏み込みますか?」
「待った方がいいかもねぇ。あんたとあたしなら待ち伏せも気づくだろうが、仕掛け部屋でもあったら面倒だ」
「なるほど。……ここはここで囲まれる恐れはありますが、それこそ問題にならないでしょうし」
「そういうこと。流石、よくおわかりだ」
ゆるりと視線を動かしながら言えば、ドミニクが軽く笑いつつ同意を返してくる。
ここであれば十人以上は動けるだろうか。
あちらの手勢の数を考えれば、私達を包囲することは簡単なことだろう。普通ならば。
だが、先ほど叩き伏せた連中の腕を考えれば、包囲される前に食い破ることが出来るだろうし、包囲されたとしても大して問題でもない。
「ついでに言うと、多分こっちの方がボスを仕留めやすい」
「ふむ。なるほど、あなたの底意地が悪い策がハマりそう、と」
「人聞きの悪い言い方しないでくれないかい?」
「いいじゃないですか、どうせ聞いているのは私だけです」
心外だ、とばかりの顔を作っていたドミニクが、私の返しを聞いて軽く噴き出した。
はて、そんな面白い冗談を言ったつもりはないのだが。
「ははっ、違いない。別に聞いてるのがアーシュラだけならいいか、今更だ」
「あなたに会った人は、大体あなたの人の悪さには気づくと思いますが」
「あんたのいい性格にゃ負けるさ」
丁々発止、というのはこういうことだろうか。
私とドミニクが軽口を叩き合っているうちに、バン、と扉が勢いよく開かれた。
それから、いかにもな見た目の連中が数人ばかり勢いよく飛び出してくる。
「なんだお前ら!?」
先ほどの大きな物音から想像した相手と目の前にいる私達が噛み合わないのか、先頭に居た男が若干狼狽えた色のある声を張り上げた。
さてどう答えてやろうかと少しばかり考えを巡らせたのだが。
「まてっ、剣を持った女二人……こいつらが例の、嗅ぎまわってた連中に違いねぇ!」
別の男が、はっとした顔でいう。
存外察しのいい。いや、アジトにいるだけあって、それなりに精鋭ということなのかも知れない。
ボスの近辺を守るのなら、腕力だけでなく観察力だなんだも必要なはずなのだから。
「多分、あたしらがその女二人、だねぇ。で、だったらどうするってんだい?」
「決まってる、お前らを生かして連れてこいってボスのお達しだからなぁ!」
「やっぱりねぇ」
ドミニクが呆れたような声で言うが、こればかりは同意である。
どうしてこの手の男どもは、こういった発想しかできないものか。
……そんな考えでは、こういう時痛い目を見るというのに。
「そう企むのは勝手ですが」
私は、そこで一拍言葉を切り。
「あなたたちには出来ないかもしれませんよ?」
そんな言葉と同時に、斬り込んで。
完全に不意を討たれたらしく、抵抗も出来ず一人が崩れ落ちる。
「ははっ、やれるものなら、ってね!」
間髪入れずドミニクが続き、旋風のような刃が舞い……一人、また一人と男どもが倒れていく。
もちろん私とて負けるつもりはなく。
最初に出てきた数人などあっという間に全滅。
その後から出てきた連中も、出てくる端から斬られていく。
「お、お前ら、なんだこのざまは!? それでも俺の親衛隊か!?」
少しばかりしたところで、ぞろぞろと取り巻きを引き連れた男が出てくる。
やや小太り、しかしその下にはしっかりと鍛えた筋肉があるようだ。
何より、この場にいるチンピラ連中とは違う貫禄。
なるほど、この男がボスであるグレゴリーか。
と、納得はしつつ。逆に、一つの疑問が浮かんでくる。
「どうやらボスのグレゴリーのようですが。何故わざわざ、こんな修羅場に?」
「簡単なことだよ。女二人に襲撃されて、尻尾巻いて逃げるわけにゃいかなかったからさ」
さも当然とばかりに答えるドミニク。
納得がいくような、いかないような。
そんな私に気付いたか、更に解説が重ねられる。
