門は斬って落とされた。
そして私達は、乗り込んだ。
草木も眠るような深夜、かつてはそれなりの邸宅だったであろう廃墟、に偽装されたアジトへアンガント・ファミリーのボス、グレゴリー・アンガントが帰宅したのを確認。
裏稼業の輩だからか、ボスが帰宅しているからか、連中に寝静まった様子はない。
閉ざされた門は木製、その前に立っている門番らしき男二人は、むしろ気が立っているようにも見える。
職業意識が高いのはいいことだけれど。
「練度は低くないようですが。どうします?」
物陰に隠れて様子を見ていた私がドミニクへと問いかければ、しばし沈黙があり。
「そうだねぇ。アーシュラ好みでいいんじゃないかねぇ」
返っていたのは、そんな言葉だった。
「ドミニク。私を猪か何かだと思ってませんか?」
「んなこたぁないよ。それに、この場合は多分こっちのが有効だ」
「なるほど、それなりに計算した上で、と」
「そういうこと」
言われて、ドミニクを見る。
相変わらず緊張感のない顔だが、冗談を言っている風ではない。
ならば、彼女なりの勝算がある、ということなのだろう。
「では、さっさと行きましょうか」
「せっかちなことだねぇ。だがま、今回ばかりはあたしも同意だ」
私が一歩踏み出せば、ドミニクもそれに続く。
不本意ではあるが、やはり彼女が隣にいるとなんとも頼もしい。
口の端が上がってしまいそうなのを押さえながらまた一歩、もう一歩。
門番が気づくかどうかの距離。
そこから私達は、示し合わせたかのごとく、同時に駆けだした。
「ん? なっ、なんだお前らっ!?」
誰何の声を上げた門番の一人は、直後に斬り伏せられた。
もう一人は、剣を抜く前に喉元を貫かれている。
門の裏に、人の気配はない。
これならば、アジト内に襲撃が伝わっていないだろう。
「相変わらず見事なお手並みで」
「あなたに言われても素直に受け取りにくいのですが。
……それで、この後どうするのです?」
少人数での襲撃は、出来る限り相手の不意を突くのが基本。
であれば、外壁をよじ登るなりして密かに侵入するのがまず頭に浮かぶが、先ほどドミニクが言ったことを考えれば。
「決まってるじゃないか。あんた好みって言ったろ?」
そう言いながらドミニクは、門へと向けて手を上から下に振る。
まるで、手刀で斬るかのように。
「すっかり味を占めましたか」
「そんだけ目を惹かれたってことさ」
軽く皮肉を言ってみれば、返ってくるのは毒気を抜かれるような答え。
やはり口では彼女に敵わないのだろうか、と若干諦めにも似た気持ちを抱えながら……私は、剣を構えなおした。
「いけるとは思いますが。その後は?」
「連中がやってくるから、一人一人斬っていく。簡単なお仕事だろう?」
随分と簡単に言ってくれる。
事前情報によれば、有象無象数十人と腕利きが十人以上詰めているはずだというのに。
などと呆れた私は。呆れたはずの私は。
軽く口の端を上げた。
「私一人でも十分なくらいですね」
大したこともないように言えば、ドミニクも小さく笑う。
「そんじゃ、アーシュラに全部任せようかねぇ?」
「却下です。隣でサボられているのは気に障りますから」
「おお怖っ」
少しばかり殺気を漏らしながら言えば、ドミニクがお道化て見せる。
もちろん本気ではなかったのだけれど。
そこらの剣士ならば震えあがる程度の殺気を出してみせたのは、ドミニクならば軽く受け流せるだろうと踏んでのこと。
実際、その通りだったわけだし。
それが少しばかり苛立たしくもありつつ、頼もしくもある。
「まあ、ひとまずはやってみましょう」
そう言いながら私は剣を両手で握り、振りかぶり……神経を研ぎ澄ませる。
先日やってのけた、門扉斬り。
あの感覚を思い出し、更に今の感覚を上乗せしていけば……見える。
