虎は、口を開けて待っていた。
こうして数日ばかり情報収集に勤しんだ結果、ミューが嘘を吐いたりなんてことはないことがわかった。
それが幸か不幸かはわからないが。
それはつまり、彼女の両親がグレゴリー・アンガントによって殺害されたことが確定したということでもあるのだから。
この時ばかりは、ドミニクどころか私ですら空を仰いで息を吐き出した。
まだ、幼い彼女に騙された方がましだったのだろうが……現実とやらは無情なものだ。
これだけ死を撒き散らしている私が言えた義理ではないけれど。
ともあれ、私達が受けた仕事に、仇討ちに間違いはなかった。
後は、乗り込む先を特定するだけ。
そして、ここまでくれば、それもそう難しいことではなかった。
「おう、お前らか、うちのことをあれこれ嗅ぎまわってるってのは」
情報収集を続けているうちに入り込んだ路地裏で、背後から声を掛けられた。
不意に、ではない。連中が近づいてくる気配には、とっくに気づいていたのだから。
「かかりましたね」
「見事に一本釣り、ってとこか」
小声で言い交わした後に振り返れば、屈強な男が五人ばかり。
見たところ、随分と荒事には慣れている様子。
アンガント・ファミリーの実働部隊、中でも腕利きな方、なのだろうか。
けれども。
「あまり面白いことにはならなさそうですが」
「お眼鏡には適わなかったかい」
そんな私達のやり取りを、どうやら連中は勘違いしたらしい。
「そりゃ面白くない目に合うだろうさ。いや、案外楽しいかも知れんがなぁ」
私とドミニクの顔を見比べた男の顔が下卑たものに歪む。
この手の連中は、どうしてこうも思考や物言いが似通ってくるのか。
うんざりした気分にもなってしまうが、これは仕事でもあるのだから、個人の感情でどうこうすべきではないだろう。
「あいにくと、あたしゃこっちのアーシュラと違って人様痛めつけて楽しむ趣味はなくってねぇ」
「失敬な。私は痛めつけることを楽しんでるわけではないですよ?」
「それはそれで、業が深いっていうかなんていうか」
私達のやり取りに、連中が怪訝な顔をする。
どうやら、この意味するところを理解できる頭はなかったらしい。
そもそも、想定すらしていないのだろうが。
当然、ドミニクも気づいたのだろう。
「わかんないかい? 痛い目見るのはあんたらってことさ」
はん、と嘲るような物言いで挑発的な視線を連中へと向ける。
これはまた随分役者なものだ、と感心してしまうほど。いや、案外演技と本気半々だろうか。
ともあれ、彼女の煽りは効果覿面だった。
「女のくせに、舐めたこと言ってんじゃねぇぞ!」
まったく、芸のないこと。
少々退屈を感じつつ、殴りかかってきた男の拳をかいくぐりながら踏み込み、男の顎を肘でカチ上げる。
一種で意識を刈られたのだろう男が崩れ落ちるのを尻目に、私は別の男へと。
「は? え? なっ、なに、がっ!?」
目の前で起こったことが理解できていない様子をいいことに、私は振り上げた拳を男の顔面、鼻っ柱へと振り下ろした。
大の男でもこの激痛には耐えられなかったらしく、地面に倒れて顔を押さえながらジタバタともがいている。
これならば、もう戦闘不能だろう。
さて、次。
と思ってみれば、ドミニクがハイキックで男を一人蹴り飛ばしているところだった。
それともう一人、また蹴り抜いたのだろうか、膝を押さえながら転げている男が一人。
「ふむ、これで数は同数ですか」
「別に競争してるわけじゃないんだがねぇ」
などと軽口を叩きながら、残る一人へと二人して迫る。
「なっ、ま、まてっ、まて!? お、お前ら一体、何もんだ!?」
流石に状況が理解出来たのか、怯え切った顔で最後の男が震えた声を絞り出す。
さて、どう答えてやろうか。
「あたしらは、名もないただの代理人さ」
「どちらかと言えば、死神かも知れませんね」
少しばかり気取った声でドミニクが言うのを聞けば、私の頭に浮かんだのはそんな言葉。
これからミューの代理で連中へと死をもたらすのだから、大して外れてはいないだろう。
そして、わかりやすくもあったらしい。
「お、お前らっ、だっ、誰に頼まれた!?」
私達の言葉が意味するところを、恐慌状態ながらも理解したらしいのだから。
とはいえ、冷静とは程遠いようだけれど。
「んなこと、しゃべるわきゃないだろ?」
そんな簡単なこともわからないようだから。
あるいは、こいつらの界隈ではベラベラとしゃべるものなのかも知れないけれど、私達がそれに付き合う義理はない。
「むしろ、しゃべってもらわないといけないわけですしね」
色々聞きたいのはこちらなのだから。
ずい、と私が一歩踏み出せば。
「そりゃそうだ。そのために、命は取らないでやったんだからさ」
それに応じてドミニクも男へと迫る。
私達が抜けば、この連中程度瞬きの間に斬ることが出来た。
そのことが、本能的に理解できたのだろうか、男の震えが酷くなり。
「ひっ、ひぃっ!」
急に背中を向けたかと思えば、悲鳴を上げながら逃げ出した。
いや、逃げ出そうとした。
「逃がすわきゃないだろ?」
と、凄まじい反応速度でドミニクが男の足を払い。
「逃げた先で騒がれても面倒ですし、ね」
派手に転んだ男の首根っこを掴み、私が地面に押さえつける。
先ほどまで下卑た笑みを浮かべていた男の顔は、今や絶望一色だ。
だからといって、これっぽっちも愉悦のような感情は湧いてこないが。
くだらない。本当にこいつらはくだらない。
こんな仕事は、さっさと終わらせてしまおう。
「で、ドミニク。喋らせるのは得意なのでしょう?」
「ありゃま、言ったことはなかったはずだけどねぇ?」
そう言いながらドミニクは、地面に押さえつけられている男の顔の傍にしゃがみこんだ。
……その後見せられた彼女の『尋問』は、実に見事だったとだけ言っておこう。
こうして私達は、確度が高いと思われるアンガント・ファミリーアジトの情報を手に入れたのだった。