「この手の連中は、理屈よりも感情、面子で動くからね。求心力を保つためには、逃げるわけにはいかない。
ましてこれだけの規模となれば、この場にいない連中も山ほどいる。
さて、アジトにいた親衛隊が全滅してボスだけ生き残ったとなれば、他の連中はどう思う?」
「なるほど。腰抜けに従う義理はない、となるわけですか」
あくまでも私とドミニクの会話でしかないが。
聞えよがしにしゃべっていたのだから、当然グレゴリーの耳にも入る。
そして、彼の顔が引きつっているあたり、図星だったのだろう。
「理屈ではなく感情で従わせていたのが、ここに来て仇となる。面白い現象ですね」
「従わせた後にしっかり教育してたら、また違ったんだろうけどねぇ」
煽れば更に崩れるだろうかと思って言えば、ドミニクも乗ってくる。
この辺りの呼吸は、流石と言わざるを得ない。
そして、効果は覿面だった。
「こっ、殺せ! もういい、こいつら二人とも殺しちまぇ!!」
ついに、仮面が剥がれた。
私達を生け捕りにして嬲りものにしようとしていただろうに、そんな下賤な狙いをかなぐり捨ててまで……体面を保とうとしている。
そのことは、僅かなりと取り巻き連中にも伝わったようだけれど。
それでもまだ、崩れるほどではなかったらしい。
空気が変わり、全員が戦闘態勢になって。
「……少しは楽しめるでしょうか」
何人か、それなりの腕利きもいる。ただし、それなり、だ。
少なくとも、ドミニクに匹敵するような奴は、一人もいない。
一人も。
そのことを、少しばかり残念にも思う。
「ま、お仕事なんて楽しいばっかりじゃないさ」
慰めにもならないことをドミニクが言い。
「それは、そうですね。では、さっさと片付けましょうか」
「それについては、同意だね!」
そんな言葉を交わして、私達は駆け出した。
そして。
薄暗い廃墟前で、刃が躍る。
燻った輝きを放ちながら、ドミニクのそれは流れていくかのごとく。
きっと私のそれは、一つ一つを断ち切っていくかのようだったのではないだろうか。
ああ、美しい。
ドミニクの動きも刃筋も、全てが美しい。
身体能力で言えば私にも男連中にも劣る彼女が突き詰めた、技術の粋。
合理の塊でありながら、人心の機微も掴んだ駆け引きの妙も併せ持つその剣は、私に欠けているもの。
……彼女の剣を取り込めたならば。
そんな妄想を抱いているうちに、静けさが訪れていた。
いつの間にか、取り巻き連中は全滅していたのだ。
全部で三十人ばかりいたはずなのだが……楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうらしい。
残るは、グレゴリーただ一人。
「ま、待てっ! だ、誰に雇われた!? いくらで雇われた!?
その倍、いや、三倍出す!! だから、こっちにつけ!!」
予想通りの、醜い命乞い。
いや、彼は剣に身を捧げたような人間ではないのだから、ある意味当然ではあるか。
もっとも、そんな戯言を受け入れるような人間は、ここにはいない。
「そりゃぁ無理ってもんだ。あたしらが受けた依頼料は、全財産。
あんた、全財産の倍や三倍、出せるのかい?」
「……は?」
こんなドミニクの価値観は、理解できなかったらしい。
あるいは、己への復讐のために全財産を投げ出すような人間がいることを信じられなかったのだろうか。
理不尽な暴力で人々を脅し、支配してきた男が、人心の理不尽によって潰される。
きっと、この男にふさわしい末路なのだろう。
「今まであんたが踏みにじってきた人々に、あの世で詫びてきな。……もっとも、地獄に堕ちるあんたじゃ、会えないかも知れないが」
そんな捨て台詞と共に。
ドミニクの刃が、グレゴリーの首を斬り飛ばした。
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