通すべき刃筋と、入れるべき力と、乗せるべき体重が。
後は、その通りに実行するだけで。
「……こりゃまた、こないだ以上にお見事だねぇ?」
僅かばかり、ドミニクの声が揺れる。
思った通りに。あるいはそれ以上に。
私の振るった刃は走り、門扉と、その向こうにある閂を易々と断ち切りせしめた。
「あなたの度肝を抜けたのであれば、やった甲斐もあるというものです」
流石にこの時ばかりは、笑みを零してしまったのも仕方ないと思う。
それだけの達成感があって。
立て板に水としゃべり倒すドミニクが一瞬絶句していたのもまた、楽しいものがあった。
……あったのだけれど。
「いや、勘弁しとくれよ。思わず見惚れちまったじゃないか」
思わず、と言った声音でドミニクが言うものだから、調子が狂ってしまう。
見れば、言葉通りの熱を帯びた視線。
……剣士としての、それ。
ああ、やはり彼女の本質は剣士なのだ。
そのことに、安堵してしまうと同時に、少しばかり満たされないものも感じてしまう。
それが、どんな感情からくるものなのかも、わからないまま。
私は、得意げな笑みを作った。……作れた、と思う。
「意外と素直なところあるじゃないですか」
からかうように言ったつもりだったのだけれど。
「よしとくれ、こんなのあんたにだけだよ」
思わぬ反撃に、一瞬膝が揺らぎそうになる。
なんてことを放り込んでくるのだ、この女は。しかも、恐らく計算も何もなしに。
素の彼女を引き出せたと言えばそうなのだけれど。
達成感よりも焦燥にも似た感情が勝るのは何故なのだろう。
未知の感情に揺さぶられた私は、ドミニクから視線を外し。
「そうですか。で、次はこれで、いいのですよね?」
そう言いながら、扉を蹴り飛ばした。
我ながら、なんて照れ隠しだ、と思わなくもないけれど。
少なくとも今この時点では、間違った行動ではないはず。
ドカンと強烈な音が響き、ガランガランと閂だった材木が転がる音がする。
これはもう、アジト中に聞こえただろうなと妙な確信を得ている中。
「そ、そうだね。……これで、連中が勝手にやってくるはずさ」
少しだけ、ドミニクの声が揺れて。
すぐにまた、いつもの声に戻る。
残念でもあり、少しだけでも揺るがすことが出来たことが嬉しくもあり。
そして、そんな感慨に耽っている時間がないことが残念でもあり。
「……早速来たようですね」
「だねぇ。ここから先はひたすら斬ってくだけなんだが……準備はいいかい?」
「誰にものを言っているのですか?」
「こりゃ失敬、聞くまでもなかったか」
売り言葉に買い言葉。
こんなやり取りが楽しいと思ってしまっている私がいる。
認めたくはないけれど。
どうにも心地いいのだから、仕方がない。
周辺を哨戒していたらしい連中が、私達へと向かってやってくる。
警戒を伝えるためだろう警笛が鳴り響き、アジトである建物も騒がしくなってきた。
……ああ。
私は、本当にどうしようもない人間だ。
「いい顔してるねぇ?」
「誰のせいですか、まったく」
心が、沸き立ってくる。どうしようもなく。
さて今日は、どれだけ斬ることが出来るだろうか。
ドミニクよりも斬ることが出来るだろうか。
そんな身勝手とも言える思いで心が、身体が、高揚してくる。
「そんじゃ、いくよ?」
「ええ、参りましょう」
短く言葉を交わして。
私達は、修羅場へと足を踏み入れた。
……嬉々とした、としか表現の出来ない顔で。
※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
もしも面白そうだと思っていただけたら、ブックマークやいいね、☆評価などしていただけたら嬉しいです!
また、本日はお昼にもう一話更新予定でございます!
こちらもお読みいただければ幸いです!




