彼女達は、肩を並べて歩く。
「それにしても……金にならない仕事などしないはずでは?」
依頼主、と言って良いだろうミューと別れてから、しばらく。
彼女が聞いていないだろうタイミングで、私はドミニクへと問いかける。
普段から口にしている信条とは真逆の行動に、しかし彼女はヘラリと笑って返してきた。
「ちゃんと金はもらったろ? それなりの金額を」
「それなり、ですね。駆け出し冒険者が受ける薬草集め依頼程度の。割に合わない、と言い直した方がいいですか?
もちろん私とて本気で嫌がっているわけではない。むしろ私には受ける理由が出来てしまった。
それでは彼女は、
ドミニクは、どんな建前を持ち出してくるのか。
そこに興味を惹かれてしまったのだが……返ってきた答えは、少々予想外だった。
「割に合わないなんてこたないさ。なんせこいつは、多分あの子の全財産だからね」
「……なるほど、そう考えますか」
思わず納得しながら、ドミニクの顔を見る。
相変わらず笑みを浮かべてはいるが……その目の色が、変わっていた。
ミューが差し出してきた硬貨が入っている懐を押さえながら。
間違いなく彼女は、真剣に言っている。
何しろ、ドミニクが言っていることは、恐らく事実なのだろうから。
「明日から食うにも困るでしょうに、私達に差し出してきた。となると、相当な覚悟でしょうね」
「さっすが相棒、よくわかってるじゃないか」
「ですから、相棒と認めたわけではないのですが」
私が理解を示したことが嬉しかったのか、ドミニクの笑みがまた変わる。
……こんなことで喜ばれても、調子が狂うのだけれど。
悪い気がしないあたり、とっくに狂っているのかも知れない。
「ですが、この案件には乗り気になってしまいましたよ、おかげで」
何しろ、こんなことを言いながら笑ってしまったのだから。
我ながら不覚だと思うけれども。
私の顔を見たドミニクの、珍しく驚いた顔が見れたのだから、これもまた悪くないとも思ってしまう。
「……アーシュラ、あんた笑えたんだねぇ」
「人のことをなんだと思っているんです?」
「取りつく島のない美人さんだと思ってたんだが……こりゃまた、笑うと惚れ惚れしちまうねぇ」
屈託なく。いや、少しばかり照れたように言うドミニク。
お世辞だ。お世辞のはずだ。
だというのに、思わず真に受けてしまった私は、呆気に取られ。
「斬った張ったの前に、何ふざけたことを言ってるんですか」
そう言って、ドミニクに背を向けた。
……今の顔を見られないように。
頬が、少しばかり熱い。
自分がどんな顔をしているのか、知りたくない。ドミニクに見られたくない。
こんなお世辞で喜んでしまったなどと、知られるわけにはいかない。
そもそも、仕事の前なのだから。
「馬鹿な事を言っていないで、さっさと乗り込みますよ」
「いやいや、ちょっと待ちなって。そもそもどこが連中のアジトかも正確にはわかってないんだからさ」
「……なるほど、それもそうですね」
ドミニクの言葉に、私も足を止める。
幼い少女であるミューですら知っている拠点が、本当の拠点であるかは疑わしい。
……考えたくはないが、そもそもミューが嘘を吐いている可能性だってゼロではない。
「てことで、街中でちょっくら情報収集をしないと、ね」
「ドミニク。うろついているうちに連中からちょっかいをかけてくる、だとか狙っていませんか?」
「あはは、流石アーシュラ、気付いちまうか」
こうも無邪気な信頼を向けられると、どうにもむず痒い。
ドミニクが一癖も二癖もある人間だとよくわかっているから、なおのこと。
……もしかしたらドミニクはそこまで狙っているのだろうか、と勘繰ってしまうほどに。
何しろこの情報収集すら、別の目的もあるのだから。
「それに、ちょいと歩いて、のぼせそうになった頭冷やしたいところだしね」
やめて欲しい。そんなはにかむような顔の笑みを見せられるのは。どうにも、心臓に悪い。
そして同時に、どこか優越感のようなものも感じてしまう。
あのドミニクが、私が笑った程度でこうも動揺している。
そのことが、どうにも嬉しく、誇らしい。
いや、少しばかりだが。きっと。恐らく。
あれこれ考えそうになるのを振り切り、私は歩き出した。
すぐに、足を速めたドミニクが追い付いてくる。
当たり前のように。
そんな些細なことにも、私の胸がくすぐられる。
彼女が、私と肩を並べて歩いている。歩こうとしている。
そんなことが、私の口の端を緩ませる。
「で、聞き込みのあてはつけているのですか?」
「もちろんさ。訳知り顔してた奴の顔は何人か覚えてるからね」
「あなたのその、他人に対する興味関心というか嗅覚はたまにうらやましくなりますよ」
他人に対して基本的に無関心な私の、本音ではある。
どうやらそのせいで要らぬ損を被ったらしいことも最近はわかってきたのだから。
……ドミニクと会ったせいで。
まあ、それはそれでよしとしておこう。
「ちなみに、素手で板を割るくらいなら簡単ですから、必要な時は言ってください」
「いいねぇ、そういう交渉が必要な時にはお願いするよ」
私がこういえば、ドミニクはこう。
なんだか、歯車がかみ合ってきたような気がする。
いけない。
これは、もう。
いや、まだ認めるわけにはいかない。
少しばかり意固地になりながら、私は歩を進めていった。
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